アイデンティティー
研究所を出た香椎は由行の車に乗り込み、無言で走り出した。ヤマトやBDCにいる能力者に悟られないよう感情をコントロールしながら、心の奥底で怒りの炎を静かに燃やしていた。30分程走り続けただろうか… 山道にある一軒のコンビニに立ち寄り、少しの買い物を済ませて荷物をトランクへ無造作に放り込むとまた車を走らせた。
その後 10分程車を走らせると、香椎はBDCに到着した。車を降りて用意したポリタンクに車のガソリンを移すと、そのポリタンクをBDCの入り口の茂みに置きそのまま社内へと入ってすぐにBDC在籍の能力者の中に研究所にいた面々の姿を見つけた。(香椎さん!出られません!能力で阻止されています!!)香椎の姿を見て助けに来たと思った研究所の能力者の1人が香椎に意識を飛ばした。(俺が囮になる!皆を連れて研究所に戻るんだ!出来るだけ多くの人を連れ出してくれ!)と強力な意識を飛ばした。その意識に反応した何人かがフィクサーのもとへ走ろうとするが、その行く手に香椎が立ちはだかる。
ポケットからナイフを取り出すと、「急いでみんなで研究所に向かってくれ!!」と大声で叫んだ。
その瞬間、〝ヒュン〟と耳元で風切り音が聞こえたと思ったら頬にひりついた痛みとともに熱いものを感じた。
香椎の頬からは血が流れ出ていた。自分が持っていたナイフは頬をかすめて天井に突き刺さっていた。「くそっ!サイコキネシスか!」
“ドタドタドタドタッ…”
ナイフが突き刺さるのと同時に足音が響き渡った。「香椎さん!研究所に向かいます!!」能力者を阻止していたサイコキネシスが解かれたのか多くの者が一斉に外へと向かって走り出した。「頼む!後は任せた!」香椎は仲間にそう叫ぶと、左手にある西田の部屋へ向かった。ドアを開けようとしたその時…… 背中に鋭い熱のような刺激を感じ、香椎は膝から崩折れた。天井に突き刺さっていたはずのナイフが香椎の背中へ深々と刺さっていたのだ。瞬時のことで痛みなのか熱なのかよくわからない強い刺激を感じたものの、そのまま足を踏み出しドアを開ける。
そこには……
「おい!嘘だろ?!何だよ! なに勝手にくたばってんだよ西田ぁあ!!」
西田はうつ伏せで倒れているにも関わらず顔は天井を見上げ、目は飛び出しそうなほどギョロッと見開かれていたのだ。
「俺が…!!俺がお前を殺すんだろうがぁぁぁぁぁあ…!!」
香椎は声の限りの叫び声を上げ、力無くまた膝からへたり込んだ。
数秒香椎は呆然としたが、最後の力を振り絞り、激痛を抱えながらも一歩を踏み出すと気力だけで駆け出していた。
入り口を出てポリタンクを死にものぐるいで抱え、再び中に入るとすぐに中身を撒いた。
「俺が一緒に逝くことがせめてものお前らの弔いだ!!」
香椎がそう叫び撒いたガソリンに火を付けた。燃え盛る炎を背に、逃げ出す目的もない、感情を失ったサイコキネシスへと香椎がにじり寄っていく……
燃えさかる炎の中で香椎は「これでいいんだ、もうこれで終わらせる」と呟いた。
その頃ヤマトは山中の、ある小さな建物を覆いつくすように燃え上がっていく炎と鳴りやまぬサイレンを感じながら、研究所でスケッチブックへと鉛筆を滑らせていった。
「香椎さん、ちゃんと受け取ったよ」
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