第6話 人と戦うはめになる
自暴自棄という名の覚悟を決めた俺は意外と前向きになっていた。何事も気持ちの持ちようなのだとこの年になって初めて知った。目下「意外と不便だな」と思っていたフェイスガードを持っていた手入れ道具と購入した部品で改良した。フェイスガードの下半分を切り取り更にそれを縦に半分に切る。そしてネジで固定しつつ蝶番で左右に開閉出来る仕様にしたのだ。これでフェイスガードを外さなくてもご飯が食べられる!俺って天才!
「あれ?それどうしたの?」
朝、待ち合わせしていた宿のロビーにいたスレイが早速それに気付いてくれた。
「ああ、食事や水を飲む時にいちいち外すのが面倒でな。昨晩作ってみたんだ。」
「え?自分で作ったの?そんな事が出来るなんて鍛冶屋か装備屋みたいね。」
はい正解。
「おはよ~。あれ?スレイさん、荷物はどうしたんだべか?」
「あっしまった!!」
スレイは慌てて宿の階段を駆け上がって行った。荷物丸々忘れたのか?大丈夫かあいつ…。
「剣は持ったか?」
「うん。ある。」
「弓矢はあるべか?」
「うん。持ってる。」
「財布はあるか?」
「大丈夫よ。」
俺とテイルは宿から出てもスレイの忘れ物がないかを考えうる限り確認していた。これからは少し早めに集まって確認する事にしよう。
「もう大丈夫よ!!そんな色々忘れてたまるもんですか!!」
スレイよ…戦闘に武器を忘れたお前がそれを言うな。
「ははは!そんだな~。こんだけ確認すたんだ。大丈夫だべ。見えない所だとパンツ履き忘れてるかどうかを確認出来ないくらいだべな~。」
「あ…。………大丈夫よ!そ、そんな訳ないじゃない!冗談は止めてよねテイル!アハ…アハハハ…」
何だ?今の間は?まさか…。
俺の視線は顔を赤くしているスレイの下半身へと向かう。フェイスガードのお陰でそれは悟られていない。本当に履いてないのか?ドキドキするぞ…そしてムラムラするぞ!
スレイの下半身に集中していたせいか気が付けばサスリの森の前に着いていた。木が密集している訳でもないのに奥が見えない程に暗い…不気味だ。覚悟を決めたはずなのに入りたくない…そして、帰りたい!
「ところで俺は幽霊とは戦った事がないんだが…どうやって戦うんだ?」
俺が言うとスレイとテイルは声を上げて笑っている。え?俺何か変な事言った?
「も~冗談は止めてよ!あ~おかしい。」
「ジェロームさんも冗談を言うんだな~。本当に幽霊出たらどうやって戦うべ?プフフフ…。」
って事は幽霊は出ないのかな?なら良かった!
「でもジェロームがサスリの森の昔話を知ってるとは思わなかったわ。そう言えば盗賊達はその昔話は知らないのかしら?」
「知ってても気にするような連中じゃなかんべ。なんせ悪名高い奴らだかんな~。何て言ったっけか?」
「『赤竜の牙』だっけ?何だか子供がカッコ良く付けたみたいな名前(中二病)で逆にダサイわよね。」
何の話をしているんだ?
「まあ、精々50人くらいの盗賊団だ~。もし出くわしても2、3人ぶっ飛ばして逃げればなんとかなるべ。」
「そうね。皆仲良く全員で行動してる訳じゃないだろうし、この3人なら大丈夫でしょ。ね?ジェローム!」
「そうだな…。」
ということは何かい?この森は盗賊の根城って事かい?そういえば今朝出た街にやたらと兵士がいたような気がするな。盗賊から街を護ってたのかな?
俺は「背中は任せろ」と言って最後尾を歩いている。なぜなら鳥の飛び立つ音や木の枝が鳴る度にビクッとなってしまうからだ。そんな姿を見られたら恥ずかしい。スレイによるとこの森を抜けるのに半日は掛かるようだ。盗賊に出会いませんようにと俺は神様に祈り続けていた。
「なかなかの危険地帯だって聞いてたのに何だか拍子抜けね。つまんないの…。」
スレイが残念そうに呟く。森の出口が見えて来たのだが結局盗賊には出会わなかったのだ。良かった本当に良かった。
「おい!!誰に断って森を通ってるんだ?」
背後から声がして俺は慌てて振り向いた。そこには派手な服を何枚も重ね着し、ゴテゴテと金銀宝石のアクセサリーを着けた10才くらいの男の子が立っていた。
「なんだ。子供でねぇが。」
その珍妙な格好の子供にテイルが半笑いで言うと腹を立てたのか子供はみるみる顔を赤くして地団駄を踏んだ。
「お前だって子供だろうが!俺を誰だと思ってるんだ?盗賊団『赤竜の牙』次期頭領ウラドワール=ガルシア様だぞ!」
どうやら盗賊団頭領の息子のようだ。盗賊にビビっていた俺だが、流石に子供一人に臆する事はない。
「小僧、威勢が良いのは大したもんだが、あいにく俺達は先を急ぐんでな。」
俺はスレイとテイルを促し子供に背を向けて森の出口に足を向けた。
「あっ、待て!逃げるのか!?」
子供は慌てるように声をかけてくるが俺は無視した。
「待て!待ってよー!待てったらー!!」
背後から聞こえてくる声がだんだんと涙声になってくる。かわいそうな気もするが、仕方あるまい。更に無視を続けていると遂に子供は泣き出してしまった。
「…ん?何か聞こえない?」
スレイが足を止め耳を澄ます仕草をする。
「ああ、子供の鳴き声が聞こえるな。」
「そうじゃなくて!地鳴り?地震かしら?」
「確かに聞こえるべ…。これは…馬?」
テイルが言い終わると同時に騎馬が数騎と徒歩数十人が物凄い勢いで俺達を囲む。何かとても嫌な雰囲気だ!
「てめぇらか!!俺の息子を泣かせた奴は!!」
一際大きな熊みたいな男が馬から降りて泣いている子供を抱え上げた。
「父様!コイツらが俺に酷い事したんだよ!」
うん。確かに無視したのは酷い事かもしれないね。でも何か誤解を受けそうな言い方じゃないか?
「おおう!そうかそうか…。確かにお前みたいに可愛い子なら拐いたくなる気持ちは分かる…物凄く分かるぞ!」
ほ~ら誤解された。
頭領と思われる大男は髭面の頬を息子にジョリジョリと擦り付けている。引く程の親馬鹿だ。
「ちょっと!私達は何もしてないわよ!ただこの森を通ってただけじゃない!」
スレイは囲まれた事に臆する事なく頭領に通る声を投げ掛けた。俺はというとチビりそうだ。何なら数滴は出ているかもしれない。
「何を!!息子が嘘をついてるとでも言うのか!?そんな訳があるか!!そもそも人の庭を無断で通ろうってのが間違っている。おい!!見張りは何をしていたんだ!!」
そう言うと頭領は周りを見回した。すると2人の男が前に進み頭領の前に片膝を着いた。
「頭領に申し上げます!そこにいるのは『全滅姫』と名高いスレイと噂の『蒼天のジェローム』でございます!奴らと戦いますとこちらも無傷という訳には参りません。ですから…」
その言葉を聞き盗賊達がざわついた。俺は盗賊達にも有名になっていたのか…。
「ほう…。するとお前達は我ら盗賊団の為にそいつらを発見しておきながら野放しにしていた…という事か?」
「さ…左様でございます。」
「ふむ。仲間に被害を出したくないお前達の想い良く分かった。その心意気褒めてやろう。」
そう言って頭領はにこやかに男2人の頭を撫でる。すると男達の頭が嫌な音を立ててだらしなく垂れ落ち、その場に倒れてしまった。
「うわ…。あんな簡単に人の首って折れるんだべか?」
テイルの言葉に改めて男達を見るとあり得ない方向に首が曲がっているのが分かった。よくビビるとキン○マ袋が縮み上がると言うが俺のキ○タマ袋はそれを通り越して体内に内包されてしまった。こんな事は初めてだ。いや~生きてると色々新しい発見があるもんだね。後何分生きてられるか分からないけど…。
「悪名高き『赤竜の牙』がたった3人にビビって手を出さなかったと噂になれば面子に関わるじゃねえか!!おめえらもしっかり胆に銘じておけ!!」
頭領の一言に盗賊達は一斉に地鳴りのような声で「おう!!」と返事をした。ヤバいぞ本格的にヤバいぞ!!
「…どうするジェローム?かなりヤバイ状況よ。」
そんな事は分かっている!え~と…少数で多数の敵に囲まれた時は……そうだ!冒険者『アドル』の『マリアドネ島冒険譚』の第5章に人食い原住民に囲まれた話があった。確かアドルは仲間5人と共に100人に及ぶ敵に囲まれた時の話だ。アドルは仲間の魔法使い『戦慄乙女マイステラー』の爆撃魔法で退路をこじ開け自らしんがりとなってその危機を脱した。魔法はスレイがかなり強力なモノを使えるから良いが、例によって俺にアドル程の力量がなければ成立しない作戦だ。だが、俺が捻り出せる作戦はこれしかない。九死に一生…いや九万死に一生を拾うしかないのだ。
「スレイ、お前が出せる最大の攻撃魔法で森の出口側の敵を何とかしてくれ。そして、そっちにテイルと全力で走るんだ。」
俺はスレイとテイルにだけ聞こえるようボリュームを抑えて言った。
「え?ジェロームはどうするの?」
「もちろん走るさ。追いかける盗賊達は俺が何とかする。」
もうカッコつけるのも最期になるだろう。ここまで来たら最期までカッコつけさせてくれよ。そして望みが叶うのであればスレイとテイルだけは何とか生き残って欲しい。
あっ、それとこんな事になるならスレイがパンツ履いてるかどうか確認しとけば良かったな…。
「野郎ども!コイツらぶち殺して首を街に投げ込んでやれ!我が『赤竜の牙』の力と恐ろしさを見せ付けてやるのだ!!殺れ!!」
その頭領の声に盗賊達が一斉に遅いかかってきた。俺が目で合図をすると既に詠唱を終えていたスレイが魔法を放つ。風の魔法らしく大きな竜巻で数人の盗賊が馬ごと宙を舞った。
「走れ!!」
俺の掛け声と共に3人同時に空いた隙を駆け抜ける。横から襲いかかる盗賊を何とかかわした俺達だったが騎馬にすぐに追い抜かれた。退路を立つように道を塞いだ騎馬に俺はもうダメだと思った。
「オラに着いてくるべ!!」
そう叫んだテイルは道を外れ森の中に入った。なるほどこれならば騎馬は追って来れない。しかし騎馬はあくまでも少数…徒歩の盗賊達しかも彼らの良く知った森の中ではかなり部が悪い。
「よ…よし!ここで俺が敵を引き付けよう!」
「ダメだ!そのまま走るべ!」
俺が速度を落とそうとするとテイルの大声がそれを止めた。
「だがこのままでは…。」
盗賊は手を伸ばせば俺の肩に届きそうな程迫っていた。その先頭集団の盗賊達が眉間に矢を受け勢いのついたまま次々と転がり倒れた。見るとテイルが後ろを向きながら走り矢を放っている。後ろ向きに走っているのにスピードが落ちていないどころか見えていないはずの森の木々を軽やかに避けている。すげえなテイル。
「それ良いわね!よし!私も!」
それを見ていたスレイがテイルを真似て後ろを向いた。止めとけスレイ!
悪い予感が当たったというか予想通りというかスレイは数発矢を放った後、木の根に足を取られ豪快に転びパンツを履いていない下半身が露になる。本当に履いてなかったのか!?うん…良いモノを見せてもらった…じゃないぞ!ピンチだぞ!!
「はあ~こりゃダメだな~。」
スレイが転んだのとは関係なくテイルは足を止めた。すぐそこに森の終着点が見えるのだが、そこに先程巻いた騎馬が待ち構えていた。後方の盗賊達も少し間合いを取りながら俺達を囲み出していた。俺は手を差し出しスレイを起こし上げた。
「スレイ…もう一度魔法だ…。」
先程は奇襲的に仕掛けたから想像以上の効果があった。次はそうはいかないだろう。だが、今の俺にはもう一度その作戦を行う事しか考えられなかった。
「わ…分かったわ…。」
スレイもその事を覚っているのか表情は硬い。盗賊達の後ろからゆっくりと頭領が歩み出て来た。
「もう逃げられねえぞ!ずいぶんとやってくれたな。楽には殺さねえ。」
頭領が右手を挙げる。あの手が下りた時、盗賊達は一斉に襲いかかるのだろう。
頭領が右手を下ろそうとしたまさにその時、どこからともなく現れた1人の騎士が横から盗賊に斬りかかった。瞬く間に3人の盗賊を倒した騎士は俺達に向く。
「旅の者!助太刀致す!!」
ありがたい!!どちら様かは存じ上げませんがよろしくお願いします!!
「な…何奴!!ええい!たった1人増えただけだ!やっちまえ!!」
頭領が叫ぶが盗賊達は動こうとしない。俺が周りを見ると先程の騎士と同じ鎧を着た騎士達が盗賊達を囲むように立っていた。その数は50…いや70はいる。気配もなくこの距離まで詰められるとはかなりの手練れであろう。
その後は圧巻だった。同じ歩みで囲みを狭めながら騎士達は子供の手を捻るように盗賊達を蹂躙して行く。気が付けば頭領とその肩に乗る子供、そして4人の盗賊だけになってしまった。
「ちくしょー!ちくしょー!ちくしょー!!」
頭領は先程の子供のように地団駄を踏む。親子だね。
「何やってんだお前ら!ほら行けよ!!」
頭領は残った4人の背中を乱暴に押した。しかし押された盗賊はあっさりと騎士達に切り捨てられてしまった。それを見た頭領は子供が肩から落ちるのも気に掛けず大剣を振り回しながらこちらに突進を始めた。それを阻止しようとする騎士数人が弾き飛ばされる。
俺は迎え討つ為に剣を構える。不思議と心は落ち着いている。何も聞こえず向かってくる頭領の動きもゆっくりに見えた。痛かったはずの身体もそれを感じない。死を間際にして究極の集中力を発揮したのかもしれない。
頭領には次々と騎士が向かって行く。スレイとテイルの矢も刺さっていった。それでも頭領の勢いは止まらなかった。俺は自分でも信じられないが頭領に向かって走り出していた。右側から騎士が頭領に斬りかかるのを見て俺は左側に走り、すれ違い様に胴を薙いだ。金属の鎧を斬る感覚は紙を切るのとそうは変わらなかった。鎧の隙間から風体から想像出来ないほど綺麗な血と臓物がゴプゴプと湧き出て来る。頭領は「ふぐぅ」と可愛い声を出してその場にドサリと倒れ絶え間なく溢れ出る血の溜まりに身を沈めていった。
俺は力が抜けてその場に膝を着く。スレイとテイルが慌てて俺に駆け寄った。
「大丈夫!?ジェローム!!」
「怪我はないべか!?」
「あ…ああ。」
俺は立ち上がる事は出来なかったので顔だけを上げて答えた。
「う…うわー!!父様の敵!!」
泣きながら小刀を構えて突っ込んで来る子供をスレイが軽くあしらうと子供はビタンと倒れる。そしてそのまま大声で泣き続けていた。そんな子供にスレイは剣を向ける。
「おい!何をする気だ?」
「斬るのよ。人に剣を向けて良いのは斬られる覚悟のある者だけよ。この子はジェロームに剣を向けた…だから斬るの。」
スレイの鬼気迫る物言いに俺は息を飲む。しかし何とか声を絞り出した。
「待てスレイ…。その子はまだ小さい。目の前で父親が殺され、まして自分が俺達に声をかけた事がその原因だと思えばその子の後悔は想像を絶する。それでその罪は許してやれないだろうか?」
「じゃあこの子はどうするの?この場に置いて行くの?連れて行くの?これから先、父親の敵として私達を狙い続けるかもしれないのよ!?」
確かにそうだ。だが、子供を斬る事は1人の父親として何ともやるせない。
「ならば我々が預かろう。」
事の次第を見ていた騎士の1人が俺達に歩み寄る。そういえばまだ礼を言っていない。
「助かりました。礼をしたいのですが…」
「いや、それには及ばん。我々もコイツらには手を焼いておってな。良い切っ掛けを作ってくれたと感謝しておる。」
騎士は頭を軽く下げた。恐縮です!
「いやいや、頭を上げて欲しいべ。…でこの子の事なんだけど、どうするつもりだべか?」
「うむ。心配する事はない。我々が騎士道を叩き込み立派な大人にしてみせよう。」
そう言うと他の騎士に合図をする。合図を受けた騎士は泣き続けている子供を肩に背負い森の奥へと去ろうとする。もちろんやらなければやられていた。でも…ごめんなと俺は心の中で子供に謝った。
「ちょっと待って!」
そう言うとスレイは頭領から指輪を抜き取り子供のポケットに捩じ込んだ。
「お父さんの形見よ…。ちゃんとした大人になりなさいよね。」
子供は答える代わりに頭を少しだけ動かした。
「ではこれで我々は行こう。旅の武運祈っているぞ。」
騎士は背を向け去って行く。
「あんれ?あの紋章って…」
テイルが騎士の背中に画かれている桔梗の花と鷲の紋章を指差す。
「何だ?知ってるのか?」
「ああ…いや…でもそんなはずなかんべ。」
何とも歯切れが悪い。
「良いから言ってみろ。」
「あの紋章は…大昔に滅んだサスリの紋章だべ…。」
「え?」
気が付けば周りにいたはずの騎士達は消え森のざわめきだけがそこに流れていた。
つづく
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