第4話 逃げられなくなる

「行きたくないな…。」


 宿屋のベッドで上半身だけ起こして俺は呟いた。もちろん全裸だ。

 昨日スレイが示した依頼は家畜を襲う鳥のモンスター『ラセツチョウ』の退治だった。ラセツチョウは羽を広げると3メートル近くなり群れで生活している。とにかく目を狙ってくるモンスターとして有名で目をやられた家畜や人間の死体が発見されると間違いなくラセツチョウのせいにされる。依頼の群れは10羽前後。1羽に対して80000ルーが支払われるらしい。スレイが言うには報酬としては相場より少し高いらしいが、その危険性は高い。現にその依頼の横には3つのチェックがされていたがそのどれもが黒く塗り潰されていた。これは挑戦したけど諦めたか全滅したかを表している。


「そうだ。逃げちゃおう!どうせ俺が行っても良くて足手まとい、悪くて死んじゃうんだから行かない方があの2人にとっても良いに違いない!うん…逃げちゃおう!」


 そうと決まれば長居は無用だ。俺は急いで鎧を身に付け荷物をまとめた。

 宿屋の扉から顔だけを出して左右を確認する。朝もまだ早く通りは疎らだ。今だ!と俺は体を乗り出した。


「あんれ~ジェロームさんでねぇか。こんな朝早くどこ行くんだべか?」


 俺がビク!!として後ろを振り向くとそこにはテイルが身支度を整えて立っている。


「ちょ、ちょっと朝の散歩にな…。」


「荷物まとめてだべか?」


「こ…これはトレーニングの一環だ。ただの散歩じゃ物足りないからな。こうして荷物を持って散歩するんだ!」


 よくも咄嗟に嘘が出たものだ。最近嘘で固めた生活をしているせいか自然と嘘が出るようになった。人としては良くない事だが、今の俺にとっては必要なスキルだ。


「は~ん…流石はジェロームさんだな~。少しの時間も無駄にしないその姿勢!見上げたもんだ。」


「ところでテイルこそ何でここにいるんだ?」


「そりゃここに泊まってるからに決まってるべ。ちょっと朝飯獲りに行こうとしてた所だべ。」


「朝飯?」


「んあ。オラあんまり金っこさ持ってねぇから出来るだけ飯は自分で鳥とか魚とか獲る事にしてんだ。少ししか獲れなきゃ食って終わりだけどもたくさん獲れたらそれ売って金っこにすんだべ。」


 凄いなテイル。それが出来なくて俺は飢えかけたんだぞ。


「そうか。じゃあ俺はこれで…」


「そうだ!ジェロームさんも朝飯まだだべ?お近づきの印にご馳走するべ!今時期の野鳥はさっぱりとしてて朝飯には最高なんだべ。」



 目の前で焚き火がパチパチと音を立てて燃え盛っている。その上では脂をポタポタと落としながらこんがりと鳥肉が焼かれていた。


「うん。良い感じだべ。」


 テイルから鳥の説明を聞いていた時、俺は「そりゃ美味そうだな」と思ってしまった。それと同時に腹の虫が大歓声を上げてしまったのだ。テイルはそれを聞くと笑いながら俺の手を引き近くの湿地に連れて来てしまった。そして今に至る訳だ。節操のない腹の虫のせいで逃げ出すタイミングを完全に失ってしまった。

 差し出された鳥肉をフェイスガードをずらしながら食べる。美味い!これは美味い!テイルの言った通り脂が控えめな肉はさっぱりとしていて胃に重くない。しかし、味気ない訳ではなく肉自体の味は濃厚で部位によって歯応えが違う所も飽きがこない。塩加減も絶妙だ。俺の肉を貪り食う姿をテイルはじっと見詰めている。


「な…何だ?」


 その視線に耐えられず俺は話し掛けた。


「ジェロームさんは何でそのお面を取らないだべか?」


 それもそうだ。これから旅する仲間にずっと顔を見せない訳にはいかない。今は2人きりだし外そう。俺は久しぶりに人前でフェイスガードを外した。


「色々あってな。顔を見られては困る人がいるんだ。」


「そうか~。ジェロームさんも大変なんだな~。でもジェロームさんて…」


 そこまで言うとテイルはニヤニヤしながら黙る。


「な…何だ?」


「思ったよりオッサンだな。」


 そうだよ!オッサンだよ!お前だって20年…いや、30年も経てばオッサンになるんだからな!!


「そ、そうだ。悪いか?」


「いんや、とても強そうに見えないオッサンが強いんだから人は見掛けによなねぇんだな~と改めて思っただけだべ。」


 テイル君、そこは見た目通りなんだよ。テイル君こそ見た目とはかけ離れて猟は凄いし料理は上手いし…ホント見掛けによらないね。


「さて、そろそろ戻らないと…スレイさんが待ってるべ。」


 ああそうだった…。お腹痛いとか言っちゃおうかな…。俺は食事の礼を言うとフェイスガードを着けテイルと共に街へ向けて歩き出した。



「遅いな…。」


「おせぇな~。」


 約束の9時を30分も過ぎてもスレイは冒険者サロンに現れない。このまま来なければ中止になるかもしれない。俺の期待が高まる。


「ごめんごめん、お待たせ!」


 期待はほんの一瞬で打ち砕かれた。スレイは悪びれる様子もなく笑顔で手を振っている。笑顔を初めて見た。やっぱ可愛いな。俺とテイルは立ち上がりスレイに歩み寄った。


「何で遅れたんだ?理由によっては中止にしなくてはならないぞ。」


 俺はまだ中止にする希望を持っていた。難癖付けて中止にしてこのパーティーも解散させるのだ。そして安全そうな新しいパーティーを組んで出直そう。


「女の子には色々あるのよ。」


 ちくしょー!それじゃあ難癖付けられないじゃないか!!


「…以後気を付けろよ。」


 もうそれしか言えないよ…。テイルもやれやれといったジェスチャーをすると一人テンションの高いスレイとラセツチョウの巣へと出発した。



「久しぶりの大仕事!楽しみだわ。」


 スレイは上機嫌だ。パーティーを組めなかった彼女は最近1人で出来る簡単な依頼しか

していなかったらしい。そのフラストレーションで無愛想だったようだ。これが本当の彼女なのかもしれない。楽しげなスレイを見ているとリュートが小さかった頃、遊びに連れて行ってやった時の事を思い出した。前日から楽しみでなかなか眠らなかったあの時のリュートは可愛かったな…。

 森に入ってそれほど立たない崖肌にラセツチョウの巣はあった。ここまで街に近い所に巣があるのは珍しい。その分人間生活に関わった故に駆除依頼が出されたのだ。


「え~と…1、2、3、4、5……うん、全部で8羽。多分これで全部だべな。」


 ラセツチョウは日が高くなってから猟を行う。この時間はまだ巣にいるのだ。


「よし。じゃあ、私とテイルが弓矢で攻撃するわね。まあ、それで仕留められるとは思えないけど怒って向かって来たらジェロームと私が剣で応戦よ。テイルは木陰から弓矢で攻撃し続けてね。」


 スレイが場を仕切り出した。きっとこの中で一番の経験者だろうから仕方あるまい。でもちょっと待って…まだ心の準備が出来てないの…。何だか本当にお腹も痛くなってきたし。


「ちょっと待て。」


 俺はトイレ(大)をしたくてスレイとテイルを止める。


「何?私の作戦に問題でもあるの?」


 いや、ないです。ただちょっとトイレに…。


「あっスレイさん。確か魔法使えるんだべ?」


 そのテイルの言葉にスレイはハッとする。


「ラセツチョウは火を嫌う…。ごめんなさい…まだ実戦で魔法使った事ないからそんな基本的な事も忘れていたわ。ありがとうジェローム。」


「あ…ああ…。」


 トイレ行きたい。


「じゃあ、私が使える最大の火の魔法で巣ごと焼き払う。それであいつらが混乱しているところを弓矢で攻撃。それだけで半分くらいは討てるんじゃないかしら?」


 トイレ行きたい。


「それで行くべ。」


 トイレ行きたい!!

 そんな俺の心の叫びが通じるはずもなく2人は戦闘態勢に入る。スレイは両手を前に出し何やら小声でブツブツと唱え、直径1メートル程の火の玉を作り出した。草が焦げる匂いがする。


「行くわよ!」


 そう言うとスレイは火の玉から無数の火の柱を巣に向けて放つ。これ程の魔法を俺は初めて見た。

 火は巣と共に3羽のラセツチョウを巻き込んだ。火に包まれて悶えながら落ちグシャリと骨の砕ける音がした。驚いて飛び立った残りのラセツチョウも混乱しているのかバランスを崩している。


「よ~し!!」


 テイルはそれを狙い凄まじい速さで矢を連射した。それは速いだけでなく正確で1羽はみるみるハリセンボンのようになり墜ちた。スレイは…あれ?


「おい!どうしたスレイ!?」


 スレイは呆然と立ち尽くしている。


「どうした!?」


 俺が再度呼び掛けるとスレイはこちらに微妙な表情の顔だけを向けた。


「忘れちゃった…。」


「え?」


「弓矢忘れちゃった…。」


 ええーーー!!!そう言えば何か身軽だな~って思ってたんだよね!


「わ…分かった…。取り敢えず剣での応戦に備えよう!」


「それが…剣も忘れちゃった…。」


 何ーーー!!!お前何しに来たんだ!?そう言えば何か身軽だな~って思ってたんだよね!(2回目)

 何で気が付かなかったんだろう…本人も俺達も!


「だ…大丈夫!私…私、素手でも戦えるから!」


 そう言うとスレイはファイティングポーズをとりシュッシュッとパンチを繰り出す。


「……止めておけ。」


 俺が言うとスレイはシュンとしてその場に体育座りで座った。何だろう?100%こいつが悪いのに可哀想になってきた。


「2人とも!そっちに行ったべ!」


 テイルの声に空を見上げると3羽のラセツチョウが迫っていた。内1羽は何本も矢が刺さっている。スレイと話している間にテイルはもう1羽を墜とし、もう1羽を攻撃していたようだ。

 1羽が俺に襲い掛かる。噂通り目を狙って来たのか鉤爪がフェイスガードを引っ掻きキリキリと金属の嫌な音を立てた。ありがとうリュート!お前がこれを渡してくれなかったら目を持って行かれてた所だったぞ!


「ジェロームあぶなーい!!」


 スレイが俺の横っ腹にタックルをしてきた。俺の身体は「く」の字に曲がり木に激突した。


「大丈夫ジェローム?危ない所だったわね。」


 いや、さっきフェイスガードで防げてたの見てたよね?むしろタックルのダメージの方が大きいんですけど…。


「あ、ああ、スレイは魔法で攻撃してくれ。」


「分かったわ!任せて!」


 スレイは元気良く答えて詠唱を始める。俺は次々と襲い掛かるラセツチョウを滅茶苦茶に剣を振るって攻撃するが当たらない。兜やフェイスガードの傷がみるみると増えていく。


「ジェロームさん!ラセツチョウは目を狙ってるんだべ!もっと引き付ければ斬れるべ!」


 そうか!…でもそんな近くに来るまで恐くて待てないよ!そう考えていた時、背後からの熱気が俺を呑み込んだ。


「熱!!熱!!」


 次の瞬間俺を襲っていたラセツチョウの1羽が火に包まれた。


「やった!!」


 やった!じゃねえよ!俺ごと丸焼きにする気か!鎧に魔法防御の付与付けてなかったら死んでたぞ!


「ジェロームさん前!」


 テイルの声に顔を上げると2羽同時に俺に嘴を突き立てようとしていた。反応が遅れた。だがそれが良かった。充分に引き付けられたラセツチョウに俺は半円を画くように剣を振った。2羽のラセツチョウの首はボトリとその場に落ち、それを追うように体も地に落ちた。



「本当にごめんなさい。」


 スレイはまた体育座りでシュンとしていた。


「気にするな。」


 本当は気にしてね。反省してね。お願いだから…。今日のこの一戦で分かった。スレイは高い能力がありながらそれを打ち消して余りある程におっちょこちょいなのだ。もっと言えばおっちょこちょいという表現すらも生温い…。パーティーが全滅するって言うのもジンクスでも何でもなくスレイが原因であろう。武器を忘れるなんて有り得ないし、現に俺はタックルでダメージを受け、火の魔法で殺されかけたのだ。


「まあ、済んだ事はもういいべ。結局一番ラセツチョウ倒したのはスレイさんだべな。」


 「済んだ事」で済ませたくはないがそれもまた事実だ。


「そう…ありがとテイル。」


「よし。飯にするべ!ラセツチョウのレバーは絶品だべ!」


 テイルは手際よくラセツチョウを捌きレバーを取り出した。新鮮なレバーはパンパンに張って艶々としている。


「そうそう!お弁当作って来たのよ。皆で食べましょう!」


 スレイは荷物から大きな弁当箱を取り出した。開けると色とりどりのおかずやサンドイッチが並んでいる。


「おお…。美味そうだな。」


「ありがと。朝早く起きて頑張って作ったんだからね。」


「ん?」


「え?」


「まさかとは思うが遅刻の原因って?」


「お弁当…作ってたから…。でも!出来たら急いで出て来たのよ!」


「それで武器を忘れたんだべな…。」


 テイルの一言がとどめを刺したのかスレイは今にも泣き出しそうだ。


「頑張って…頑張って作ったのに……うぐ…頑張って……」


「わ、分かった!おっ!このサンドイッチ薄切りハムが重ねてたっぷりと挟まっていて……うむ…うむ…美味い!少し強めのマスタードが味を引き締めてる上にパンの甘味まで引き出している。これは美味いぞテイル!お前も食ってみろ!」


「そ、そうするべ!うん!この卵焼きなんて絶妙だべ!弁当に入れるにはしっかり焼かなくてはいけねぇのに固くならずにふわっとしてるべ!うめぇな~。」


「そう?ホントに?エヘヘ…たくさん作ったからいっぱい食べてね!」


 こうして俺の初依頼は結果論だが成功に終わった。今思えば難敵はラセツチョウじゃなくてスレイだった気がするが、可愛いから許してしまっている俺がいた。


 あっそうだ…。トイレ行きたい…。



               つづく


 


 






 

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