第1章

ヤマトの生い立ち

ヤマトは6歳の男の子。親も兄弟もいない孤児だ。一見暗い印象を受けるその少年と向かい合うと、誰もが己の恥ずべき部分を見せられたかのような錯覚に陥る。そのため虐待を受けたり、遠ざけられたりを繰り返して生きてきた。


ヤマトは一切の教育を受けていないのにもかかわらず能力を発揮する。言語は日本語を主体とするものの、世界中の全ての言語を理解する。顔立ちは日本人にも見えるが、東南アジア系のようにも見える。他の人とは特異なるところがヤマトの目だ。黒目が大きく、吸い込まれるような瞳が特徴的である。

ヤマトの顔は表情筋が弱いためか、無表情にも見える。端正な顔立ちなのだが皆が違和感を覚え、不気味に見えてしまうのはこういったヤマトの特徴のせいなのかもしれない。ヤマトは他人から向けられる感情に関して鈍感というか感じていないのではないか?と思わせるくらい反応しない。 


ヤマトには育ての親が3組いるが、全て不幸な結果となっている。名付け親でもある最初の育ての親、仲埜ひとみはヤマトが2歳になる少し前に自殺した。

児童養護施設を経由して里親になった倉田満は精神に異常をきたしてヤマトを虐待し、その後ヤマトが4歳の時に精神病棟へ入院。

次に里親となった高橋夫妻は、ヤマトが6歳になってすぐの時に奥多摩の山中にヤマトを放置した。その帰りにトラックと正面衝突し2人とも事故死。


現在はこの児童養護施設に預けられている。

事のいきさつを知る職員は、ヤマトを気味悪がって自分からは関わることを一切放棄している状況である。

その児童養護施設ではヤマトの小学校入学について施設長と教育委員会とで協議を行っていた。お互いの立場が違うことを理解しても、簡単に答えが出せる問題ではないからだ。

教育委員会の立場からすれば、義務教育であるからヤマトを小学校に通わせたいと思い、児童福祉施設の立場からすれば、ヤマトが様々なトラブルを引き起こすことはわかりきったことなので、学校に通わない選択肢もあると考えている。

しかし、起きていない問題を理由に学校へ行かないことを認めるわけにいかないという意見と、児童養護施設も公的施設でありながら本人の意思を無視して決定するわけにはいかない、ということで小学校へ通わせることが内定した。


そして本人に意思を確認した。

「ヤマト君、今度から小学校に通うことになるんだけど行きたいと思うかい?」と施設長は言った。

するとヤマトは「うん!僕はみんなにわかってもらいたい事があるの。だから小学校に行きたい」と言った。この瞬間、ヤマトの小学校入学が決定した。


みんなにわかってもらいたい事… 。

施設長はそれが何のことかわかっていなかった。


入学式の日。ヤマトには親がいないため、児童養護施設の職員が入学式に付き添った。


クラスは1年1組

担任は学年主任の水原 彰吾(40)。

穏やかな性格で子供たちにも評判が良いらしい。何も問題がないと良いのだが・・・

「真面目そうな先生だから大丈夫」

と施設職員は言い聞かせるようにつぶやいた。


ヤマトが席の近いクラスメートと楽しそうに何やら話しているのを見て、

「小さい子だと問題ないんだけどな」と言いながら学校を後にした。


水原は児童が下校した後、職員室でタブレットの中にある座席表を眺めぶつぶつと言いながら児童の顔と名前を覚えていた。

ふとヤマトの座席に目を止めると、何か不思議な雰囲気の子だなと思った。ひと通り児童の名前と座席位置を確認すると、タブレットを机にしまい帰り支度を始めた。


水原が学校を後にして向かったのは、自宅とは反対の方角だった。駅に着き電車に乗ると、ポケットから携帯を取り出す。

どうも誰かと連絡を取っているようだ。

6つ先の駅を降りると閑散とした出口に向かって歩き出した。


駅を出たところで女子高生くらいの子が水原と二言三言話すと、ホテルのある路地へと消えていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る