第8話 本領を発揮させられる

 宿を出て屋台で朝食をとった俺達はこの街の冒険者サロンに寄る事にした。依頼を受ける為ではない。その切っ掛けは数分前に遡る。


「ジェロームさん、スレイさん。オラちょっと冒険者サロンさ寄りてぇんだが。」


「ん?別に構わないが…何か用があるのか?」


「んあ、もしかしたらこれが金っこに変わるかもしんねぇからそれを確認したいんだぁ。」


 そう言うとテイルは布の袋に入れていた毛の束を取り出した。うわ!気持ち悪!何それ?……ああ、昨日切り取ってた盗賊団『赤竜の牙』の頭領の髭か。


「なるほど。確かにあの盗賊団なら討伐依頼が出ていてもおかしくないわね。問題はその髭が盗賊団頭領の髭と認められるかどうか…かしら?」


「んだな~。」


 冒険者サロンの依頼の報酬は依頼を受けてから達成して受け取る方法と偶発的に達成してしまい事後に受け取る方法がある。もちろん依頼が出ていなければ話にならないのだが、確かめる価値はある。ただ1つ違いがあり事後の達成では報酬の80%しか受け取る事が出来ない。これはその依頼を受けていた他の冒険者の不平不満を抑える為である。要するに運で依頼対象と遭遇して達成しまった冒険者に対して真面目に依頼を受けていた冒険者が面白くは思わないから出来た制度なのだ。


 冒険者サロンに行くと少し面倒くさい事になった。最初に言うと赤竜の牙討伐依頼は出されていた。だが報酬が3500000ルーと高額だった事と心配通り頭領の髭がその証拠となるのかどうかが問題となったのだ。更には「たった3人で盗賊団やっつけたの?」と、もっともな疑問を持たれてしまったのが災いした。ちなみに助けてくれた幽霊(かもしれない)騎手達の話は頭がアレだと思われかねないのでしなかった。

 その結果依頼を出していたのがこの地を治めている領主という事でそれを確認する為の兵団が組織されサスリの森に行く事になったのだ。


「では、案内を頼みたいのだが、馬には乗れるんだろ?」


 兵舎へ連れて行かれた俺達に兵団の団長が話し掛けた。俺は乗れないよ!


「私は乗れるわよ。」


 スレイは乗れるんだ…。


「オラも乗れるべ。」


 テイルも乗れるんだ…。どうしよう…。


「んだけど、何も3人で行く事なかんべな。オラ馬に乗りてぇからちょっくら行ってくるべ。」


 ありがとうテイル!!今日の夕飯はお前の好きな物にしてやるぞ!!


 テイルと兵団を街の門まで見送ると驚く程暇になった。さて、何をしようか…。


「ねえ、ジェローム。この感じだとこの街にもう一泊しなくちゃいけないんじゃない?」


「そうなるかもしれんな。」 


「じゃあ…今日もあの宿に泊まるのかしら?」


 あ…。確かにそれは避けたい。あそこじゃ部屋で全裸で過ごせないじゃないか!!


「そうだな…。今日の宿でも探すか。」


 俺とスレイは午前中から宿探しをする事にした。昨日の宿屋のオヤジの話だと見つかるかどうか…。


「3部屋ですね。はい、ありますよ。」


 何ーーー!!!

 昨日連れ込み宿を紹介された宿の先にあった宿屋があっさりと取れてしまった。


「今日はたまたま空いているのか?」


「え?いえ、ウチは部屋数が多いですからね。常に5、6部屋は空いてますよ。」


 あのオヤジめ…。昨日も諦めずにあと少し歩けば普通の宿に泊まれたじゃんか!!

 そんな訳でまた暇になってしまった。


「どうするスレイ?テイルが帰ってくるまで自由行動にするか?」


「ジェロームはどうするの?」


 聞いたのに聞き返されてしまった…。せっかくのそして久しぶりの休みだ。風呂屋にでも行って昼間から酒飲むのも悪くない。


「そうだな…とりあえず…」


「もし何もないなら付き合ってくれない?ちょっと鎧が傷んできたからそろそろ替え時かな~って思ってたんだ。」


 俺が休日オッサンフルコース計画を話そうとしたのに…。仕方ない、付き合ってやるか。この街の装備屋も見てみたいし。


「ああ、かまわんぞ。」


「ありがとう。可愛いのあるかな~。」


 俺とスレイは装備屋を探しに大通りを進んで行った。

 しばらく歩くとなかなか立派な店構えの装備屋を見付けた。


「『マーカーズイクイプメントショップ』か…。」


「大きな店ね。ここなら品揃えも充実してそうね。」


 大きな扉を開けると数人の冒険者を身綺麗な店員達が接客していた。


「うわ~たくさんあって迷っちゃうわね。」


 スレイは女性用鎧のコーナーを嬉しそうに見渡した。


「う~ん…これは…。」


 俺は店に並ぶ品物を見て唸る。あまり品質の良くない金属に金や銀のメッキをして体裁を整えているのだ。そして必要のない装飾で機能性を低下させてしまっている。そしてこの値段…高い!高過ぎる!!


「スレイ、ここは止めておこう。」


「え?何で?可愛いデザインがあるじゃない?」


 まあ、分かるよ…男ならカッコいいやつを女なら可愛かったり綺麗なやつを選びたいよね。でも、命を預ける物なんだから何よりも機能性を重視しなくちゃいけないよ。


「ここで買うなら今までの物の方がまだマシだ。出るぞ。」


 俺は不満気なスレイの手を引き店を出ようとした。


「え!そんなに安いんですか!?」


 店内の買い取りカウンターで赤ん坊を抱いた若い女性が声を上げる。見ると鎧を売りに来ているようだ。


「そんなに驚く事じゃないでしょう?こんなに古くて汚い鎧ですよ?ほら店内をご覧なさい。ウチは品質最上絢爛豪華な物しか扱ってないんですよ。本来ならば買い取りをお断りするところを8000ルーで買い取って差し上げようと言っているんです。まあ、他所じゃ買い取ってさえくれないでしょうけど…。」


 店員はあご髭を撫でながら偉そうに言った。何が品質最上だ…見てくれだけのハリボテばかりじゃないか…。


「でも…この鎧は亡くなったお婆ちゃんが冒険者だった時に使っていた物で…お金に困ったら売りなさいって言ってくれてた物なんですよ…。」


「だーかーら!そんな高い物じゃないですって!じゃあ、分かりましたよ。せっかく持って来てくれたんだから赤字覚悟で10000ルーで買いますよ。」


 俺はどんな品物なのか見たくて少し離れた所から覗き見た。それは確かに古く、汚れた女性用鎧だった。だが、この品物は…。


「どうしよう…。それじゃなんの足しにもならないわ…。」


 女性は目に涙を浮かべて赤ん坊を見つめていた。理由は分からないが余程お金が必要なのだろう。


「で、どうするの売るの?売らないの?」


「その鎧、俺が500000ルーで買おう!」


 俺は大声を出して女性と店員の間に立った。まっとうな(元)装備屋として見過ごせない事態が起こったからだ。


「な!?」


 店員は驚きのあまり声も出ない。女性も突然現れた俺に口をパクパクさせていた。


「ちょっとお客様?この方は私どもにこれを売りに来られた訳でして…。」


「買っては赤字になるんだろ?俺が買えば店も助かるだろうし、このご婦人も高く売れて嬉しい。良い事ずくめではないのか?」


「いや…しかしですね。私どもの店で売り買いされますのは…。」


「そうか。それはすまなかったな。それではご婦人、売らずに外に出てから俺に売ってくれないか?」


 店員の顔色がみるみる青ざめるのが見てとれた。


「ちょっと待った!お客様、その鎧を当店に510000ルーでお譲り頂けませんでしょうか?」


 店員は急ににこやかになり手揉みまでしている。見苦しい程の変わりようだ。

 だがこんな悪徳装備屋相手に引き下がる訳には行かない。


「なら俺は600000ルー出そう。」


「うぐ!」


 店員は青から赤に顔色が変わる。忙しい奴だな…。


「おい!てめえ!冒険者風情が商売の邪魔するんじゃねぇよ!!」


 これがこいつの本性か。だが俺は怒っている…猛烈に怒っているのだ!商売だから買うより高くは売るのは当然の事だ。しかし、不当に安く買い叩くなど言語道断だ。


「では聞く。この鎧は何だ?言ってみろ!」


 俺の一歩も引かない態度に店員は気圧されている。店内にいた客も店員も固唾を飲んで見守っている。


「これは…名工カラタール作の鎧…です。」


「それだけか?」


「カラタールの番号鎧です!で、でもですね…買い取りの相場は500000ルーくらいじゃないですか!売って下さいよ!」


 カラタール番号鎧とは、名工カラタールが自ら良い出来だと判断した鎧に番号を刻印した物だ。1番から37番まであり、これは35番…カラタール晩年の名作だ。


「ならばなぜ最初からその値段を言わないのだ?それに500000ルーで買い取っていくらで売る気だったんだ?」


「それは…。」


「まあ、800000ルーはするだろうな。さあご婦人、こんな装備屋に売る事はない。出よう。」


 俺は鎧を抱えスレイとご婦人を連れて外に出た。店内から店員が苦々しい顔でこちらを睨んでいた。そして俺は恥を忍んでスレイに言った。


「すまん…金を貸してくれ…。」



 テイルが帰って来たのは夕方だった。ちゃんと盗賊団討伐を確認して来ており、報酬の3500000ルーの80%の2800000ルーを受け取る事が出来た、そして驚いた事に半日行動を共にしたテイルは兵団と物凄く打ち解けあっていた。特に団長とは「テイルちゃん」「ター君」(団長の名前はターゼルマイアー)と呼び会う仲になっていたのだ。一体何があったんだろう?

 俺はスレイに借りていた金を返し、礼を言った。


「なんだべ?その汚い鎧は?」


「これは…」


 俺が言い淀むとスレイが興奮を隠せないように喋りだした。


「ジェロームもの凄くカッコ良かったのよ!テイルにも見せてあげたかったな~。悪党をギャフンと言わせたんだから!」


「ジェロームさんがカッコいいのは知ってるべ。でもスレイさん、その鎧の説明にはなってないべよ。」


 ホントだね。でもどうしようこの鎧…。綺麗にして売ろうかな…。でもあの悪徳装備屋の言う通り売値の相場は500000…、100000損しちゃうな。


「これは私が買うのよ。ジェローム、その鎧600000ルーで譲ってくれない?」


 え?でもそれは流石に申し訳ない。


「600000ルーだべか!?そんな汚い鎧が?」


「これは、え~と…カラ…カル…」


「カラタール。」


「そうそう名工カラタールが作った凄い鎧なのよ。普通に買ったら800000ルーはするんだから!」


 スレイは俺の受け売りをさも自分の知識の様にテイルに披露する。


「まあ…欲しかった可愛い鎧じゃないけど…ジェロームが選んだ鎧なら間違いないわ。」


 元武器屋だからそれは間違いないぞ。でもスレイ、1つ間違っている事がある。


「スレイ。買うかどうかは一晩待ってくれないか?明日の朝、買うかどうか決めてくれ。」


 スレイは俺の言っている意味を理解出来ないようだったが微笑みながら首を縦に振った。


 翌朝。宿のロビーで俺の隣には目を輝かせているスレイとテイルがいる。彼女らの前には昨日買った鎧があった。


「ねえ、ジェローム…これ本当に昨日の鎧なの?綺麗だし可愛い…。」


 スレイが鎧から目を離さずに聞いた。


「ああ。」


「いんや~綺麗だな~。昨日は汚くてわがんなかったけども絵が描いてあったんだなぁ。」


 カラタールは鎧の名工であると共に高名な彫刻家でもあった。長年かけて付いた汚れを落とすとそこには四季折々の花の彫刻が浅く彫られていたのだ。それはこの鎧に使われているヒヒイロカネの地の色である薄いピンクと相まって高性能の鎧でありながら芸術品の品格すら持っている。ここまで手入れするのにほぼ徹夜だった。眠い…。


「最高…最高よジェローム!買うわ!今すぐ着て良い?」


 俺がこくりと頷くとスレイはその場で鎧を脱ぎ出し勢い余って上着も脱げかけた。俺はそれを見てない振りをしながらガン見した。

 新しい鎧を着てスレイはロビーにある姿見の前でクルクルと嬉しそうに回っている。


「似合ってるぞ。」


「本当に?これとても良い匂いがするんだけど何でかしら?」


「ああ、鎧に錆び止めの油を薄く塗るだろ?それには甘い香りのする花を漬け込んだ油を塗っておいたんだが…嫌か?」


「好き!!」


「すげぇな~、ここまで完璧だとジェロームさんは冒険者引退しても装備屋としてやって行けるな~。」


 いや、その装備屋を引退して冒険者になったんですけど。


「あっごめんなさい。お金払わないとね。」


 スレイは荷物をしばらくゴソゴソと漁ると一度動きを止め、次の瞬間宿屋の階段を全力で駆け上がって行った。さては部屋に忘れてきたな…。また忘れ物チェックをしなければなるまい。


「はい。600000ルー。これで良いのよね。」


 息も乱さず帰ってきたスレイは俺に金貨の袋を渡した。


「ああ。じゃあ、これは釣りだ。」


 俺は受け取った袋をそのままスレイに返す。 


「え?」


 俺は昨晩鎧を手入れしながらこの鎧が誰に相応しいのかを考えた。そして、俺がここまで来れた感謝の気持ちを込めてスレイにプレゼントする事にしたのだ。

 それに手入れするにつれ現れた彫刻の花々は咲く時期は違えど全て幸運を意味する物だったのだ。その幸運でスレイのおっちょこちょいが少しでも緩和されれば俺の危険も少なくなるだろう。まあ、さっき金を忘れていたからあまり期待は出来ないが…。


「この鎧は俺には無用の長物だ。スレイにこそ相応しいだろう?良いから受け取れ。」


「ありがとうジェローム!大切にするね!」


 そう言うとスレイはフェイスガード越しに俺にキスをした。なぜ俺は宿屋でフェイスガードをしていたんだろうと激しく後悔する。

 大金を使ったがこれ程喜んでくれるなら本望だ。幸い金にはまだ余裕がある……と、思っていたのだが、テイルの「スレイさんだけズルいべ!!」の言葉になかなかの金額の弓を買わされたのは誤算だった。


               つづく

 

 

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