第9話 望まない抜擢をされる

 スレイの鎧を買った街を出て5日、俺達は街から街へと旅を続けていた。戦闘も依頼を受ける事もなく平和な旅である。


「ねえ、ジェローム。お金が充分あるのは分かってるんだけどそろそろ依頼受けない?せっかくの新しい鎧が泣いてるわ。」


 そんな平和な旅もスレイには退屈な様で度々俺に依頼を受けるように薦めてくる。そろそろフラストレーションが溜まってる頃だろう。次の街でちょっとした依頼でも受けてみるか…嫌だけど…。


「次の街は港街だから魚がうめぇべ。オラ海久しぶりだ~。川魚も好きだけども海の魚の味はまた格別だかんな~。」


 海…。それだけは楽しみだ。前にも言ったが俺はこの年まで生まれ育った街の隣街までしか行った事がない。当然海を見た事がなく本で読んだり人から聞いた知識しかないのだ。何でも海というのは物凄く大きくて物凄く塩辛いらしい。そんな塩水に浸かっているのに海の魚は塩辛くないというから不思議だ。魚は塩分の取り過ぎで身体を壊したりしないのだろうか?

 そんなウキウキとした気分を隠しながら俺は道を進む。


「…何だこの匂いは?スレイ!テイル!何かがおかしい!気を付けろ!」


 一帯にかいだ事のない匂いが漂っている。俺はその異変に周囲を警戒した。


「ハハハ…。またジェロームさんの冗談が出たべ。」


「そうね。もしかして私が海を知らないと思った?前にクラマールの近くに行った事があるって言ったじゃない?」


 どういう事だ?それにクラマールは海の近くにあるのか…新情報だ。


「ほら見えて来たべ。」


「!!」


 テイルの指した先を見て俺は言葉を失った。何だあれは!?青い大地が果てまで続いている。水?水なのか?これ全部?マジで?物凄く大きいとは聞いていたが想像を遥かに超えたその大きさに俺は軽くパニックを起こしていた。

 海に近付くにつれ匂いは増していく。これは海の匂いだったのか…どうせ俺は内陸育ちの田舎者ですよだ!フンッ!


 海辺の街は活気に溢れていた。漁師であろう屈強な男達が街を闊歩し、商人達の声が響いている。


「良い街だな。」


「そうね。とりあえずお昼ご飯食べて冒険者サロンに行きましょう!」


 スレイは依頼を受ける気満々だ。


「オラ『サシ』が食いてえ!!」


 『サシ』?何だそれは?美味いのか?


「良いわね!海と言えば『サシ』、『サシ』と言えば海だもんね!」


 俺は2人について謎の食べ物『サシ』を出す店に入った。清潔な店内にビネガーの匂いが漂う。


「タイショー『おまかせ』で!」


 『オマカセ』というメニューがあるのか?スレイが頼むと店員はへい!と元気良く答え俺達の前に素手で何かを置いた。

 これは…魚?生だな…あっ分かった!これを自分で焼いて食べるんだな!え~とどこで焼くんだろう?分かんないから2人の真似をしよう。


「わ~美味しそう!いただきます!」


「おいっ!!」


 俺はスレイを止めようとしたが間に合わなかった。あろう事かスレイは魚を生のまま食べてしまったのだ。早く吐き出せ!腹を壊すぞ!


「ん~!!美味しい!!」


 え?


「んめぇな~、タイショーどんどん握って欲しいべ!」


 見るとテイルも生の魚をそのまま食べている。これは生で食べる物なのか?生臭くないのか?大丈夫なのか?お腹壊さない?

 

「ジェローム、サシは握りたてが一番美味しいのよ。ほらどんどん出してくれるから!」


「お…おう…。」


 俺は恐る恐る『オマカセ』なるサシを口に入れる。ほら、生臭い匂いが口に…あれ?全然臭くない!!それどころか脂の甘味…いや、旨味か?が広がり下にあるビネガーの利いた穀物と口の中で一体となる。これは…これは……


うーまーいーぞーーー!!!!!!


 もしこれで腹を壊してもかまわないくらいうまい!店員は次々に違う魚や貝をサシにして出してくれる。これから好物は何かと聞かれたらサシと答えよう。


「私はそろそろ満足かな。大将、『カッパ』で締めでお願い。」


 『カッパ』だと!?本で読んだ事がある。確かカッパとは遥か東の国に生息するモンスターだったはず…。ま、まさか!それをサシにするというのか?それは美味いのか!?見てみたい…そして食べてみたい!


「では、俺も『カッパ』…」


 その時、近くで激しい鐘の音が鳴った。スレイとテイルはガタリと席を立つ。


「緊急依頼ね!久しぶりに聞いたわ。」


「そだな。行くべジェロームさん。タイショー会計頼むべ。」


 カッパは?



 鐘はまだ鳴り続けている。俺は訳も分からず2人についていくとそこは冒険者サロンだった。そこには既に多くの冒険者達が集まっていた。


「そろそろだべな。」


 と、テイルが言った気がする。だって鐘の音がうるさくて聞こえないんだもん!ほどなくして鐘の音はおさまった。


「よく集まってくれた!では依頼内容を発表する!」


 大柄の初老の軍人が台に上がり大声で話し出した。依頼なの?このシステムは初めてだな。


「おっ!アシュラム将軍じゃない。これはかなり大きな依頼かもしれないわね。」


 アシュラム将軍?あの軍人の事だな…有名な人なの?


「今回の依頼は街の南に住み着いたシーサーペント討伐である!既に漁に影響が出ている故、緊急依頼とさせてもらった!報酬は参加50000だ。武勲は上限2000000!!参加する者はこのまま残れ!」


 シーサーペント!なかなか強いモンスターじゃんか!それを聞くと残る者、去る者に分かれた。本当にどういうシステムなの?


「なあ、スレイ。俺はこの依頼のやり方は初めてなんだが…。」


「え?そうなの?まあ、滅多にあるモノじゃないしね。長年冒険者やってても遭遇した事ない人がいてもおかしくないわ。」


 なんせまだ冒険者になって半月くらいなもんで…。少なくとも俺の街では聞いた事がない。


「これは緊急依頼って言ってね。主に国からの依頼であまり時間的に余裕のないモンスター討伐が多いわね。その土地に駐在する兵では対応出来ない時に中央に応援を頼んで更に冒険者にも参加者を募るの。今回は参加するだけで50000ルーが貰えて活躍次第では最大2000000ルーが貰えるって訳ね。」


 なるほど…で、ここから去らないって事は参加するって事ですか!?嫌だよ!


 去る者がいなくなったタイミングを見計らってアシュラム将軍が再び話し出す。


「うむ。よく残ってくれた!ではこれから部隊編成を行う!パーティーごとに受付を済ませよ!」


 俺達は受付の列に並んだ…というか俺に関しては並ばせられた。その時、周りからひそひそ話が聞こえて来た。


「おい…あれ『全滅姫スレイ』じゃないか?」


「本当だ。じゃあこの依頼ヤバいんじゃないのか?俺参加するの止めようかな。」


 そんな声は伝播し大きなざわつきになった。スレイの耳にも入ったらしくその表情は初めて冒険者サロンで会った時のような無愛想なものになっている。


「気にする事ないべよ。」


 テイルが小さいが力強い声でスレイに言った。


「うん。分かってる。ありがとう。」


 そう言ったスレイだが相変わらず表情は硬い。全滅姫スレイの名はそこまで浸透しているのか。なんだか可哀想だな…そして腹立ってきた。


「騒がしいな!どうした!?」


 アシュラム将軍の必要以上に大きな声で冒険者達は静まりかえる。ありがとうアシュラム将軍!


「ん?確かお前は…。スレイか?…と、いう事は隣にいるのはジェロームとテイルだな?お前達の活躍は聞いているぞ。」


 スレイ有名なんだね。俺達の噂は国の将軍様にまで届いているのか。何だか凄い事になってるんだな。


「よし!お前達は列から離れろ!ワシの部隊に入れ!」


 今度は冒険者達だけでなく兵士達もざわついた。後から聞いた話だが冒険者は基本的に地元の兵の部隊に振り分けられるらしい。将軍の部隊に組み込まれるのは非常に珍しく名誉な事なのだ。ん?偉い人の部隊って事は最後尾なんじゃないの?やった!戦わなくて済むじゃん!


「んあ!アシュラム将軍の部隊って事は一番槍決定だべな!腕が鳴るべ!!」


 え?


「やったわよジェローム!私達でシーサーペント倒して大金ゲットしちゃいましょうよ!」


 どうやらアシュラム将軍は後ろから指揮を取のタイプではなく兵を率いて先陣を切って戦うタイプの将軍のようだ。

 どうしよう…。何とかして安全なポジションに着けないだろうか?そうだ!強そうな人の後ろで援護する振りしながら隠れてよう!それがいい!

 

 準備の為の一時間を過ごした後、俺達はシーサーペントが住み着いたという海沿いの岩窟に20人の部隊が5隊の合計100人で向かっていた。

 俺は周りを観察している。無論後ろに隠れて安全そうな強そうな人を探す為だ。流石将軍の部隊…みんな強そうだ!これなら誰の後ろにいても大丈夫だね!不安しかなかった心に明るい光が射し込んできた。

 

「あ~何か緊張してきた。」


 スレイがそんな事を言うとは珍しい。


「だな~。それにしてもジェロームさんはすげえべ。さっきから周りを見て…。景色を楽しむ余裕があんだかんな~。」


 ないよそんなもん!


「でも、中央正規兵がこの人数いるんだからシーサーペントなんて楽勝ね。みんな私くらいは強いわよ。」


 スレイみたいなおっちょこちょいがこんなにいたら収拾がつかないじゃないか…。


 岩窟が見える小高い丘で一団は歩みを止めた。数人の兵が現状を確認するために岩窟に向かって行くのが見える。


「お~兵隊さん元気だな~。これから戦うってのに走って帰ってくるべ。」


 岩窟を確認した兵士が走って帰ってくる。


「…何か様子が変よ?」


 スレイの言う通り走って来る様は「急いで」でなく「焦って」の方が正しいように思える。何か嫌な予感がするぞ!トロールの時みたいにたくさんいるのか?

 兵士がアシュラム将軍の耳元で何かを言うと将軍の表情が険しいものになった。


「皆の者聞けい!!!」


 将軍は皆に聞こえるようにいつもに増した声を上げた。うるさいよ将軍!近くにいる俺の身にもなってくれ!そんな俺のクレームを知るはずもなく将軍は話を続ける。


「地元の兵からの報告では成体のシーサーペントとという報告であった。しかし今我が隊の偵察から幼体のリヴァイアサンではないか…という報告があった!」


 それを聞くと他の冒険者達から不安と不満の声が漏れる。


「話が違うじゃないか!!」


「参加報酬50000じゃ安過ぎるだろうが!!」


 それはもっともな事だ。リヴァイアサンは太古の昔に神と奉っていた民族がいた程で成体のリヴァイアサンを国を挙げて退治した話が幾つかある。それほど強大なモンスターなのだ。幼体とはいえその力は侮れない。

 よし!この流れは中止だな!出直しになるとしても何か理由をつけて止めよう!そうしよう!!


「…であるからワシの独断で報酬を上げる!!参加報酬150000!武勲は上限6000000とする!!もちろんここで離脱しても構わん!」


 決行するんかい!しかも誰も離脱する気配がない…。それどころか報酬が上がった事に対して拍手喝采まで起こっている。

 俺以外の士気が上がる中、一団は岩窟へと進み出した。運命やいかに!!…主に俺の!


                つづく


 

 

 

 


 

 


 


 

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