第5話 目覚めた先にいたモノは?
真夜中に目覚めるとそこに何かがいる。そんなもの、霊媒体質の侑平には日常茶飯事だ。だから驚くことなんてもうないはず、だったが――
「えっと……」
寺で寝るようになり、まず変な奴と遭遇することはなかったというのに、なんだこの展開は。
「おや?意外かね?」
「ええ。とっても」
侑平がフリーズしたため、訪問客もおかしいなとなったようだ。もっと別の反応を期待していたのだがと、ありありと解る落ち込みようだ。侑平のお腹に座ったまま、残念と肩を落していた。
「それで、どちら様でしょうか?」
侑平は目の前の人に、取り敢えず問い掛ける。そう、今部屋に現れたのは人間だ。ただし、この世にすでにない。服装は、変案時代の装束である狩衣だ。しかも若い。
「ふふっ。本当は誰か、解っているよね?」
「――まあ、見当は付いていますが」
素直に教えてくれないのかと、侑平は寝ていたはずなのに頭痛に襲われる。なぜ、深夜の二時に、こんな頓珍漢な会話をしているのだろう。
「じゃあ、話は早い。お前、小野義光の弟子だろ?もう少し、何とかならんのかね?」
「いきなり説教⁉って、安倍晴明さんですよね」
「うん」
軽っと、侑平は寝転んでいたはずなのに目眩に襲われた。話に聞いていた以上に自由人だ。
「それで、晴明さん。どうして俺のところに?礼門さん、つまり小野義光さんなら、向かいの部屋ですよ」
どうしてここに晴明が現れたのか。それがそもそもの謎なのだ。この人、いたるところで祀られているから、当然、こうやって姿を現すことは出来る。しかし、どうして侑平のところだったのか。
「いや、だから。さっき言っただろ。その義光、礼門をどうにか出来ないのかって」
「はあ」
どうにかってなんだと、侑平は具体的ではない指示に生返事しか出来ない。かなりマイペースだ。
「お主、浅田侑平と言ったな。お前も奴と同じ運命を背負うことになるんだろ?」
「――」
急に真剣な顔になったかと思えば、そんな指摘をしてきて、侑平は息を飲む。それはまだ、考えたくないことだ。タイムリミットが二年しかないとしても、である。
「本当は嫌なんじゃないか?死なないことがどういうことか。お主も解っている。永遠の時の残酷さは、想像以上だぞ」
「それは」
礼門の手前、絶対に言えないところだ。完全に飲み込める内容ではない。しかし、礼門がいれば何とか、つまり、永遠に生きることも大丈夫な気もしてしまう。
「はあ。お主もあのバカ弟子同様、どうしようもないお人好しだな」
侑平の煮え切らない返事に、晴明はまったくと呆れる。しかし、その顔は笑っていた。
「あの」
「お主にだけ、義光が心を開いた理由が解ったよ。同じであり、そして君はあまり優しい」
「――そんなことは」
大陰陽師から褒められ、侑平はちょっと顔を赤くした。この人、さすがは礼門から政治家と呼ばれるだけはある。人の心を掴むのが上手い。
「だからだ。お主が礼門をサポートできなければ、今後辛くなる一方だぞ。さすがに稲荷様まで絡む案件。儂ではどうにも出来んからな」
「ですよね~」
しかし解決は出来ないぞと断言されて、侑平はやっぱりかと笑うしかない。
「残念ながら、日本古来の神々は帝の血縁重視だ。それが現在、鬼の身に窶していても同じ。つまり、影山と名乗るあの男は、神から見れば花山院でしかない」
「はい」
それはまあ、稲荷とのやり取りでも解ることだ。完全な鬼の姿で対峙したというのに、影山のことを天皇の一人として扱っていた。
「それでだな。問題は影山という鬼の性癖にあるのではないか?ま、閻魔も絡むことだから、輪廻に関しては何も出来んが」
「あの、付き合えってのは止めてくださいよ」
先回りして止める侑平に、晴明はまたしても意外という顔をした。いや、だから何でそれを提案しようとしたのか。
「あの、影山は俺たちが付き合っていても関係なく、割って入ってきますよ。むしろ、付き合ってくれた方が楽しみが二倍、とか思う奴です」
「ふむ。昔から変わった奴だとは思っていたが、そこまで来るとあっぱれだ」
褒めている場合か、晴明さん。侑平は脱力してしまう。寝転んだまま会話していたはずなのに、だ。
「ふうむ。難しいのぉ。さすがにここまでくると、儂も高みの見物とはいかなくなったというのに」
そう言って本気で悩む晴明は、どうやら何かアドバイス出来ないかと思ってやって来たらしい。ただし、礼門のところに行くと追い出されるのは、解っているのだ。
「あの、たまにいらっしゃってくれるだけでいいですよ。その、昔の礼門さんについて教えてください。何か、ヒントになるかもしれませんから」
そこまで気を遣われると、侑平が恐縮してしまう。それに、これは侑平でどうにか出来る問題ではないことも、ちゃんと理解していた。だからこそ、嫌だと駄々をこねたことはない。
「なるほど。その手もあったな。昔語りは任せろ。年寄の唯一の特技だ」
にやっと笑った晴明は、その姿は二十歳くらいだというのに、おじいちゃんの顔だった。そこからしばらく語り――
「しまった。寝過ごした」
翌朝。思い切り寝坊した侑平は頭を抱える。今日が祝日でマジで良かった。
「ようやく起きたか。珍しいな」
そこに、物音に気づいて礼門がふすまを開けた。そしてにっこりと笑う。相変わらず、隙のないイケメンだ。
「はい、すみません。昨日の夜、晴明さんが来て――」
侑平がその名前を出した途端、礼門の顔が引き攣るのが解った。やばっ。言うべきではなかった。
「あのおっさん、余計なことを言っていなかったか?」
怖い顔で睨む礼門に、侑平はぶんぶんと首を横に振る。それで嘘だとバレるというのに、必死に振っていた。
「ったく」
礼門は仕方ないかと、諦めて前髪を掻き上げた。聞かれたものはどうしようもない。
「で、何を言っていた?」
「はあ。昔は字が汚かったとか、意外と大食いだとか。そういう話です」
「――そうか」
ほっとしたのか違うのか。礼門の顔からは解らない。しかし、晴明の話と今の礼門を見比べることで、より身近で、そして千年の時を生きているのだと実感してしまう。
「お米を一升食べたって本当ですか?」
「ああ」
「おはぎを五十個食べたのも?」
「ああ。って、本当にくだらないことしか吹き込んでいないな。あの人」
「なになに。おはぎ?俺も食いたい」
そこに頓珍漢なことを言う一生が乱入してくる。これは、薬師におはぎを作ってくれと頼むしかないだろう。一生はどこにおはぎがと、目をきょろきょろさせている。
こうして、またいつもの騒がしい一日が始まるのだった。
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