対立

施設長は胸騒ぎのような漠然としたものとは違って、根拠はないものの確信に近い直感を信じた。そこからの行動は早く、身の回りのものを整理すると足早に研究所へと向かった。車を走らせている間も常にヤマトの事を考え続けた。運転中に目の端に映る人影が何度もヤマトに感じ、その度に目を凝らして見たりもするもののヤマトの姿を見つける事は出来なかった。


(ヤマト。頼むから無事でいてくれ!)その心の声は祈りにも近い強い願いだった。

しかしその願いに対し、ヤマトの声が反応してくることはなかった。


冬の昼間は短く、18時ともなれば辺りは真っ暗になる。視覚的に見えにくい状態と先が見えない不安がリンクするためなのであろう、施設長の思考は徐々にネガティブに侵食されていった。「 私がヤマトを送り届けてさえいれば… ヤマトの身に何かあったとしたら… ヤマトは今頃… 」


ふとその時、ヤマトが施設を出発するときに言っていた事を思い出した。(黄色6、黒4)……、明るい所と暗い所… 、期待と不安… か? あれは心理状態を表していたものなのかもしれない!もしそうだとしたら、あの楽しそうにしていた時も不安を抱えていたのか? 私に言えない何かがあったんだな!と、施設長は自らの思案を確信していた。


車を飛ばして見える景色は確かに素早く自分を通り過ぎてはいた。通り過ぎてはいるものの、ナビのモニターに映る時刻は止まっているのかと思うほど全く変わっていかなかった。自分の心臓の鼓動だけが全身を響かせ、ハンドルを握る手は汗でびっしょり濡れていた。施設を出発して約1時間でアカシャ研究所に到着したものの、永遠に抜け出せない時の中に放り込まれたかと思うほどの1時間だった。


研究所に入ると御厨が出迎えていた。施設長は苛立ちを隠さずに「一体何が起こっているんだ!ヤマトはどこなんだ?! 」と言うと御厨は努めて冷静に「こちらにご案内します」とだけ言って、あとは無言で案内した。

仰々ぎょうぎょうしいセキュリティをいくつも通った先に【シェルター】と呼ばれる小さな部屋に通された。それは圧迫感を覚えるほどの小部屋で2メートル四方程度だろうか?、施設長にはとても狭い空間だった。


「さて…どこから説明したらよいものか…」と御厨が切り出した。


御厨はもう一つの組織の存在、考え方の違い、能力者保護の必要性、彼らが将来人類に与える影響などを、イライラして口を挟みそうになる施設長をなだめながら丁寧に説明した。だが痺れを切らした施設長は「そんな将来の人類などどうでも良い!私はヤマトが無事でいてくれさえすれば良いんだ!」と叫ぶように言った。「こちらでも所員の香椎に連絡を取っているのですがまだ連絡がつかない状態で、ヤマト君が今どうしているのかも全く分からない状況です。」施設長が口を開けようとした時、遮るように御厨は続けた。


「あなたはヤマト君が無事ならそれで良いとおっしゃいますが、私はヤマト君はもちろん、ここにいる全員も同じように守らなければなりません。彼ひとりと研究所にいる多数の者とのどちらかを諦めろと言われたら、残念ですが私はヤマト君を諦めねばなりません。あなたが守りたいものと私が守りたいものは決して同じではないのです」


施設長は今、ヤマトをここに預けた事を深く後悔していた。

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