蘇る感情

研究所へ向かう車の中はみんな黙ったまま、それぞれが考え事をしているようだった。

運転は香椎に代わり、助手席にはヤマト。

後部座席には藤島由行とゆかりの親子が並んで座っていた。ゆかりは隣に座る男から漂う時代遅れのコロンの香りを感じていた。


藤島ゆかりは突然現れた父親、藤島由行のことを考えていると不思議な事に自然と過去を振り返っていた…


私はあの人をいつからか大嫌いになっていた。友人から聞く家族の話、旅行に行って楽しかったことや、誕生日を一緒に祝ってもらい嬉しかった事。ウチにはそんなこと今まで数えるほどしかない…

それなのにあの人の働く職場では誕生会やイベントを毎年数えきれないくらい行っている。そんなのズルいよ!不公平だよ!、あの人は私なんかよりも他人の子供の方が可愛いんだ…

家庭を顧みずに仕事ばっかりのあの人に私の気持ちなんか絶対にわかりっこない!あぁ、私はなんて不幸な家に生まれてきたんだろう… 私はこんな親には絶対にならない!自分に子供が出来たら絶対に私みたいな思いを子供にはさせない!そして高校を卒業すると家出同然に家を飛び出した。それ以降、親とは会うことも連絡することもなかった…。


洪水のように溢れ出す記憶に戸惑っていると、心の中に語りかける一人の声を感じた。

( なぜ与えられなかったものだけを考えるの?なぜ他人と比較して悲しいエピソードを無理やり引っ張り出して不幸だと考えるの?)

〈 そんなことない!〉ゆかりは心の中で否定する。

( あなたが否定したこと以外、全てが幸せな時間だったのよ、それを当たり前だと思うほうが間違いだと思わない?)

〈 違う!違う!違う‼︎ 〉ゆかりは身体を震わせながら、もう一人の声に抗った。


もう一人の声は手を緩めなかった。

( その証拠に家を飛び出したあと、幸せだった時間がどれだけあったの? 彼にも一方的に愛情を求めるだけで彼が喜んでいる顔なんて思い出せる? その彼が去ったあと、自分は不幸だと思うだけで何もしてこなかった。そして、あの時だって… )


ゆかりはついに「やめてー!もうやめて!」と口に出して叫んでいた。

すると隣にいた由行がゆかりの肩を抱き「大丈夫だ、今は私が隣にいる」と言うと、黙って自分の方にそっと抱き寄せた。


由行からは子供の時から身近に感じていた時代遅れのコロンの香りがした。

「お父さん、ごめんなさい」ゆかりは由行に顔を埋めて声を出さずに泣いた。

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