藤島由行

施設長は自分の娘の面影がある女性を前にして、どこか懐かしさを感じていた。しかし目の前にいるこの女性は表情豊かだった娘とは、あまりに対照的な雰囲気だったので確信を持てずにいた。

しかし意を決して話しかけた。「あの… 名前は何て言うんですか?」するとゆかりが「藤島ゆかりです」と答えた。その瞬間、施設長は大粒の涙を流した。「良かった… 無事でいてくれて何よりだ… 本当に良かった!」と言うと「私の事はわかるか?」と聞いた。ゆかりは表情を変えず「はい」とだけ答えると夕飯の支度に戻って行った。ゆかりは夕飯の支度をしながら、胸のあたりがざわざわするのを感じていた。


しばらくゆかりを見ていた施設長はヤマトの方へ振り返ると「ゆかりがどういう風に過ごしてきたか分かるかい?」と聞くと「ゆかりさんが話してくれるまで待ってあげて」とだけ言って黙った。


カチャリ。

そっと扉が開くと香椎が現れた。

施設長はドアの方へ顔を向け香椎の顔を見るなり、みるみる顔を紅潮させて香椎へ向かって行った。《ドン!》鈍い音と共に香椎の上に馬乗りになると「何者だ!おまえ…!何故ここにいる!言え‼︎ 」施設長はヤマトと娘の二人がこの男と一緒にいることが理解できなかった。しかし、この男が憎むべき存在であることを無意識の自分が叫んでいた。


「イタタタ… ご挨拶ですねぇ、いきなり。」香椎は落ち着き払って言った。「僕はあなたの敵でもあり、味方でもあるんですよ?」

施設長は混乱して香椎の胸倉を掴んで「何言ってるんだ!私にわかるように説明しろ!」と尚も問い詰める。「説明は後です。今すぐここから出ますからついてきて下さい」施設長は訳の分からないままヤマトを見ると、ヤマトが頷くので香椎に従うことにした。

「あなたの車で向かいましょう」

香椎が施設長に促すと「車の中で説明してもらうからな」と言って四人は施設長の車に乗り込み、車を走らせた。


ゆかりが運転する車の中。

香椎が施設長に向かって「あなたは狙われています」と言った。「あんたさっきから何訳の分からないことを言ってるんだ?なぜ私が狙われなければならないんだ!」と施設長が言うと、「その無駄な正義感ですよ。あなたがヤマトに関わらなければこんなことにはならなかった。だからもう施設に帰って大人しくしていて下さい。命が惜しいなら。」と香椎に言われ、施設長は言葉を失くした。


施設に近付くまで全員黙っていたが施設長が意を決したように香椎に聞いた。「あんた達はどこに行くつもりだ」施設長の様子に香椎は呆れたように口を開く。「…ったく。我々はあなたを施設に送り届けた後、アカシャ研究所へ行きます。もうこの事は忘れて下さい」

「は?!アカシャ研究所だと?ヤマトをあんなところに預けさせることは出来ない!この女性もな!何故あんなやつの所に行かなければならないんだ!」と言うと施設長は続けて「あんた一人で行けばいい!二人は私が守る!」と力強く言った。香椎が「あなたにはヤマトもゆかりも守れない。だいたい…」と言った所で施設長が食い下がる。「守るさ!ゆかりは私の娘だからな!」

香椎は少し驚いたがすぐに冷静になり「ならば尚更研究所へ連れて行く必要があるね」と断言した。


車が調布の児童養護施設に到着すると、施設長が「悪いが少しだけ待っていてくれ、勝手に出たら通報するからな!」というと施設の中に入っていき、すぐに戻って来て言った。「さあ、研究所へ向かってくれ!」


施設長室の机の上には藤島由行の辞表が置かれていた。

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