第2話 真夜中の逢瀬

 満月を見ると、彼を思い出す。そう、結城礼門だ。彼の腹に傷を作ったのは、こんな満月の日だった。

「さて」

 それはさておき。影山直巳が満月の夜にそぞろ歩くのは、昔の思い出に浸るためではない。

 あの人に逢えるかな。そんな期待をしつつ歩く。満月は異界のモノにとって、特別な日だ。彼もまた、この夜を楽しんでいることだろう。

「あっ!」

 早速発見!彼だ。丁度いい獲物がいないかと、民家の屋根に座って様子を窺っている。

「やあ。死神のもっくん!何してるの?」

「げっ!」

 もっくんと呼ばれた黒衣の男は、影山の呼びかけに死ぬほど驚いた。よしよし、出だし好調。

「変態影山!近づくんじゃねえ」

「変態は認めるし、近づくよ」

 にいっと笑い、影山はもっくんのいる屋根へと飛び移った。

 死神である榛名基彦。彼は可愛い系男子であり、ばっちり影山の好みだ。しかし名前に可愛さがないので、もっくんと勝手に命名していた。

「近づくな!あと、俺の名前はもっくんじゃねえ」

「いやいや。怒った姿なんて小動物。もっくんでちょうどいいって。ますます惚れちゃうなあ。あ、体液頂戴」

「会話する気あんのか?てめえ」

 一方的で噛み合わない会話に、榛名は素早く屋根の端まで逃げた。こいつ、いつ会ってもヤバい。

「会話?付き合ってくれるの?今度お茶に行く?」

「嫌じゃ。ボケ‼」

 付き合うって明らかに恋愛の方だよなと、榛名は大絶叫だ。ここが屋根の上だとか関係ない。

 そんな姿に、だからますます揶揄いたくなるんだよと、影山はくすっと笑う。死神なのに、そういう小さなことに気づけないのだから、ますます愛おしい。

「まったく。それじゃあ、天牙に報告するしかないな。僕の言うことを聞いてくれないし」

「ぬぐっ」

 これも毎度お決まりのパターンなのだが、榛名は本気で困るから面白い。まあ、報告されると困るのは事実だから、本気にして当然ではあるが。

 天牙とは、本性が閻魔大王というおっかない妖怪だ。勝手に輪廻を弄ったとあれば、どういう報復をされるか解ったものではない。死神はあくまで、寿命に基づいて動くモノ。そう定義されているからだ。

「さあ。血を頂戴。あ、精液でもいいよ。満月で力が有り余っているんだから、そっちも滾っているでしょ」

 にこっと笑う影山に、榛名は変態ともう一度毒づく。こいつ、本性は鬼ではなく吸血鬼ではないか。そんな疑問も過る。が、精液を求めてくるから問題だ。

「ほらよ」

 セクハラされる前にお引き取り願いたい榛名は、仕方ないと腕まくりをした。どうして人間以外の体液までエネルギーに変えられるのか。それは謎だが、影山の力が回復するのは間違いない。

「ちぇっ。血の方か。いつになったら、精液をくれるのかな?」

 腕を舐めながらそんなことを言うので、榛名は恐怖の鳥肌が立つ。こいつはやっぱりマジでヤバい。

「何があってもやらねえよ!」

 榛名は腕を引っ込めたい衝動を堪えて叫んだ。すると、影山がいきなり腕に噛み付いてくる。

「っつ」

「声出せばいいのに」

 せっかく不意打ちしたのに残念と、影山はにやにや笑う。性格も悪い。

「さっさと飲め」

「はいはい」

 まったく、と榛名は心の中で毒づく。せっかく誰かの寿命を奪い、自分の妖力を高めようとしたのに、また失敗した。狙ってた相手は、このまま天寿を全うすることだろう。

 ん?っと、そこでふと思う。影山は毎回、こうやって榛名の行いを邪魔してくる。それって、不要な死を防ごうとしているのか?そのために、満月の度に自分をつけ回している。

「ううん。美味しい。もっくんの血は最高に甘い。大好き」

 悩んでいたら、影山がそんな感想を漏らす。前言撤回だ。この男にそんな殊勝さはない。

「じゃあ、また満月の夜に」

「二度と来るな!」

 たらふく血液を飲んで満足の影山に、ふらふらの榛名は全力で叫ぶ。これもまた、毎回繰り広げられる光景だ。

「じゃあね」

 影山はそんな榛名に笑顔を向け、ひらりと屋根から飛び降りた。そして、満ちた力を確認しながら帰路に就く。明日もモデルとしての仕事があるのだ。夜更かしばかりしていられない。

「それにしても、もっくん。そろそろ気づくべきだよ。輪廻に触れるのは、恐ろしく覚悟がいることだ。一介の死神が関与していいものじゃないよ」

 そんな言葉を満月に向けて呟く。影山は触れたから、こうして人喰い鬼と化したのだ、と。

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