焦り

児童養護施設では博幸が退所した翌日、職員は檻の中の熊を見ているように施設長を見ていた。施設長室では出口の塞がれた熊のように

部屋中をウロウロと歩き回る施設長がいた。

誰かと話しているのだろうか、携帯を耳に当てている姿が見えた。


「所長はいないのか!…、いつ戻るのか教えてくれ!…、お前では話にならん!…、え!?。ど、何故それを知ってるんだ?…、君の名前は?…、わかった、一度話を聞きたい。こちらに来てもらえるかい?」


会話の内容はわからないが、施設長の混乱ぶりは手に取るようにわかった。



19:00 施設長室


施設長の前に座った男は児童相談所の職員、松岡智春まつおかともはる28歳。

年齢の割に少し幼い印象を受けるのは、目がヤマトと似ていて黒目が大きいせいかもしれない。

施設長は受け取った名刺を早々にテーブルに置きながら「それで?。松岡君はなぜ博幸君の身にこれから起こることを知っているんだい?」と聞いた。

施設長は革張りのソファーに浅く腰掛け、急かすように松岡の顔を見つめる。

前のめりの姿勢になる度にソファーが “ブブッ”というくぐもった音を発した。

松岡は嬉々とした表情を見せ、スーッと息を吸うと一気に話し始めた。


「いやぁ、僕の言うことを信じてくれる人に初めて会いましたよ!。僕ね? 確信的なものはないんだけど、たまに感じる時があるんですよ。今回だってね、施設長からの電話を取ることもわかってましたからね!こんな話をまともに聞いてくれる人がいるなんてビックリだなぁ、いやぁ嬉しいなぁ… それでね!」


「いいから!質問に答えてくれ!」と施設長はイラついた大声を出した。

「私は博幸君を何とか助けたいんだ!そうしないと… 」と言うと、松岡が口をはさんだ。それまでのようなお調子者の口調とは一変して、

「自分が殺したも同然だとでも言いたいのかい? 自分が関わったから、悪い結末にしたくない? そんな都合の良い事なんてないのさ。あの高校生の女の子が水原に殺された時、あんたはただ可哀想にとしか言わなかったよな?」と言い放った。

施設長はその言葉を聞いて、心に強い衝撃を受けた。たしかにあの時は今回ほどの強い気持ちは感じていなかった。

名前は確か… 有紗、布川有紗。いや待て、とテーブルに目線を落とすとそこには…


松岡! あんたまさか?!と目線を上げると


「そうだよ。有紗の兄、松岡智治だよ」と言った。

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