事件
児童養護施設の食事室。
テレビを付けた職員がニュースを流しながら、朝食を食べている。
その向かいにはヤマトが慣れない箸づかいでウインナーと格闘していた。なかなか掴めないウインナーに向かってヤマトはザクッと箸を刺した。
「ヤマト、刺し箸はダメだよ」と職員が注意すると「ごめんなさい」とヤマトは素直に謝り、ウインナーを左手で押さえて箸を抜き取った。
その時、テレビから殺人事件のニュースが流された。ラブホテルで17歳の高校生が〝刺し殺された〟と伝えたのだ。
被害者は
布川有紗。
この児童養護施設にいた女の子だ。
9歳の時、里親に引き取られて布川姓となったが、ここにいた時は松岡有紗と言った。
食事室に施設長が入ってくる。
テレビに目を向け「可哀想に」と言った。
食事が済むとヤマトが胸の辺りを押さえて「この辺が苦しい」と言うので、施設長は「大丈夫か? 学校に行けるか?」と聞いた。
「お休みしてもいい?」とヤマトが言うので、「そんなに苦しいのか?」と施設長が聞くと「ううん、これから」とヤマトが言った。
施設長は首をかしげる他なかった。
ヤマトが学校を休んでから3日が経った。担任からは電話の一本もかかってこない。
一体どうなってるんだ? この学校は。
何故ヤマトは学校に行きたがらないのか?
何かトラブルでもあったのだろうか?
施設長は、水原先生から連絡があったらヤマトの事で職員に話しに行かせようと思っていたが、待っている内は連絡がこないなんて言うし、報せがないのは良い報せだと妙な納得をして気にしないことにした。
学校ではヤマトが休んでいること以外、何も変わらない日々が過ぎていた。
ヤマトは考えていた。
自分が学校に行ったら悪いことが起きる。
行かなかったら何も起きない。
だから僕は学校に行かない。
僕が行かなければ何も…
ーーーガチャ。
施設長はヤマトの部屋に入ると布団の中にいるヤマトへ話しかけた。
「学校には行かないのかい?」
「うん、行かない」とヤマトは答えた。
「まだ胸が苦しいのかな?」
「ううん、苦しくない」
「だったら学校に行こうよ」
「ううん、行かないから苦しくないの」
不登校だ、と施設長は思った。
4月15日。
ヤマトが真新しい鉛筆を画用紙に滑らせる。
そこには担任の水原の顔、鞄に無造作に入れられたサバイバルナイフ、4・1・5の3つの数字が描かれていた。
そのクオリティは、まるでモノクロ写真のようだ。施設長は「上手だね、これは水原先生だよね?」と描かれた人物を指差して尋ねた。
ヤマトは振り返って頷くと「水原先生、人を殺してるよ」と施設長へ向かって言ったので施設長は目を丸くした。
「僕、やっぱり学校に行ってくるよ」とヤマトが部屋を出ようとしたため「待ってくれ、それじゃあこのナイフで殺したとでも言うのかい?」と施設長が尋ねると、「それはこれからのだよ」とヤマトが答えるとそのまま出て行ってしまった。
施設長はもう一度ヤマトが描いた絵に目を落とした。
「…… 4・1・5 …… これから… 」
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