第10話 連れて行かれる

「お前は達は軍の方針に合わせなくても良い。自由に戦うと良い。」

 

 そんな事をアシュラム将軍に言われた。自由か…。本当に自由にして良いのなら俺は今すぐここから立ち去りたい。だが、ここで言う自由はリヴァイアサンと戦うという中においての自由だ。俺に言わせればそんなモノは自由ではない。例えるならば猛獣の檻の中に閉じ込められた状態で「自由に好きな事して良いよ」と言われるようなものである。はたしてそれが自由と言えるだろうか!?いや、言えない(反語)!!


「でも、シーサーペントとリヴァイアサンを見間違えるなんて事あるのかしらね?」


「んあ。見た目の違いはウナギとアナゴくらいだかんな~。リヴァイアサンの子供で20メートルくらいだったら大人のシーサーペントと見間違えても仕方なかんべな~。そもそもリヴァイアサンなんて珍しいもん見た事ねぇのが普通だべな。ジェロームさんはリヴァイアサンと戦った事あるんだべか?」


「いや、ないな。」


「スレイさんは?」


「私もないわ。」


「オラもねぇんだよな~。なんか弱点とか特徴とかないんだべか?」


 リヴァイアサンか…。冒険者アドルもリヴァイアサンとは戦ってないよな…。あっ、でも確か『国立モンスター研究所編 逢いたくないモンスター辞典厳選99種』に載ってたな。


「リヴァイアサンは竜属で水の特性を持ってたな。魔法全般が効かないが唯一雷魔法で動きが鈍くなる。過去の討伐で致命傷を与えた場所が首の後ろ…人間でいうところの『盆の窪』が弱点といえば弱点なんだろうがそこを攻撃するのは難しいだろうな。」


「ボンノクボ?」


 スレイとテイルは首を傾げる。最近の若いもんは盆の窪も知らんのか!!


「ここだ。」


 俺はスレイの盆の窪を指で触れた。


「ヒャッ!!」


 スレイは首をすくめながら変な声を出した。ヤバい!これはセクハラだったか!?


「な、なるほどね。人間でもそこは急所だものね。雷魔法で動きが鈍るならそこは私の出番だわ。」


 セーフ…だったのか?うん、セーフセーフ…。スレイは間違いなく俺より強いのだから怒って斬りつけられでもしたら一巻の終わりだ…これからは充分に気を付けよう。


 岩窟入口から中を覗き込むとブルートパーズのような透き通った水色をしたリヴァイアサンが丸くなって横たわっている。寝てるのかな?寝ていてくれお願いだから。


「では予定通り我が隊は中央から他の隊は左右に展開して攻撃する。良いな?」


 声のデカイ将軍もここでは小声だ。その言葉に兵士達は無言で頷いた。

 いよいよ作戦決行の時だ。将軍か手を挙げ中に入るよう合図をすると一斉に岩窟の中になだれ込んだ。将軍の部隊は躊躇う事なくリヴァイアサンに攻撃を仕掛けた。リヴァイアサンがゆっくりと頭を上げる。攻撃は効いている様子はない。


「出遅れた!行くわよジェローム!テイル!」


「待て!少し様子を見よう!」


「んだな。兵隊さん達の攻撃が効いてないべ。とりあえず遠距離攻撃で様子を見るべよ。」

 

 いつも良いように解釈してくれてありがとうテイル!これでとりあえずは戦わないで済むぞ。

 攻撃をただただ受けていたリヴァイアサンだったが鬱陶しくなったのか尾を軽く払う。そのたった一振りで兵士数人が吹き飛んでしまった。すげぇ強いじゃん!


「ちょっとあそこ見て…。」


 弓矢を放ちながらスレイが顎でリヴァイアサン後方やや右辺りを示した。そこは荒いながらも階段状になった岩があり、ちょうどリヴァイアサンの頭上の張り出した所まで続いていた。


「あそこからさっき言ってた『ボンノクボ』に攻撃出来ないかしら?」


 出来るだろうね。


「私がここから雷の魔法で動きを封じるわ。ジェロームよろしくね。準備出来たら合図して!」


 え?


「頼んだべジェロームさん!」


 え?え?俺?


「お…おう…。」


 スレイとテイルの信頼MAXの瞳を見て断る事など出来ようか?いや、出来ない(2回目の反語)。俺は嫌だけど前に進み、目立たないように嫌だけど岩を登った。そして嫌だけどリヴァイアサンの頭上の岩に嫌だけど着いてしまった。下から見た時は大した高さではないと思ったが見下ろすとなかなかの高さで腰辺りがぞわぞわする。本当にここから攻撃するの?

 俺がタイミングを計る振りをしながら皆の方を見るとスレイは「いつでもOKよ!」と目が物語っている。テイルもニヤリと笑った。そんな既に勝ちが確定したみたいな目で見ないでよ…自信ないよ俺…。

 将軍や兵士達、他の冒険者も俺に気付いたらしい。数人の武勲を欲しがる冒険者が俺のいる岩に向かおうとするが仲間や兵士に止められていた。来てもいいんだよ!誰か代わってよ!

 その皆のプレッシャーが戦いたくない気持ちを上回ったところで俺はスレイに「行くぞ」と合図を送った。スレイはコクリと頷き雷魔法を発動する。


「あ…。」


 眩い光がリヴァイアサンに落ちると同時に近くにいた兵士、冒険者数人が倒れた。やっちまったな!!でも屈強な人達だから大丈夫!!…たぶん…。

 俺はリヴァイアサンに向かって飛び降りた。股関がフワリとした嫌な感覚を一瞬覚えるとうまい具合に頭頂部に着地する事が出来た。よし!後は盆の窪に攻撃を…。


「おや?」


 剣を突き立てようとした時、リヴァイアサンの盆の窪に既に刺さっている柄の折れた槍らしい物を発見した。よく見ると槍ではない。大型の魚を仕留める銛のようだ。


「キュ~…。」


 俺がまだ攻撃していないのにリヴァイアサンはか細い声で鳴くともたげていた首を下ろした。

 その声に俺は硬直する。聞き覚えのある声…もちろんリヴァイアサンの声など聞いた事はない。…これは幼かったリュートが高熱を出した時、心配で側にいた俺に「お父さん…」と言った弱々しい声に似ていた。

 攻撃をしていた兵士、冒険者達から歓声が上がった。どうやら俺がとどめを刺したと勘違いをしているらしい。


「よくやったジェローム!噂に違わぬ勇猛さであるな!」


 違うんですアシュラム将軍!


「あの…違うんです…。」


 俺の声はまだ続いている歓声にかき消されてしまう。


「違う!!」


 俺は大きな声を出そうとして怒鳴るような形になってしまった。俺の声に皆は黙りシンとしてしまった。


「違うとはどういう事だ!?」


「キュキュ~ン…。」


 将軍が俺に問い掛けると同時にリヴァイアサンは再び弱々しい声を出した。それを聞いた皆は慌てて距離を取り口々に「まだ生きているぞ!」「殺せ!」と叫んだ。


「ちょっと待つべ!リヴァイアサンのツラをよく見てみるべ!」


 そんな中、テイルが叫ぶ。リヴァイアサンの顔を見るとキラキラと輝いている目からポタポタと涙が溢れ出していた。


「これは…。」


 将軍は手を挙げ皆に静まるようにうながした。


「もう一度聞く!違うとは何だ!!」


 俺は将軍の大声に軽くビビりながらも声を捻り出す。


「将軍!このリヴァイアサンの首に銛が刺さっている!それに…それに…」


「今思えばリヴァイアサンはまともに反撃してないべ!戦う気はないんたべよ!」


 弱っていた息子の声に似ているからとは言えない。俺が言い淀むとテイルが助け船を出してくれた。


「銛が刺さっていて弱っていたから反撃が出来なかっただけであろう!?とどめを刺せジェローム!!」


「将軍に聞く!このリヴァイアサンが起こした漁業への被害とは何だ!?」


 将軍の言葉を無視して俺は問い掛けた。なんかこの子は殺してはいけない気がする。


「ぬぅ…。数隻の漁船がそいつに沈められているのだ!怪我人が出ているのだぞ!」


「ではこの銛は何だ!?漁師が意図的か間違えてかは知らんが、リヴァイアサンに刺した物ではないのか!?船が沈んだのはその痛みで暴れただけではないのか!!」


「そんな事は知らん!!」


 でしょうね。俺も推測でしかない。


「襲われれば反撃するだろう。それをこいつはしないのだ。ならば我々の行動はただ一つ!」


 俺はそう言うと刺さった銛をそっと引き抜いた。リヴァイアサンは「キュッ」と小さな声を上げて少し身震いをした。


「な…何を!?」


「リヴァイアサンは人語を理解する程賢いと聞く。人間がやってしまった事でこいつは苦しんでいるのだ!なのに反撃をしない。その心に報いるには謝り助けてやる事ではないのか!!」


 辺りは俺の言葉に静まりかえる。


「だ…だが、この先こいつが何をするか…。」


 分かるよ将軍。俺も分かってるよ。さっきから頭に乗ってて正直怖いもん!でも可哀想じゃん!


「その時こそ我々の出番だろ?モンスター相手であろうとも義理を欠くのは騎士道に反するのではないのか?」


「うむぅ…。」


 「騎士道」と言う言葉に将軍は言葉を失っている。状況が膠着する中、スレイとテイルがリヴァイアサンを登り俺の所に来た。そしてスレイは治癒魔法を傷口にかけ、テイルは手際よく消毒と縫合をした。


「お前達…。」


「ジェロームがそう言うなら私達はそれに従うわ。」


「そうだべ。これで軍に目をつけられたって構わないべ。」


 それは困るよテイル!そうか…そうなる事もあるんだね…。考えてもいなかったよ。どうしよう…。


“ありがとう…。もう痛くないよ。”


 ん?誰か何か言った?


“しっかり掴まってて…。”


 次の瞬間リヴァイアサンは横たえていた身体を伸ばして海に向かって動き出した。それに驚き兵士、冒険者、そして将軍までもが岩窟入口まで退避している。


「ちょ…ちょっと!これどうするのジェローム!?」


「は…早く飛び下りるべ!!」


「待て!しっかり掴まるんだ!」


 先程の声に従った訳ではない。俺は恐怖と緊張で身体が強張り飛び下りる事が出来ないのだ。このまま1人で連れて行かれるのは嫌だ。本当に…本当に申し訳ないけど2人とも一緒に来て下さい!今度何か奢りますから!

 リヴァイアサンは海へと入りぐんぐんと進んで行く。俺は泳げる。だが鎧を着て泳ぐ自信はない。落ちたらたぶん死ぬと思い必死に掴まった。陸はどんどん遠くなっていった。


 


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