第7話 欲望を抑えこまれる

「や…やっぱり幽霊だったのかな?」


「そそそ…そんなはずあるまい。ほら、足もあったしそれに、ほら…あの…え~と…。」


 何とかその可能性を消そうと俺は色々考えたが『足がある』というベタな幽霊否定しか出て来なかった。

 肯定する材料はいくらでもある。特に装備屋…いや、元装備屋の視点から言わせてもらえば、あの鎧の型は非常に古い。レプリカを屋敷のオブジェとして飾っている金持ちはいるだろうが、本物は遺跡などから発掘されるレベルの物だ。現在の鎧からすれば重く動きづらいので好んで使う者などいないだろう。そして剣。剣自体も装飾のない古い型の物であるのもさることながら、剣そのもので戦っていたのも気にかかる。

 現代の騎士は主に槍を用いる。もちろん戦場が森だった事や剣で戦う事もない事はないのだが、誰1人槍を持っていなかった事はやはり気になるのだ。


「幽霊だども良い人達だったでねぇか。危ないところを助けて貰った…それ以上でもそれ以下でもねぇって事だぁ。」


 テイルは盗賊の頭領の特徴ある髭を切り取っていた。何してるんだろ?


「テイルは幽霊怖くないの?さっきは怖がってたように見えたけど?」


「ああ、オラは幽霊見た事なかったから驚いただけだ。いるかいないか分かんねぇから怖いんでねぇか?いると分かれば怖くも何ともねぇよ。」


 その考え方何かカッコいいな…参考にさせて頂きます。


「まあ、確かにテイルの言う通りかもしれんな。この話はもう仕舞いだ。日が暮れる前に次の街に着きたいしそろそろ行くか。」


 俺はもう幽霊の事を考えたくないので話を打ち切り森を抜けた。でも、ありがとう幽霊だったかもしれない人達!!


 

 俺だけでなくスレイとテイルの疲労もかなりのものだったので歩みは遅く次の街に着いたのは日が暮れた後だった。


「え~~~!!部屋空いてないの!?」


 スレイが不満を漏らす。この街に入って3軒目、宿屋はどこも満室だった。


「すみませんね~。一月前に大火事がありましてね。他所から復興作業に来ている大工やら職人やらで宿はどこもいっぱいなんですわ。」


 宿屋のオヤジの説明も3回目だ。今日は絶対にお風呂に入りたいしベッドで寝たい!!


「なあ、オヤジ。何とかならないのか?金で済む話なら多少持ち合わせはあるんだが…。」


「何とかしたいのは山々なんですがね…。こればっかりは…あっそうだ!」


 オヤジがわざとらしく手をポンと打った。


「私が経営している宿屋がもう一軒あるんですけどそちらでよろしければ…。」


「そっちは空いてるのか?なら案内てくれ。」



「こ…ここは……。」


 オヤジは裏路地の宿屋に俺達を案内した。そこはきらびやかでありながらどこか安っぽい印象を受ける装飾の建物であった。


「ちょ、ちょっとオヤジさん?ここってまさか…。」


 スレイがテイルをチラチラ見ながら言葉を濁す。


「あんれ~。こりゃ連れ込み宿でねぇが?」


 『連れ込み宿』とは!!主に男女で入る宿である。こっそり入る場所なので表通りにはあまりなく、このような裏路地にある事が多い。かく言う俺も妻と結婚する前、お付き合いしていた時に何度か…いや、何でもない…。要するにいかがわしい宿である。


「テイル子供なのに知ってるの!?」


「今時子供だって連れ込み宿くらいは知ってるべ。あれだべ?男と女が…」


「テイル説明はいらない!オヤジ、部屋はいくつ空いてるんだ?」


 部屋が3つあれば…いや、2つ空いていれば全く問題はないのだ。


「生憎1部屋だけでして…。」


 そうか…。


「どうする?ここにするかどうかはお前達次第だが…。他をあたっても良いんだぞ?」


 俺が率先して「ここにしよう!」と言ったら何か変な空気になりそうなので2人に判断を委ねる事にした。意見を聞くという名の責任逃れである。


「オラは別に構わねぇよ。正直もう歩きたぐねぇ。」


「わ…私も…別に構わないけどさ…。」


 スレイはもじもじしながら言う。そう言えば仲間になった時、「強い男は好き」とか「私はジェロームと二人きりが良い」とか言ってたな…。テイルは子供だからきっと早く寝ちゃうだろうから、これはもしかしたらもしかするのか!?

 俺はそんな悶々とした考えを巡らせながら宿に入った。


「うわ~!すげぇな~!ベッドはふかふかで風呂場は透け透けだべ!」


 テイルは初めて入る連れ込み宿の部屋に大興奮でベッドの柔らかさをバインバインと跳ねながら確かめている。俺とスレイは黙りこんでいた。何か気まずい…。


「こ…これじゃお互い風呂に入りづらいな…。そ…そうだ!この宿に食堂はないから俺とテイルで買い出しに行って来よう!その間にスレイは風呂に入ると良い。ほら、テイル行くぞ!」


 俺は何とか普通に話す事が出来た。え?出来てない?


「え?あ、そうね。ありがとう。でも、テイルも疲れてるでしょうから一緒に入っちゃおうかしら?その方が時間の短縮になるし…どうかしら?」


 な、なんだと!?いかんぞスレイ!子供とはいえ若い男女が一緒に風呂に入るだなんて羨まし…いや、倫理的にいかがなものか…。


「そんだな~。オラも早く風呂入って休みてぇ。」


「いや、テイル。それは少しばかりまずくないか?」


 俺が言うとスレイとテイルはキョトンとした顔でこちらを見ている。


「何か問題でもあるかしら?子供とはいえ女の子ですもの女同士で入った方が良いと思うんだけど?」


 今何ておっしゃいましたかスレイさん?


「そだぞジェロームさん。オラだって男の人に裸は見られたぐねぇよ。」


 あ?え?あれ?おう?


「だから申し訳ないけど買い出しお願いしちゃうわね。そうね…食べてすぐ寝ちゃうだろうから野菜たっぷりのスープとかがあったらお願い出来る?」


「オラは肉食いてぇ!」


「テイルはちゃんと野菜も食べなきゃダメよ?」


「ああ…分かった。そうだな…30分くらいしたら帰ってくるからそれまでに済ませておいてくれよ。」


 そう言って俺は部屋を出た。出たは良いが俺はそこから動けずにいた。

 え?何?今の会話?え~と…つまり…テイルは女の子って事なのか?全然気が付かなかった。…って事はなにか?俺は若い女性と女児と一緒に連れ込み宿に泊まろうとしているオッサンなのか?ヤバいじゃん!もはや犯罪者じゃん!!

 俺は少しふらつきながら夜の街に出た。


 スレイリクエストの野菜スープ3人前とテイルリクエストの肉の串焼き2人前それとパンと果物のジュースと酒を買い俺は宿に戻った。時間はもう30分以上経っている。念のためドアに耳を押し当て水の音がしない事を確認する。うん、もう大丈夫だろう。俺がドアをノックするとまだ乾いていない髪を拭きながらスレイが顔を出した。うわっすげぇ良い匂いがする。


「おかえり。買い出しありがとうね。ジェロームはお風呂どうする?」


 本当はすぐにでも入りたいのだが、女性2人の前であの透け透け風呂に入る根性は俺にはない。


「先に飯にしよう。風呂はお前達が寝た後にでも入るさ。」


 考えてみたら2人には顔は見せた事はあるが鎧を脱いだ姿を見せた事はない。この旅で幾らかは引き締まったとはいえ、俺の腹には旬の魚くらいは脂がのっている。幻滅されないためにもお披露目するにはもう少し鍛える必要があるだろう。よって今は妄想していたような事は諦めよう。


 食事を終えてゆったりとした時間が流れている。スレイとテイルはベッドで俺はソファーで寝る事にした。俺は2人がベッドに横になったのを確認するとソファーに腰掛け残しておいた肉の串焼きをつまみに酒を飲み出した。久しぶりのアルコールは胃に落ちた途端に全身指先にまで染み渡る。美味い…やはり1日の終わりにはこれが必要だ。

 程なくベッドからは寝息が聞こえ出した。寝たか…。俺はゆっくりと立ち上がり風呂に入る為に鎧の金具を出来るだけ音を立てないように外す。鎧に閉じ込められていたオヤジ臭が汗の臭いと共に解き放たれる。


「うわ!臭!」


 反射的に声を出してしまった。はっとしてベッドを見るとスレイが身体を起こしていた。


「あっ…すまん。起こしてしまったか?」


 俺が言うとスレイは首を横に振る。


「ううん…。眠れないだけよ。テイルは寝ちゃったわね。お風呂入るんでしょ?あっち向いてるから入っちゃってよ。」


「お、おう…。」


 俺はお言葉に甘えて風呂に入る事にした。透け透けの風呂場からは寝ているテイルとこちらに背を向けるスレイが見える。何ともスリリングな状況だ。

 風呂から上がり洗われた服に袖を通す。風呂上がりに服を着るのは久しぶりだ。最近は部屋では全裸だったからね。

 俺は再びソファーに腰掛け晩酌の続きを始めた。


「ねえジェローム?」


 スレイが横になりながらこちらを向いた。


「何だ?」


「私にもそれ少し貰えるかしら?眠れないの。」


「ああ、かまわんぞ。」


 俺が空のグラスに少量の酒を注ぐとスレイはそれを果物のジュースで割り隣に座った。な…何だこの展開?ドキドキするぞ。


「お疲れ様。無事に生き残れて今がある事に乾杯。」


 俺はスレイが差し出したグラスに自分のグラスを軽く当てた。静かな部屋に乾いた音が短く響いた。


「あのねジェローム…。私あなたに出会えて本当に良かったと思ってるの。誰も私と組んでくれなくなって…もう冒険者辞めようなんて思った事もあったのよ…。

 だからあなたの噂を聞いた時に最後のチャンスかもしれないって思ったの。私を知らない冒険者なら組んでくれるかもしれないじゃない?しかも強ければ一緒に大冒険が出来る。そんな小賢しい考えで私はあなたに近付いたの色気まで使っちゃってさ…嫌な女でしょ?」


 スレイは少し潤んだ瞳で俺を見つめた。やっべ!超可愛い!


「いや、それで良い。俺も仲間を探していたんだ。お互いの利益が合えば理由なんてどうでもいいじゃないか。」


 カッコはつけてはみたものの鎧を脱いでいるから言っているのはただのオッサンだ。


「ふふ…ありがとう。ジェロームはいつもカッコいいわね。」


 え?鎧着てないのに?ただのオッサンなのに!?これは…これは何だか行けそうな気がする!!だが、ここもカッコ良くだ。


「からかうのは止めてくれないか?さあ、もう寝るぞ。明日からもよろしく頼む。」


 俺はそう言ってグラスを飲み干した。そして肘掛けにもたれ寝ようとする仕草を見せた。さあ、どう出るスレイ!


「あっ、ジェロームまだ寝ないで!」


 来た来た来たーーー!!!


「なんだ?まだ何かあるのか?」


 俺が聞くとスレイはもじもじとして何か言いたげな顔をしている。


「あ…あのねジェローム…。」


「さっさと言え。」


「あれ本当に幽霊だったのかな?」


 へ?


「もうそれを考えてたら怖くて眠れないのよ!一人きりになりたくなかったからテイルを買い出しに行かせないようにしたし…。よく言うじゃない?連れ込み宿は男女の情念の溜まり場だから幽霊がよく出るって…。お願いジェローム、私が眠くなるまで一緒に起きててくれない?」


 俺の沸き上がって来ていた欲望は急速に枯れて行った。


 

 翌朝。俺はまだ寝ているスレイとテイルを横目に鎧を手入れしていた。昨晩汗や汚れを掃除してなかったからだ。この毎日の手入れが状態の維持につながる。

 あの後、スレイは意外と早く睡魔に襲われベッドに戻り寝てしまった。もちろん何事もないままにだ。俺はというと忘れかけていた幽霊の話をスレイに掘り起こされて眠れなくなってしまった。まあ、それからしばらくして寝たのだが最後に寝たにも関わらず俺が最初な起きてしまっている。だが睡眠不足という程ではない。年を取ると幾らか遅く寝たとしても朝はいつもと同じ時間に目が覚めてしまうものなのだ。これは寝るのにも体力を使うと言われる物で即ち体力が落ちている事を意味する。皆も年を取れば分かるさ!


「ふあぁぁぁ~。おっ、ジェロームさんおはよう!」


「うう~ん…。あら2人とも起きてたの?おはよう。」


 テイルとスレイが目を覚ました。テイルの寝癖は凄まじく髪は重力に逆らって天井を向いていた。本当に女の子なのか?まだ信じられない。


「ああ、おはよう。」


 手入れを追えた俺は挨拶をしながら鎧を身に纏う。本当はもう少し楽な格好でいたいのだが、先日基本的には鎧を着ているキャラを演じてしまったので着ざるを得ないのだ。嘘をつくとそれを守る為に面倒が増える。そんな俺とスレイを交互に見ながらテイルはニヤニヤと笑っていた。


「昨日の夜は2人でお楽しみだったんだべか?」


 な…何を言ってるんだテイル君…いや、テイルちゃん!


「な…何もないわよ!ねえジェローム!」


 焦るスレイ。


「バカな事言ってないで顔洗って来い。」


 内心テンパる俺。


「そうか~。何か母ちゃんから聞いてた話と違うんだな~。」


「え?母ちゃん?」


「んだ。オラが小さい頃母ちゃんに聞いたんだ。連れ込み宿に入ってく男と女は中で何してんだってな。」


「ほ…ほう…。で、母親は何と答えたんだ?」


「あれで夜通し遊んでるって聞いたべ。」


 そう言うとテイルは棚に置いてある備品のトランプやチェスを指差した。連れ込み宿にはよく置いてあるんだよね。俺が昔妻と行った所にも…いや、何でもない。


「ん、あ。まあ、昨日は疲れていたからな。それで遊ぶ事なく寝てしまったよ。」


「そうか~。せっかくの連れ込み宿なのに勿体なかったな~。」


 テイルの母よ…なかなか無理のある説明だったがよくごまかしてくれた。ありがとう。


               つづく

 




 


 

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