第8話 一生の隠し事
「へ?一生が何かやってる?」
朝食を食べる侑平に、そんな情報がもたらされたのは、春も麗らかな日。今日はのんびりしようと思っていたのにと、ちょっと不満になる。
「そうなんですよ。あのデカい図体でこそこそと……気になってしまって」
で、情報をもたらした薬師は、苦笑しながら語った。おそらく、侑平の面倒だという気持ちを見抜いている。
「まあ、そうですね」
侑平はデカい図体という言葉に、まあねと頷いた。一生の体格は、一般的な大学生と変わらない。そんな奴がこそこそしていては、目立って当然である。
「それも、台所から食料を持ち出してるみたいなんですよね」
「あー」
それで薬師は、のんびりしている侑平に、朝からそんな情報をもたらしたのか。台所番でもある薬師からすれば、つまみ食いは見逃せないのだろう。
「でも、ちょっと待ってください」
侑平は味噌汁を飲みつつ、情報を整理するからとストップを掛けた。調べるならば、真面目に考えなくてはならない。
「最近、一生がこそこそと出掛けている。しかも台所から食料を持ち出している。行き先は何故か、寺の裏側、お稲荷さんのさらに向こうの、ちょっとした森の中ですよね?」
「はい」
そこまで聞くと、侑平は小学生かなと思ってしまった。似たような経験がある。しかし、それを悪戯好きの鬼である一生がやっている、というのが謎だ。
「落とし穴でも掘ってるのかな?それとも、秘密基地?」
ともかく、侑平は先ほど頭に浮かんだことを、薬師に伝えてみる。しかし、どちらもないだろうという顔だ。
「たしかに一生は悪戯好きですが、脳みそレベルがそんなに低い、ということはない、と、思うんですけど」
薬師は言いつつも、途中であり得るかもと思ったらしく、尻すぼみになっていた。でも、そんなことをこそこそとやるか、という疑問は残るらしい。
「まぁ、確かに。そういう変なものを作っているのなら、こそこそとではなく、堂々と作りそうだし」
「でしょ?というわけで、調べてください。もし不届きなことをしているようなら、厳重注意もお願いします。あと、食料に関しても」
「ははっ。はい」
結局、薬師は食料に関して黙って持って行ってるから怒っているのでは?そう思う侑平だった。
「へぇ。最近見ないと思ったら、謎にこそこそしてんのか」
仕方なくも調べることになった侑平は、すぐに情報が拾えそうな崇の元を訪ねていた。が、友人である崇も知らないという。
「聞いてないのか?」
「ああ。妖怪としての性質が違うから、用事がなければ話さないよ」
「へえ」
妖怪の間の関係って不思議なんだなと、侑平は神社のベンチに座って悩むことになる。そう言えば、崇はここの遣い狐だ。鬼と狐がいつ仲良くなったのか。そこからして謎だった。
「じゃあ、一生の後を尾行るのか?」
そして崇、その秘密を暴いてやろうと意気込む。手伝ってくれるらしい。
「そうだな。ここで見張っていれば、そのうちやって来るはず」
侑平もそのつもりで来たので、戦力を得てにっこりだ。それに暖かな春の日。のんびりしたかった侑平にとって、一生を調べるという名目で日向ぼっこ出来るのはいい。
「お爺ちゃんかよ」
「ほっとけ」
呆れてくる崇に、色々と忙しかったのと侑平は無視だ。しばらく、ウグイスの声を聞きながら、心洗われる時間を過ごす。
「あっ!」
しかし優雅な時間はすぐに終わった。何かを、多分食料を抱えている一生が、周囲を気にしながら歩いてきた。
「あれだけ見ると、犯罪者だな」
「なるほど。薬師さんが調べてくれと頼むはずだ」
神社の植え込みに隠れながら一生を見た二人は、薬師が心配になって納得と頷いていた。あれは目立つ。しかも空き巣に入ったみたいだ。
「森の方に行くな」
「うん」
こそこそと、二人は一生の追跡を開始。犯罪者と間違われて通報される前に、何とか秘密を暴いて止めさせなければならない。
その一生は、警戒している割には尾行に気づかないらしく、真っ直ぐに森へと入って行った。一体、何なのやら。
「なんで森?」
「さあ」
一生の本当の棲み処でもあるのかと想像していた侑平だが、疑問を呈する崇のおかげで違うと理解した。同時に、かなり謎の行動らしいとも理解する。
「あっ」
すると一生が、とある大きな木にある穴の中へと入ってしまった。ひょっとして、ト○ロでもいるのかと、侑平は変な期待をしてしまった。
「んなわけねぇだろ」
が、そんな妄想は、あっさり崇に打ち破られる。だったら木の穴は何だ?
「行くぞ」
「うん」
二人は突撃しかないと、木に近づいた。そして、スマホのライトを点け、中を照らす。
「なっ!?何だ?」
「にゃあ」
「ぎゃにゃぁ」
「みゃあ」
そして、その明かりのせいでカオス到来。一生の声だけでなく、多くの鳴き声が続いた。
「――」
「な、なるほど」
「全く。この先も面倒を見るつもりだったんですか?」
「すみません」
寺に移動し、事の顛末を知った薬師は、呆れ顔で一生に問う。その一生は、どうしたものかと、仔猫五匹を抱えて小さくなっていた。
そう、一生がこそこそやっていたのは、仔猫の世話だったのだ。しかも普通の猫ではなく――
「しかも猫又の仔猫ですか。困りましたね」
「ごめん。でもさ」
「どうして、あなたが面倒見てるんです?」
謝る一方の一生に、説明しろと薬師は逃さない。笑顔だが圧力がある。
「一生。言った方が身のためだ」
侑平はちゃっちゃと白状しろ促した。すると、一生の顔が真っ赤になる。
「まさかあなたの?」
「ち、違う。断じて異種間で作った仔じゃない!」
鋭くなる薬師の目に、ついに一生は口を割った。しかし、言ってる内容が凄い!
「その、この仔猫たちの親の猫又とは、古い付き合いなんだよ。それこそ、色々と世話になったんだ。でも、そいつ……」
「消えてしまったと?」
薬師の問いに、こくりと頷く。
「世話とか、出来ない人なんだよ。でも、まあ、本性は猫だからさ。子どもが出来ちゃったんだよね。発情期で。棄てておいていいって言われたけど、やっぱ無理で」
「――つまり、その仔猫たちは育児放棄されたってこと?」
そんなことあんのかと、侑平は驚いた。しかし、よくあることらしい。
「妖怪ですからね。世代を繋ぐことは二の次なんですよ」
「はあ」
複雑と、薬師の説明に侑平は変な声しか出ない。でも発情期はあるんだ。
「仕方ないですね。その優しい心に免じて、一人で狩りが出来る大きさになるまで、寺においていいですよ」
「――」
まさかの恩情に、一生の顔がぱっと明るくなる。
「悪戯以外のことを、やり遂げようとしてましたからね。ただし、責任を持って世話すること。いいですね?」
「はい」
「良かったな」
いい返事をする一生に、侑平はほっとしていた。それにしても、鬼が仔猫の世話か。食べちゃいそうなのに。
意外な事実の発覚に、侑平は妖怪の認識をもっと正しく持たないとなと、決意することになるのだった。
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