第5話 諦められなくなる

 とてもありがたい事に財布が重い。

 昨日、俺達はラセツチョウ退治の証拠として持ち帰る為、上の嘴を切り取って持ち帰る事にした。俺はこれで80000ルーが8羽だから640000ルー…それが3等分だから233333ルーだなとニヤニヤしていのだがスレイは焼けていないラセツチョウの尾羽根を集め、テイルは食べ切れない程あったレバーを持ち帰ったのだ。尾羽根は入るのも気後れするような高級なドレスや帽子を製作販売している店に、レバーはディナーのコースだと30000ルーは下らないような超高級レストランに持ち込んだ。それらは総額600000ルーにもなった。お陰で今俺の財布には持っていた残金も合わせて500000ルーを超える金貨銀貨が入っている。店の資金以外でこんな大金を持ち歩いた事はない。大金を持っていると周りの善良な人々さえ泥棒に見える。お金って恐いね。


「しかし昨日は傑作だったなや~。」


 テイルは歩きながら思い出し笑いをしている。


「そうね。あの時の皆の顔!ぷぷぷ…」


 スレイもつられて思い出し笑いをする。ラセツチョウの報酬を得る為に冒険者サロンに行った時の話だろう。難しい依頼をクリアした事、多額の報酬を受け取った事、そして何より『全滅姫スレイ』が無傷の仲間達と帰還した事が他の冒険者達には驚きと羨望、そして悔しさの入り交じった複雑で滑稽な表情を作り出していた。俺も笑いたいところだが、身体中が痛くてそれどころではない。先程『無傷』と言ったが実際は無数の打ち身が鎧の下にはある。まあ一番酷いのはスレイのタックルで出来たアザなんだけど…。

 資金も潤沢になった俺達は必要な買い物を済ませ次の街に向かって街道を歩いている。


「一応目的はクラマールだけど、長旅だから途中の街に冒険者サロンがあったら寄って面白そうな依頼があったら寄り道するのも良いかもしれないわね。」


「そうだな~。ただ向かうには遠くて面白ぐねぇもんな~。」


 いや、真っ直ぐ行こうよ。依頼を受けるって事はその分危険があるって事でしょ?


「ジェローム良いわよね?」


「それも良いかもしれないが、俺は出来るだけ早くクラマールに行きたいんだが…。」


「え~~~。3ヶ月も依頼受けないなんて無理でしょ?このお金だってそんなにはもたないだろうし…。お金が無くなってから慌てて依頼を受けるより稼ぎながら進んだ方が堅実よ?」


 え?3ヶ月?


「そうだぞジェロームさん。飯ならオラが何とかするけんど、野宿だけは嫌だかんな~。」


「そうだな。俺は全然大丈夫だが、お前達がそう言うならそうしよう。」


 確かに俺「遠くに行く」って言ったよ?でも遠過ぎない?本当にそのクラマールってどこなの?


「私達のペースに合わせて貰ってありがとね。ジェロームはクラマールに行った事あるの?」


「ないな。」


 さっきまでいた街までしか俺は行った事ないぞ。今歩いてる道だって初めて歩いてるんだから。


「そう。じゃあ、ジェロームは東方出身なのかしら?」


 うん。生まれも育ちも2つ前の東の街です。


「まあ、そういう事だ。」


「そう言うスレイさんはクラマール行った事あるんだべか?」


「近くまで行った事はあるけど、挑戦した事はないわ。」


 挑戦?クラマールって街の名前じゃなかったのか?


「そうかぁ~。オラもクラマールに着くまでに幾らかでも強くなっておかなければな~。」


 え?どういう事?


「私もよ。まあ、私達にはジェロームがいるんだからきっと大丈夫よ!頼りにしてるわよ!」


「ああ。」


 何なのクラマールって!?不安しかないんですけど!!

 しばらく歩くと街道の分かれ道にたどり着いた。前方には林が点在している以外は見渡す限りの平原が広がっている。


「さて、最初の選択肢ね。ジェロームが出来るだけ早くクラマールに行きたいみたいだから私は左に行きたいんだけど…。」


 左は近道なのか。じゃあ、左だな。


「オラは安全に右に行くべきだと思うけどなぁ~。」


 何?右は安全なのか?右に行こう!絶対に右に行こう!!考えてみたらクラマールって何か怖そうな所みたいだから早く着かなくっても良いじゃん!なんなら着かなくったって良いくらいだ!


「ジェロームはどっちが良いと思う?」


「そうだな…。」


 俺は右を指すために手を上げようとした。その時、剣を腰に留めていた金具に小手が引っ掛かって取れない。俺は引っ張って無理矢理外そうとすると金具がパチンと音を立てて剣が地面にガシャリと落ちてしまった。俺の指は右を指している。しかし、スレイとテイルはそれを見ずに落ちた剣を見ていた。


「うん。左ね。」


 え?


「『ランデ』で決められたんじゃあ文句は言えねぇな~。」


 『ランデ』…それは冒険者に古くから使われている慣習だ。パーティーの仲間の意見が別れた時、冒険の神の意見を伺う為に剣を倒したり落としたりして、その方向により方針を決めるというものだ。今回の様に行く方向を決めるだけでなく違う意見を言う者を立たせてどちらを向くかで決める事もある。それに従わない者は仲間に軽蔑され追放される。『ランデ』は冒険者の鉄の掟と言っても過言ではないのだ。

 顔を上げるスレイとテイルに見られないように俺は慌てて手を下ろした。危ない危ない。…じゃない!行きたくないよ!何があるのか分からないけど行きたくないよ!!


「さあ、行きましょう。」


「お…おう…。」


 俺は歪んだ金具を直しながら「違う」とも言えずに2人に続きつつ自分の不運を恨んだ。


 この先に何があるんだろう…とびくびく進んでいたのだが何事もなく街に着いてしまった。時刻は午後3時、今日はここまでにして宿を取ろう。


「この時間なら『サスリの森』抜けられるんじゃない?」


 『サスリの森』?そういえば子供の頃、近所にいたベック爺さんから聞いた事がある…。確か……


『サスリの森』 語り…ベック爺

 むか~しむかし、平原の覇を争う戦争があったそうな。

 ある時、敵国にそそのかされた兵士の1人が井戸水に毒を投げ込んだのじゃとさ。それによってたくさんの兵士が死んだんじゃ。その日を境に戦争は敵国の優位になってな。ついに王は討ち死にしてしまったんじゃよ。

 負けた国の王族の末路は悲惨なものじゃ。王族貴族、軍属は一族全て女や赤ん坊までもが平原の真ん中に連れて来られてそこに掘られた穴に生き埋めにされたんじゃ。埋められようとしていた時には命乞いをしていたその人達も次々に放り込まれる土に放つ言葉も呪いの言葉に変わっていったのじゃ。

 戦争が終わってしばらくした後、敵国の王宮では不可解な事が次々と起こったのじゃ。皇太子が原因不明の熱病にかかって死んだのを皮切りに王妃が発狂、そしてあの生き埋めの場にいた者達が次々と謎の死をとげ、夜には青白い光が無数に飛び、人語を話す獣が出没するなどの怪異が起こったのじゃ。

 これはあの生き埋めにした人々の呪いに違いないと考えた王はあの場所に兵を送ったのじゃ。しかしその兵は帰って来なかったんじゃな。王は何度も兵を送った…じゃが誰1人として帰って来なかったんじゃ。しびれを切らした王は自らその場所に向かった。そしてそこで王は見たんじゃ。驚くべき事に半月前まで平原だったそこには深い森が出来ていたのをな。そして恐る恐る近付いた王に森の中から無数の白い手が伸びて王を引きずり込んでしまったそうな…。逃げ帰った兵によってそれは王都に伝えられた。その後様々な怪異は収まったんじゃが、王の後継者を選ぶ内乱が起こって国力が落ちた所を他の国に攻められ結局は滅んでしまったんじゃ。

 その森は今でもあってな。生き埋めにされた人々の国の名を取って『サスリの森』と呼ばれておる。今でもそこに入った者を霊達が襲うという事じゃ。近くに行く事があっても決して入ってはいかんぞ…。 完


 子供だった俺はその話を聞いた日、後ろに幽霊がいる気がして日頃の3倍のスピードで風呂で頭を洗った。夜も怖くてなかなか寝られなかった事を覚えている。そこに行くのか?


「いや、今日はこの街に泊まる事にしよう。お前達は若いから良いが少しは俺に合わせろ。」


「らしくないわねジェローム。そこら辺のおじさんじゃあるまいし…。」


 そこら辺のおじさんですよ俺は…。


「わがってねぇなスレイさんは…。ジェロームさんは万全の状態でサスリの森に挑むべきだって言ってるんだべ。」


 テイル、ナイスだ!


「…分かったわよ。じゃあ、宿を探しましょう。」


 何とか先伸ばしに成功した。俺達は宿に見つけ夕方に食堂で一緒に食事をする約束をして部屋に入った。


「ふう…。」


 俺はベッドに腰掛け一度大きな溜め息をついた。そしてここ数日を振り返る。

 確かに俺は冒険者になりたかった。分不相応の敵を倒し難関の依頼をこなして英雄扱いされている現在の状況は端から見れば羨ましいのかもしれない。もちろん悪い気はしないのだが、俺の画いていた冒険の形は簡単な依頼をこなしながら初心者の冒険者達とパーティーを組み経験を積む事だったのだ。その上でいつかは有名な冒険者になれれば良いな~程度の考えだったのだが飛び級に飛び級を重ねてこんな事になってしまったわけだ。

 俺がこうなったのは俺の力ではない。運と高性能の装備とスレイ、テイルのお陰に他ならない。何とか誤魔化し誤魔化しここまで来たがこの調子で旅を続けると命を失うのはそう遠くない未来のような気がする。やはりリュートの言ったようにこの年から冒険者になるのは無謀だったのかもしれない。帰ろうかな…。泣いて土下座すればリュートも妻も許してくれるかもしれないし…。あっ、短いとはいえ俺を信頼してくれているスレイとテイルには正直に言わなくちゃいけないな。がっかりするだろうな…軽蔑されるだろうな…。

 そんな考えがグルグルと頭を巡らせていると時間はあっという間に過ぎて約束の時間になった。俺はよっこらしょと重い腰を上げた。


 宿の食堂はなかなかの盛況ぶりだ。既に席を取っていたスレイとテイルが手招きをする。俺は椅子に座ると覚悟を決め全てを話そうと姿勢を正した。言うぞ!俺は言うぞ!


「ねえ、ジェロームは何で宿屋でも鎧着てるの?」


 スレイが不思議そうに聞いてきた。見ればスレイもテイルも周りの人達もラフな軽装だ。明らかに俺は浮いている。何か恥ずかしくなってきたぞ!


「ん、あ…。お…俺はこれが一番楽なんだ。いつ何が起こるから分からんしな。」


 俺のアホ!!この期に及んで何言い訳してるんだ!


「常在戦場ってヤツだな~。その心構えが強さに繋がってるんだな。勉強になるべ。」


 そんな尊敬の目で見ないで…。やっぱり言い出せないよ…。


「まあ…そんなところだ…。」


 もう自棄だ!やってやるよ!このキャラ貫いてやるよ!

 俺はその気持ちを注文した肉の塊にぶつけた。

             

              つづく


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