第3話 仲間になられる

「ふう…。」


 俺は宿屋の部屋でベッドに倒れた込んだ。

 隣街に着いたのは陽が沈んだ後だった。街を出てすぐに貰った干し肉を貪り食い少し昼寝してしまったのが原因だ。でもお腹空いてて徹夜だった上にトロールとも戦ったんだから仕方ないだろう。

 そう言えば、道中1匹のトロールの死体が転がっていた。街を襲って逃げた2匹の内の1匹だろう。負った傷が深くて途中で力尽きたんだろうな…。

 まだ知り合いもいる隣街という事で風呂が部屋に付いている部屋を取った。風呂にフェイスガードを着けて入る事は出来ないからそこで知り合いに会っては一大事だ。いや、正確にはフェイスガードを着けても風呂には入れるな…ただ不審者か変態だと思われるだろうけど。

 俺は約2日振りに鎧を脱ぐと丁寧に汗やトロールの血を掃除して風呂に入った。


「あ、よっこいしょ……。ふい~…極楽極楽…。」


 湯船に浸かる時に独り言を言ってしまうのはオッサンのサガなのだ。湯船の中で腕、足、腰を揉んだ。これをやっておかないと2日後に襲ってくる筋肉痛がえげつない事になる。

 

「さて…これからどうしようかな…」


 しつこいようだが、風呂で独り言を言うのはオッサンのサガなので許して欲しい。目下の所、貰った100000ルーのお陰で食べる事には贅沢をしない限り不自由しないだろう。問題は宿屋代だ。当たり前だが風呂付きの部屋は風呂なしの部屋より高い。毎日こんな部屋に泊まっていては早々に資金は底を尽きるだろう。俺の知り合いがいない遠くに行く必要がある。

 それと旅の仲間。冒険初心者はもちろんの事、物語になるような有名冒険者達にも優秀な仲間がいた。アデルのように基本的に一人で旅をしていた人物も難しいミッションの時はパーティーを組んだ。パーティーは2人から5人が一般的だ。

 後は資金調達だろうか…。冒険者の収入は主に3つある。1つはレアな物を採取して売る方法。それは植物であったり鉱物であったりモンスターの身体の一部だったりする。2つ目は冒険者サロンなどに来ている依頼をこなして報酬を得る事。依頼の内容は様々で災害級のモンスター退治から迷い猫捜しと幅広い。そして3つ目はトレジャーハント…つまり宝探しだ。伝説の海賊の宝や滅んだ王族や富豪の隠し財産…それらを遺されたヒントを頼りに探し出す訳だがそもそもあるかどうかも分からない物を探すのだから目先の金が欲しい俺には現実的ではない。


「よし。明日冒険者サロンで仲間探しと程良い依頼がないか見てみよう。」


 俺は風呂から上がると全裸のまま買っておいたパンと惣菜を食べ眠りについた。


 翌朝、身体中が痛い。総ての関節がギシギシと音を立てている。一晩ぐっすり寝たら何ともなかったあの頃が懐かしい。俺は予定通り冒険者サロンに向かった。

 この街の冒険者サロンは役場に隣接している。公共機関の隣にそれがあるのは珍しいのだが、この建物が出来た当時の市長が冒険者出身だった事が要因ではないかと推察される。

 大きな木の扉を開けるとサロン内は既に賑わっていた。ザワザワとした空気が俺が入ると静寂に変わった。あれ?俺何かしたかな?と、かなり狼狽えたが舐められてはいけない。俺は軋む関節を覚られないように出来るだけ堂々とした態度でカウンターへと向かう。


「はい、いらっしゃい。今日はどんな御用で?」


 カウンターにいた丸メガネの老人が俺を舐め回すように見ながら言った。


「え~と…、仲間を探しに…それと何か手頃な依頼があればと思いまして…。」


 冒険者サロンではまずカウンターの受付で目的を伝える。この際、利用料として500ルーを払うのだ。仲間を探している者はカウンター左奥のフロアに通されそこで目的や職業別に仲間を見付ける。もちろん条件のぴたりと合う相手を見付ける事はなかなか難しい。ある程度の妥協は必要だ。依頼を探している者は現在出されてある依頼の書かれた紙を渡され見る事が出来る。既に達成されてしまったモノには赤のインクで×が付けられ、現在他の誰かが挑んでいるモノには青のインクでチェックがされている。多数の冒険者が挑んでいるとチェックが何個もされる。

 俺が紙を受け取り仲間を探すフロアに移動しようとすると丸メガネの老人が話し掛けてきた。


「あんたジェロームだろ?」


「え?そうですけど?」


「やっぱり!今朝はあんたの話題で持ちきりだよ。昨日隣街でたった1人でトロールを2匹も倒したんだってな?正体不明の冒険者が颯爽と現れて街の危機を救い立ち去ったって話だが、本当なのか?」


「まあ…。」


 うん。大体は合ってる…大分カッコ良く脚色されてるけど…。


「巷じゃ青い鎧と底の見えない強さから『蒼天のジェローム』なんて呼ばれ出してるらしいじゃないか。」


 え?そうなの?何か恥ずかしい…けど、嬉しい!


「そんな大したものじゃないですよ。」


 フェイスガードの下でニヤニヤとしながら謙遜してみたが、少し声が上ずってしまった。


「今、そっちに面白い人が来てるよ。あんたなら上手く行くかも知れないから話をしてみると良い。」


 丸メガネの老人は仲間募集のフロアを親指で指すとニカリと綺麗な歯を見せて笑った。


 フロアに入ると先程とは逆に静かだった室内がざわつく。俺は本当に有名人になってるみたいだ。老人が言ってた面白い人っていうのは誰だろう?と周りを見渡すと一番奥のテーブルに独り無愛想な顔で座っている女性を見付けた。結構可愛い…。年は10代後半から20代前半位だろうか。声掛けちゃおうかな~…なんて思ったが、昨日の妻の俺に対する愛を感じてしまった俺は踏みとどまった。取り敢えず貰った依頼の紙を一通り見ようと空いていた中央付近のテーブルに腰掛けた。


「う~ん…。」


 出されている依頼は農作業の手伝いや捜し物などがほとんどだった。背に腹は代えられないからやってみようか…とも思うがトロールを単独で倒した英雄が農作業を請け負ったら誰かが面白可笑しく語るに違いない…いや、待てよ…意外と「強いのに農作業まで手伝ってくれる」なんて庶民的な一面を見せて人気者なんかになっちゃったりして!そんな妄想に耽っていると見ていた紙に影が落ちた。顔を上げると先程見た女性が俺の横に立っている。近くで見るとより可愛い。


「あなたが『蒼天のジェローム』?」


「世間が何て呼んでるかは知らないがジェロームは俺だ。」


 カッコつけちゃった!思わずカッコつけちゃった!!


「ふ~ん…ここ座っても良いかしら?」


「ああ、別に構わない。」


 最初にカッコつけてしまったからには後には退けない。もうこの女性の前では渋いカッコつけキャラを演じるしかあるまい。周りを見ると皆こちらをチラチラと見ている。ふふん…良いだろ~こんな可愛い女性が隣に座ってて!


「仲間探してるの?」


 女性は相変わらず無愛想に聞いて来る。笑えばもっと可愛いのになと思ったが口に出したらセクハラになりそうなのでやめる。


「まあな。」


「私の事知ってる?」


 何だ?これが噂の逆ナンってやつか!?「どこかで会った気がする。」とか言ったら良いのか!?いや、キャラを演じろ!渋く…そしてカッコ良く!!


「さあ、この辺に来て日が浅くてな。」


「どこから来たの?」


「遠くだ…。」


 今の良くない?短くそしてミステリアスに!


「そう。聞くのは野暮ってモノね。あなたなら私と組んでくれるのかしら?」


 やっぱり逆ナン!!


「お前なら誰とでも組めそうな気がするがな。」


 お前って言っちゃった!そしてさりげなく「あなたは可愛い」というメッセージ付き。今日の俺は冴えてるぞ。


「この辺の冒険者は私と組んではくれないわ。あなたの『蒼天のジェローム』みたいに私にも通り名があるのよ。あなたと違って私のは不名誉な通り名なんだけどね。」


「ほお。何ていうんだ?」


「『全滅姫スレイ』」


 え?『全滅姫スレイ』?噂で聞いた事がある。確か貴族の家の生まれで剣の腕も一流で弓矢も使いこなし回復魔法まで使えるという万能タイプの冒険者だ。だが、彼女が入ったパーティーは彼女を残して必ず全滅するという話だ。まあ、彼女が生き残っている時点で厳密には全滅ではないのだが、それはここでは良しとしよう。俺は動揺を隠して話を続ける。噂は噂!嘘かもしれないしね。


「なかなか物騒な通り名だな。じゃあ、お前と組むとそのパーティーは全滅するって事なのか?」


 スレイは大きく溜め息をつく。


「ただの噂よ。全滅してないパーティーだってあるのよ。」


 ほ~らやっぱりただの噂だ。


「ちゃんと2つのパーティーのメンバーは1人ずつ生きてるわ。」


 え?


「全滅したパーティーだってたったの20ちょっとよ?それで『全滅姫』だなんて心外だわ。」


 全滅した数も正確に覚えてないのか?やべぇよ!この人マジでやべぇよ!!


「そ…そうだな。」


 俺の鎧の中は冷や汗でびっしょりだ。何とか断らなければ…。老人が言っていた『面白い人』ってこの人の事だったんだな。『面白い』んじゃなくて『ヤバい』の間違いだろ!


「…で、どお?私と組まない?」


 俺は何か断れる言い訳を考えていた。そうだ!これだ!


「悪いな。俺が探しているのは攻撃魔法を使える奴なんだ。他当たってくれ。」


 完璧な言い訳だ。スレイは攻撃魔法は使えないはずだ。


「あら、それなら大丈夫。ここ数年魔法に力を入れてて帝都の魔法学校に通ってたの。この前卒業して評価Sよ。そこら辺の魔法使いなんて目じゃないわ。」


 何?その最新情報!?どうしよう…。そうだ!


「本当に良いのか?俺だって男だ。何があるか分からんぞ。」


 これだ!うら若き女性が見知らぬ男と旅をするなんて危険極まりない。俺の野獣アピールで諦めるに違いない。


「あら。強い男は好きよ。」


 まさかの返答!嬉しい!…いやいや、違う…違うぞ!他にはえ~と…え~と…。


「そんじゃあオラも入れでくんねぇがな?」


 俺とスレイがその訛りのひどい声の方を見ると身の丈程ある弓を背負った少年がニコニコしながら立っていた。


「ジェロームさんは2人なのが嫌なんだべ?ならオラも入れでくれたら何も問題なかんべ?」


 少年よ!余計な事をするな!


「あら残念。私はジェロームと2人きりが良かったんだけど…。でも仕方ないわね。良いわよねジェローム?」


 あれ?これは詰んじゃったかな?話が勝手に進んでるぞ。


「あなた名前は?私の事知ってるの?」


「オラはテイル。もちろん知ってるべ。でもオラそういうジンクスとか迷信とか大嫌いなんだわ。強い人と組んだ方が良いに決まってるべな。」


「ふ~ん。そこらの腰抜け共に聞かせてやりたいわね。」


 そう言うとスレイは周りを見回す。皆は慌てて目を逸らした。すみません…俺も腰抜けの1人です。


「決まったわね。じゃあ、改めて…ジェローム、テイル、よろしくね。」


「ああよろしく頼んます。」


 スレイとテイルが握手をする。俺はその空気に流されて2人と握手した。これは腹を決めねばなるまい。


「…で、ジェローム。あなたはこれからどうするつもりだったの?」


「ん?ああ、手持ちの金が心もとなくなってきたんでな。ここで幾らか依頼をこなして遠くに行こうと思っていた。」


「遠くってどこ?」


 遠くは遠くだ…何も考えていない。


「じゃあ!特に決まってないならクラマールに行くべ!」


「クラマール?良いわね。ジェロームどうかしら?」


 え?クラマール?どこそれ?でも知らないって言いづらい…。


「良いんじゃないか?」


「そう。じゃあ決まりね。」


 決まってしまった。本当にどこなんだろ?


「ならちゃっちゃと依頼をこなして行くべ。どの依頼をやるべか?」


「手っ取り早く稼ぐならこれしかないわね!」


 スレイは俺の持っていた紙を取り上げテーブルに置き1つの依頼を指差した。


「こ…これは…。」

   

              つづく


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