妖怪と遊ぼうー妖し輪廻スピンオフ集ー
渋川宙
第1話 夏といえばアレ
待ちに待った夏休み。大学生になって初の夏休み。当然、浅田侑平の心は浮かれていた。さて、何をしようかな。ここはやっぱり海だろうか。それとも花火だろうか。やはり友達を誘って、どこかに行きたいところだ。
「夏といえば」
「やっぱり怪談だろ!な、怪談やろう‼」
一人部屋で夏休みの計画を立てていた侑平の耳に、突如響く爆音のような声。さらに謎の、怪談をやろうというお誘い。
「あのなあ。何で怪談なんだよ?つうか、お前の存在がすでに怪談だ」
侑平は騒がしい声の正体、悪戯好きの鬼である久米一生に向かって、至極真っ当な苦情を述べた。すると、チャラ男な見た目の一生は、ぐぐっと顔を寄せてくる。一体なんだ?
「だからいいんだろ?みんなが怪談で盛り上がり、最後の蝋燭が吹き消されたところで、俺様の登場。喰われたい奴は誰だ~ってね。最高に盛り上がるし怖がってくれるよ。最高だろ?」
「いや、まったく」
同意を求められ、侑平は即否定しておいた。そもそも何だ、その謎の状況は。しかも蝋燭を吹き消すなんて、古典的な。
「ええっ?面白いじゃん。やろうよ。人間って面白いよな。妖怪をいないって思っているのか、いるって思っているのか。全然解らない。でも、脅かすとちゃんとびっくりしてくれる」
一生は悪戯したいよと、最終的に寝転がって駄々をこね始める。さすが、悪戯好きの鬼。
「やりません」
しかし、駄々をこねられても、鬼の悪戯に加担するつもりはない。ということで、侑平はきっぱりお断りした。
すると転がっていた一生がぶすっと顔を膨らませる。これが可愛い女子、または男でも可愛い系と呼ばれる部類ならば許せるが、一生の見た目はチャラ男。よって効果はない。
「お前がやってもダメ」
「ちぇっ。やろうよ。お前のその無駄に経験豊富なところを活かしてさ」
一生、なかなか諦めない。こんなチャンスはないとでも思っているかのようだ。
「嫌だから。つうか俺、妖怪で驚かないから、怪談経験は豊富じゃない」
「そうでしょうねえ」
侑平の否定に頷いたのは、グラスに入った麦茶を持って現れた薬師如来だ。
「薬師さん」
「はい。冷たいのをどうぞ。熱中症には気を付けないと」
相変わらず気配り上手なご本尊だ。侑平は有り難くいただく。薬師は一生にも麦茶を渡していた。
「そうか。こいつは驚かないのか。妖怪に好かれるタイプだから、脅かされることも少ないだろうし」
受け取った麦茶を飲んだ一生も、ようやく怪談の誘いを諦めた。しかし、顔には残念と書いてある。
「そういうこと。やっぱり夏は海だよ。誰か誘って」
「海か。じゃあ、海坊主に声を掛けないとな」
「――」
え?と、侑平は固まる。すると横に座った薬師が
「いやいや。それよりも宗像の三女神をお呼びしないと。あちらのお姉さま方も、侑平君に会えるのを楽しみにしていますよ」
そんなことを付け足してくる。いやいや、妖怪と一緒にではなく、こちらは友達と一緒に出掛けたいのだが。
そんなことを思いながら固まる侑平に、二人は顔を見合わせて笑う。
「だって、ねえ」
「お前、礼門の一番弟子だぜ。みんなが興味津々で当然だろ。実物を見たいって、うずうずしているんだよ」
「ええ。出掛ければ間違いなく、彼ら彼女らに捕まりますよ」
交互に告げられる悲しい事実に、侑平は静かに畳に沈んでいた。ああ、俺には夏休みもないのか。青春は?
「いいじゃん!題して、『侑平と愉快な仲間たち。妖怪と海でわいわいしよう』超面白そう」
一生はみんなに声を掛けておくよとノリノリだ。
「いいですね。じゃあ、私も気合を入れてお弁当を作ります」
それに薬師までノリノリだ。ああ、これはもう確実に妖怪ご一行と海に出掛けることになる。
「勝手にしてくれ」
侑平は畳に沈んだまま、そう言うしかなかった。
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