ホームシック

研究所での生活も1か月が過ぎた。

検査の時間も自由な時間も嫌な気持ちになることはないのだが、全く同じ毎日に退屈していた。穏やかな日々と変化のない日々がこんなに違うものなのかとヤマトは実感していた。第5スペースにある自分の部屋でスケッチブックに向かって鉛筆を滑らせようとするが…… 何も浮かばない、ここに来てから全く描けていないのだ。「ふぅ」と短く息を吐くとスケッチブックを閉じて棚に戻した。すると今度は黒い表紙のスケッチブックを手に取った。ヤマトはそのスケッチブックを開き、鉛筆を滑らせながら施設長たちと過ごした施設での日々を思い出していた。


…色々あったけど、あの時の方が良かったなぁ…。そんな事を考えながらスケッチブックに描きあげた絵を目の高さに掲げると、そこには退屈そうな今の自分が描かれており、日付を書き加えるとヤマトはスケッチブックをそっと閉じて大事そうに棚に戻した。


するとヤマトは一度深呼吸をすると目を閉じ、アカシックレコードへ神経を集中させる。………、だめだ。今まではそんな事をしなくてもごく当たり前に出来ていた事が、この場所ではどんなに頑張っても全くできないのだ。ヤマトにとってそれはまるで、私達が突如として視力や聴力を失ったような感覚とでもいうのだろう。ヤマトは不安と戸惑いに襲われていた。


ヤマトは部屋に備え付けられているインターフォン付きの受話器を手に取ると、御厨に繋がる番号をプッシュした。

(プルルルル、プルルルル、プルルルル)呼び出し音が3回なったところで御厨と繋がった。「はい、御厨です」御厨の話す言葉は丁寧なのだが感情というものがあまり感じられない。「ヤマトです、話があるから開けてもらえる?」とヤマトが言うと御厨は「すぐそっちへ行くので少し待ってて下さい」と言うと通話は切れた。


しばらくするとヤマトの部屋に御厨がやって来て「話って言うのは何ですか?」と尋ねると「外はもうすぐクリスマスだよね?外に出てプレゼントやケーキを買いたい」とヤマトは御厨に外出したいという旨を頼んだ。すると御厨が「欲しい物があれば所員に言って買って来させるけど、どんな物がいいかな」と言った。「外の雰囲気も知りたいし、色々な中からプレゼントやケーキも自分で選びたいの」とヤマトも食い下がる。「どうしても外に出たいのかな?」と言う御厨にヤマトは生まれて初めて【疑念】という感情を抱いた。ヤマトは「ここに来るときに自由に出かけられるって言ってたよね?」と少し強い口調で問い質ただした。御厨は冷静な言葉と態度で答える


「自由な時間は好きなように過ごしてもいいと言ったし、買い物だってできると言ったんだ。外出できるとは言っていないんだよ」


ヤマトは御厨のその屁理屈のような言葉を聞いて興奮したように「先生に助けが必要な時に帰ってこれるんだったらって僕言ったよね!どうして嘘をつくの?」


御厨は黙ってヤマトを研究所の入り口近くにある共同の食堂に連れてきてこう言った。「ヤマト君、あの時のやり取りをアクセスして読みだしてごらん」

ヤマトは素直に従いアカシックレコードにアクセスしたが、確かに御厨の言う通り、外に出れるとは言っていなかった。


ヤマトは御厨に向かって「お願いだから先生のところに帰して」と泣き出しそうな表情で言った。

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