第2章

スケッチブック

ヤマト11歳 冬。


調布の児童養護施設での生活も通算で7年目になるヤマトは入所している子ども達の中でも古いほうの部類に入る。博幸君の事件後のヤマトは喜怒哀楽の表情が出てきて、子供らしくなったと思う部分も増えて来たような気がする。でも時折もの思いに耽る様子が施設長には気になっていた。


「ヤマト、何か考え事か?」と施設長が声をかけた。「………。」返事がない。


「ヤマト!どうかしたのか?」


ヤマトは少し驚いた表情で「あ!先生、どうしたの?」と返事をした。「考え事をしてたのかい?」と施設長がもう一度言うと、ヤマトは真剣な表情で「もうすぐ僕を引き受けに来る。…僕の事を知ってる人がくるよ。」


… まただ。ヤマトの能力はある程度理解するようになってきたが、最近のヤマトは予言めいた事を言うようになった。施設長は珍しく不安そうな顔で、恐る恐るヤマトに尋ねた。


「それで? ヤマトは行くのか?」

するとヤマトは

「行かないよ、先生がそう思ってればね。」と答えた。


その通りだ。私はヤマトがどのように成長するのか非常に興味があるし、もちろん愛情もある。アカシックレコードの事も私なりに研究してきたし、その存在が本当にあるのならヤマトには子供達を救うことが出来る。

私はヤマトの手助けができるなら、どこでもついて行こうと考えているのだ。

施設長がそのように考えていると、「大丈夫、先生と同じ気持ちなら、僕は行かないんだ」とヤマトは言った。



ヤマトの部屋には表紙が黄色と黒のスケッチブックがそれぞれあり、その数は少なくとも50冊はある。黄色い表紙のスケッチブックは私だけでなく他の職員達も見た事があり、その絵によって事件の発生を予期できたりもした。

だが、黒い表紙のスケッチブックは誰も見たことがない。それにはいったい何が描かれているのだろうか。


そんな事を考えていた施設長はある事に気がついた。ヤマトが描いた絵によって水原の事件や本間の事件を知ることは出来た。

しかし事件そのものを未然に防ぐことが出来ているわけではないと言うことだ。

水原の時も本間の時もヤマトは命の危機に晒されている。水原の時は、私がヤマトに学校に行くよう急かさなけば… 本間の時は、私が博幸君を助けなければと思ったために…。私が良かれと思った未来が常にヤマトを危険に晒すことになったのではないか?


… でも、ヤマトはそうなる事を知っていた。知っていながら、私が望むなら一緒にいると言っている、という事になる。…… 私はヤマトになんという残酷な事を強いているんだ…。



施設長は自らの善行だと思った言動がヤマトにとっても善行になるとは限らない事を悟り、何が一番良いのかがわからなくなっていた。

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