第3話 平安恋愛事情

「礼門さんって、昔からモテモテだったんだろうな~」

 夏休みを楽しむ計画が頓挫してしばらく、侑平はテレビを見ながらそんなことを呟いていた。

「今と美的感覚が違うし、何よりあいつ、今より人間嫌いだったからな。モテてない」

 それに答えたのは、同じくテレビを見ていた弥勒だ。二人でせんべいをボリボリと食べながら、夏の恋愛テクニックなる番組を見ている。平日の暇人の図だ。

「そうか。昔の人ってどういうのがタイプだったんだろ?でもさ、あれだけ整った顔をしていたら、昔でもモテたんじゃ」

 侑平はめげずにモテたのではと訊く。今、礼門は大学に行っていて居ない。過去を聞き出すチャンスだ。あれだけの顔を持っていて、女性遍歴がないってことはないだろと思う侑平だ。

「モテてないって。そもそも平安時代の女性は、男性の前に顔を晒すことはないし、気楽に声を掛けることも出来なかったのよ。顔を見られたら即結婚の世界よ。まあ、後宮は事情が違うけど。でも、礼門って出世に興味なかったかなあ。後宮に出入りなんてしてないでしょ」

 出会いすらないと弥勒は酷い。くそっ、何も知らないのかと侑平は思ったが、ふと、弥勒が腐女子であることを思い出す。ひょっとして、弥勒が興味のない話題というだけでは。

「男性には?」

「モテたわね。影山然り」

 やはりこちらの話題には食いついた。侑平はげんなりしてしまう。が、実際に影山が平安時代から礼門を追い駆けているのも事実。無視できない。

「男受けする顔なのか?整い過ぎて、女子は引くのかな?」

 真剣に悩んでしまう侑平だ。今でこそ大学で女子に人気の礼門だが、果たしてどうなのか。それに礼門が女子に現を抜かす図というのは、想像できない。

「女子が引くってのはあるかもね。むしろ、アイドルくらいの距離感で丁度いいってとこかな。傍にいると、疲れるわよ」

 弥勒の同意が得られて、なるほどと納得の侑平だ。たしかにあの顔に釣り合おうと頑張ると、一般的な顔ならすぐに疲れてしまう。

「いや、意外とモテたぜ。あいつは」

 そこに、せんべいを掴もうと伸びる手とともに闖入してくる声があった。見るとにやにや笑いを浮かべた天牙だ。

「モテたのか?」

「女に?」

 侑平と弥勒が、どういうことだと食いつく。すると、天牙がせんべいをぽりぽりと食べながら笑う。

「もちろん女だ」

「い、一体どういう」

 女性遍歴がと、侑平は固唾を飲んだ。しかし、弥勒が待ったを掛ける。

「どういう女なの?」

「ははっ。幼女だな」

「やっぱり」

 弥勒相手に嘘を吐くのは得策ではないと感じた天牙が、あっさりとネタばらしをする。それに侑平は脱力、弥勒は納得だ。

「やっぱりねえ。要するに儀式に参加していた子どもに人気だったってことよね」

 それは女には区分しないわと弥勒は酷い。しかし、侑平には意外な気がした。

「子どもにモテる?」

 あの愛想笑いしそうにない礼門が、と侑平は疑問だ。

「ませガキなんていつの時代もいるわよ。女は生まれた時から女なのよ」

 さっきと百八十度違う意見を、弥勒はブチ撒けてくれる。しかし、それは事実だろうなと侑平は思った。女性は何かと怖い。

「ま、何の警戒心もない女は引っ掛けられるってことだな」

 天牙がさらに酷い一言を加えて笑う。が、その笑いはすぐに終わった。

「ん?」

 見ると、天牙の背後で物凄く怖い顔をした礼門が立っていた。まるで仁王だ。

「じゃあ、俺はここで」

 逃げようとする天牙に、礼門はすかさず怒りの拳を脳天にお見舞いした。

「いってえ」

「お前は嘘ばっかり言うなよ。ずっと傍にいたくせに。平安時代にも彼女はいた!」

 そっちに対する文句ですかと、侑平も弥勒も呆気に取られた。しかし、あまりに必死な礼門の顔に笑ってしまう。このままではゲイ確定とされる。そんな危機感があるようだ。

「じゃあ、惚気てみろよ」

 そんな必死の礼門に、脳天への一撃から立ち直った天牙が煽る。ちゃっかり中指まで立てて、どこの不良ですかという状態だ。

「惚気ろと言われて出来るものじゃあ」

 このままだとカオス突入だと侑平は止めようとしたが

「そうよ!男以外からモテたなんて信じないわ‼」

 という弥勒の腐女子発言に阻まれた。だからどうしたカオスに陥るのか。侑平は頭が痛い。

「あのなあ」

「やっぱり嘘なんだろ?」

「嘘じゃない!」

 やけにきっぱりと否定する。礼門はこの件に関して譲れないらしい。となると、傍観者を決め込んでいられない侑平だ。

「どういう女性だったんですか?」

 これは大恋愛だろうかと、侑平は期待してしまう。ついでに礼門が座れるように、ちょっと席を詰めた。さらにせんべいの入った皿を差し出す。

「琴の上手い人だった」

 礼門はやれやれという顔をし、せんべいに手を伸ばした。その顔はちょっと赤い。

「へえ。琴か。その音に釣られて出逢ったというパターンか。平安あるあるだな」

 天牙は本当にあった恋愛話かと疑っている。たしかに一緒にいたが、そんな場面、見たことがない。

「出会ったのはたまたまだ。陰陽頭の付き添いで後宮に行った時のことだよ」

 お、まさかの後宮と、弥勒と侑平は身を乗り出す。これはやはり大恋愛か。




 あの日、出世に興味のない礼門こと小野義光はサボりたかった。個人的な付き合いに首を突っ込んでいいことはない。大体ややこしいことになる。そう思っていたからだ。

「まあまあ、いいじゃないか。暇な貴族に付き合うのも、僕らの嗜みだよ」

 不機嫌な義光に対し、陰陽頭――安倍晴明は楽しそうに言う。いや、実際は揶揄いたいのだ。これからのことを思ってニヤついているだけだ。

「そういうものですか」

「そういうものだよ」

 義光はさっさと終えて帰ろうと素っ気なく反応しておく。この人に関わること自体が面倒だと、晴明ごと面倒臭い要素に入れている。どうして晴明が専門とする天文を選んでしまったのだろうと、後悔するばかりだ。

「ふふっ。じゃあ、仕方がない。病に関してはこちらでやっておくから、君はあっち」

 晴明は進行方向とは逆の廊下を指差し、行って来いと言う。

「あちらですか?」

「食われないようにね」

 あははと、高笑いとともに晴明は去って行った。やはり性格最悪。しかし今の言い方からして、良くないモノがこの先にいるらしい。

「一体なんだ?」

 後宮の奥に、物の怪。そんなことがあるのだろうか。人の欲望渦巻く空間だから、何かが発生したのか。あるいは単なる悪戯か。

「――」

 そんな警戒は、廊下を進むうちに無くなっていた。耳に心地よい、美しい琴の音が、廊下に響き渡っている。しかし、すぐに気づいた。これは人の発する音ではない。

「ちっ。あのじじい。マジで怪異を押し付けたな」

 あまりの事態に舌打ちすると、義光は足早に廊下を進んだ。しかし、琴の音は間近に聞こえているというのに、その姿をなかなか捉えることが出来ない。

 必死に気配を辿って行き付いた先は、後宮の終わり。最近では使われていない薄暗い場所だった。

「お前が、琴の音を奏でていたのか?」

 そこに、ぼんやりと浮かぶ女房装束の女性。しかし、彼女は人間ではない。その爪弾く琴の化身だ。つまり、付喪神。

「その姿、俺のために見せているのだな?」

「はい」

 答える声も清らか。だから、義光はすぐに意を決した。

「美しいな。我が家はボロ家だが、それでも良ければ来るか?」

 義光が訊くと、女は嬉しそうに笑った。そしてすっと姿を消す。残されたのは、朽ちかけた琴だけだった。




「それって、ただの怪談じゃあ」

 思わず侑平はそう不満を漏らす。

「いいや、だって」

 礼門はそう言うと、入り口に当たるふすまを見た。当然、全員の視線がそちらに向く。

「やはり京からここは遠いですね。あら?」

 そのふすまを開けて現れたのは、美しい和服姿の女性だ。女性はきょとんとし、部屋の中にいた侑平たちは固まる。

「せっかく来てくれたというのに、大勢いて悪いな」

 その中で、礼門だけが冷静だ。笑顔で話し掛ける。

「まあ。こちらの殿方が、あなたのお弟子さんですね」

 女性は嬉しそうに笑うと、侑平にぺこりと頭を下げる。

「えっと、この方は?」

 侑平の目から見て、彼女は人間ではない。そう、異界のモノだ。

「こちらがさっき話していた琴の君であり、俺の正妻だ」

「――ええっ⁉」

 全員がびっくりだった。付き合いの長い天牙ですら、嘘だろと固まっている。

「正妻と申しましても、過去のことですわ。それに今は、互いに好き勝手やっていますから」

 琴の君はそう言ってからからと笑う。

「今は京都で料理屋を営んでいるんだ」

 礼門が補足するように言った。

「本当にいたよ。しかも彼女じゃなくて奥さんが」

 驚く侑平。固まったままの弥勒。天牙も呆れた状態だった。なるほど、奥さんがやって来るのだ。全力でいると主張するわけである。

「薬師如来ならば台所だ」

「はい」

 そして礼門は何事もなかったかのように、琴の君を台所に促す。

「あれ?礼門さんに会いに来たんじゃ」

「いや。最近の俺はついでだ。薬師如来に新しいレシピの相談に来たんだよ」

 今はもう甘さも何もない関係なのだという。

「絶対、過去も何もなかったんだわ。ただの口実よ」

 弥勒の恨みがましい一言に、礼門はしれっとした顔をしていた。まさに、真実は闇の中。

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