片鱗

17時にここを出て、調布に着くまで20分。僕がいるところはあのお店から車で20分だと言うことは分かった… だけどお店からの方角までは分からない。ヤマトは意識を集中させて今いる場所の近くを感じとろうと試みた。

すると近くでチャイムの音が聞こえた。

学校のグラウンド… かな? ざわざわした意識も感じる。(ぜる、び、あ?)

ぜるびあって何なんだろう…? さらに意識をそちらに向けると… 正体がわかった!

サッカーだ! 近くでサッカーの試合が行われている。ぜるびあって言うのはチームの名前のような気がしてきた。しかしヤマトはサッカーに詳しくないので場所を特定するには知識が不足していた。

ヤマトが諦めずに意識を向けていると右耳の近く… 頭の中で(パリン)とガラスが割れるような音がした。すると同時にヤマトの頭の中にパアッと飛び出すように鮮明な映像が映し出された。「町田市立陸上競技場」とヤマトが呟く。「町田ゼルビア、サッカー場、廃病院」ヤマトの中で全てが今繋がった!

僕が今いる所は町田市のサッカー場近くの病院跡地だ!わかる!わかるよ!

目が急に見えるような感覚になり、ヤマトの能力が戻って来たようだった。


「あっ、ゆかりさんが戻って来る頃だ、あと5分くらいかな」と、時計を見たヤマトが言った。ヤマトがゆかりに意識を向けると、車を運転しているゆかりの姿がはっきりと映し出された。

ゆかりが戻るまでの間、ヤマトはある事を何度も試していた。(先生!聞こえる?… 先生!聞こえる?)


調布の児童養護施設。

施設長は一人きりで施設にいた。子供たちは職員の引率で年末年始のイベントとして浅草寺やスカイツリー、よみうりランドなど思い思いの場所で楽しく過ごしている。

そんな中、施設長だけは元気なくこの一週間を過ごしていた。クマのような体格も一回り小さく見え、施設長の心労を物語っていた。

(……… える?… 先生!聞こえる?)

思わず施設長は顔を上げたが、すぐにうなだれてしまう。それもそのはず、施設長には何度も何度もヤマトの声が聞こえてはその空耳に一喜一憂していたからだ。だが間もなく(先生!聞こえる?… 先生!聞こえる?)と再び、今度ははっきりと、まるで耳元で言われたかのように鮮明に聞こえた。「ヤマト!ヤマトなんだな!聞こえたよ、ヤマトの声が」施設長はヤマトの無事を確信すると、誰もいない施設長室で涙を流していた。

「ヤマト、無事なのか?」と施設長はたずねた。(先生、僕は大丈夫だよ!今、町田市のサッカー場近くの病院跡地にいるよ)


その声を聞いた施設長はパソコンで地図を見ながらヤマトの居場所を確認すると、施設を飛び出して行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る