隠蔽

仔犬が轢き殺されてからというもの、崇史は一切笑わなくなってしまった。ショックで塞ぎ込んでいる… と思いたいところだが、母親である蓬莱常世ほうらいとこよは崇史の様子で少し気になるところがあった。一点を見つめて何やらぶつぶつと独り言を言っている… そしてその姿からは母親である自分が息子に対して恐れのようなものを感じてしまうほど異様な雰囲気を出している、と思うことが何度かあったのだ。


そんなある日、男女の変死体が発見されたとテレビのニュースで報じられた。「やだ、この辺じゃない?恐ろしいわぁ」と常世は驚きの声を上げた。「人を2人も殺すなんて、なんでこんな残酷なことが出来るのかしら。犯人はまだ捕まってないなんて… 」と独り言を漏らしていると「仔犬おとうとを殺した奴らなんて死んじゃえばいいんだ!」と崇史が折り紙を折りながら吐き捨てるように言った。常世は突然の崇史の言葉に目を丸くしたが、「可哀想だったね。崇史も辛いよね」と努めて冷静に、穏やかに崇史に語りかけた。「ママ、アイツらが僕の仔犬を殺したんだよ、だから僕がやり返したの、僕が殺したんだよ」そう言った崇史の目は輝いていた。まるで母親に褒めてもらえると期待して疑わない、純真無垢な子供の表情だった。常世は崇史の常軌を逸した発言とその表情に「何言ってるの!いくら何でも冗談で人を殺したなんて言うものじゃないわ!」と声を荒げた。「ママ、やらせたのは僕だけど殺したのは僕じゃないよ」常世は耳を疑った。「やらせた?何を言ってるの?」訳が分からず混乱した頭をとりあえず落ち着かせようとするものの、崇史がおかしくなったのではと不安に襲われるばかりだった。ニュースでは事件は昨夜遅く、女の死亡推定時刻は明け方だと言っていた… どう考えても崇史が関わっている訳がない、大体こんな子供に大人二人を殺すなんてできるわけがない。そうよ!崇史はただ感情的になっているだけ!おかしくなってなんかないわ!常世はそう言い聞かせた。

そしてある日、ある人物が訪ねてきた。差し出された名刺には「BDC 代表取締役 西田ノア」と書かれていた。「先日このあたりで男女が殺害される事件がありましたよね?私どもの調べではこちらのお子様が関与しているということなんですが、お子様はいらっしゃいますか?」と西田はまるで事実を確認するかのような物言いで言ってきた。息子の発言以外で知る由も無いことを言ってくる西田に、常世は一気に不安感に襲われた。西田の背後には二名の男女が控えており、じっと常世を観察するように見ていた。常世はつい「いません」と嘘をつき、さらに西田に対して「うちの子はなにも悪い事はしていません。そんな… 殺人事件に関係しているだなんてあるはずないでしょう!まだ幼稚園児なんですよ?突然来て何て失礼なことを言うのよ!」と語気を強めて反論した。


すると西田は静かな声で常世に話しかけた。

「お母様のお子様を愛するお気持ちはわかります。でもそれはお子様を守るのではなく、ただ隠蔽しているだけですよ? お子様の過ちを隠すのではなく、然るべき教育をおこない立派な大人にするために導くのが親の務めではないでしょうか?」全てを見透かされているような西田の物言いに常世が何も言えず黙っていると、西田は「決心がつきましたらご連絡下さい」と言って帰って行った。


常世は「崇史が悪い事なんてしてるはずないじゃない」と言いながらも、息子の目に余る異端ぶりに思うところは多く、「そんなはずは… そんなこと… どうして」と、目に涙を浮かべていた。

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