第4話 妖怪と海で遊ぼう

「なぜ、こうなるのか」

 そう呟いたのは、意外にも礼門だった。一生によって無理やり海パンを履かされ、砂浜に放り出された。そして今、パラソルの下でかき氷を食べている。が、その現状が受け入れられないらしい。

「すみません。俺がうっかり、海に行きたいと言ったばかりに」

 横で同じくかき氷を食べる侑平は、そう謝るしかない。きっかけを作ってしまったのは自分だ。

「いや、いいんだけど……」

 さすがに侑平のせいに出来ない礼門は、それでも目が海辺に向いている。

 その視線の先、海辺近くの浜辺では、一生たちがビーチバレーに夢中だった。メンバーは一生と弥勒、それに秋光(住職)と薬師如来(ご本尊)、それに――

「どうして、彼女たちまで?」

 礼門は、はあっと溜め息だ。

「薬師さんが呼びました」

 侑平も思わず遠い目をしてしまう。そう、いつものメンバーに加わるのは、三人の水着美女。そこらのグラドルなんて霞む、ナイスバディの女性たち。

 彼女たちこそ薬師如来の言っていた宗像の三女神だ。宗像大社のご祭神である。三人の名前は、タゴリヒメ、タヅキヒメ、イチキヒメだ。漢字は難しいので省略。

「あの人もすぐに悪ノリするようになった」

「すみません」

 怒られているわけでないのだが、侑平は自分が叱られた気分になる。

「いや、君を責めているわけでは」

「そうそう。こいつの機嫌が直ったら、それこそ天変地異が起きるぜ」

 なんとか気分を立て直そうとしている礼門に、さらなる打撃を与える声がする。声の主はタオルを頭に巻き、アロハシャツを着た、いかにも海の家で働いていますという男だ。

「黙れ、海坊主!お前まで何をやっているんだ‼」

 礼門の怒りの矛先が変わる。そう、彼は海坊主なのだ。名前に話して坊主頭ではなく、茶髪だった。

「俺?海の家でバイト」

 にかっと笑い、焼き立てだよと焼きそばが差し出された。美味しそうだ。

「いただきます」

「いいって。侑平ちゃんには奢り」

 受け取った侑平の肩をばちばちと力一杯叩いて、海坊主こと矢野海斗は豪快に笑った。

「ははっ」

 この人もフレンドリーだなと、侑平は割り箸を割りつつ苦笑するしかない。しかも、ちゃん付けって。

「まったく。この状況が天変地異だよ」

 馬鹿らしいと、礼門はしゃりしゃりとかき氷を崩す。

「それはまあな。にしてもお前、肌が白いな」

 海斗はちゃっかり礼門の横に座り、長居する気満々だ。ツンツンと礼門の肩を突いている。

「日焼けするつもりはない」

「さすがは平安人間。で、侑平ちゃんも白いな」

 次に侑平を見て、これだから今時の若者はと言う。海坊主的には、日焼けしてほしいものらしい。

「大体が大学の中なので」

 生物学みたいにフィールドワークがあると焼けるだろうけどと、侑平は苦笑する。

「あ~。そうか。礼門と同じ勉強をしているんだっけ?あんなの、変態しかやらないと思っていたのに~」

 認識を変えないとなと、海斗はややがっかりな様子だ。何かと酷い。

「殿方でも白い方がいいですよ」

 そこに割って入るのが、ビーチバレーから抜けてきた三女神の一人だ。

「えっと」

「姫でいいわよ~。名前を呼び間違う心配もないでしょ」

 姫神様はそう言って笑う。礼門がこそっとタギツヒメだと教えてくれたが、お言葉に甘えることにした。

「それで、姫様は白い方がお好みと?」

「ええ。海の神だけど、そこは別」

 にこっと笑う姫神は素敵すぎた。侑平は思わず鼻血が出ていないかチェックする。

「あまり揶揄わないでください」

 礼門がそう苦言を呈するが

「侑平君、かわいい~」

 と、姫神が侑平に飛びつくのが早かった。

「ぎゃ~⁉」

 侑平はびっくりと嬉しいの混ざった悲鳴を上げた。




 その様子を、遠くから見つめる奴がいた。

「う、羨ましい」

 そう呟くのは、ご察しの通り影山だ。必死に望遠レンズ付きの一眼レフで礼門と侑平を撮りながら、そんなことを言う。

「ホント、お前って変態だよな」

 それに付き合わされるのは、死神のもっくんだ。うんざりと、無理やり履かされた海パンを引っ張る。

「いいだろ?ああ、礼門。僕の横でもその恰好をしてくれ」

「――好きにしろ」

 ストーカーの盗撮野郎と化している影山に、文句を言いつつ付き合ってしまう、人のいいもっくんなのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る