第2話 後に退けなくなくなる

「お腹空いたな…。」


 俺は夜明け前には街から出て隣街に向かっている所だったが道中少し脇道に逸れ森に入っている。無一文で出てきてしまったせいで隣街に着いたとしても食料を買う事は出来ない。なら自然の恵みに頼るしかあるまい!!という理由だ。

 春の今時期なら木の芽やら筍やら上手くすればウサギや鳥なども採れるはずだ。いや、はずだった。食用植物は既に近くの農夫達に採り尽くされていてほとんど残っていない。数日すればまた出て来るのだろうが、それを待っていては飢えてしまう。動物も弓矢を持っている訳でも罠を仕掛けている訳でもないので姿は見かけるが捕る事は出来なかった。


「うむ…。これは…あれだ……無理だ!」


 俺は空腹を紛らわせるために湧水で胃満たすと傍らの石に腰掛け思案を廻らす。


「ここは一旦街に戻ろう。これは逃げ帰るんじゃない…勇気ある撤退なのだ!うん、そうしよう。」


 そう自分に言い訳をして俺は来た道を引き返したのだった。



 街に着いたのは昼過ぎだった。昨晩出たばかりなのにやけに懐かしさを感じる。家に向かう途中の食堂や屋台から流れてくる美味しそうな匂いに胃を刺激されながら何とか近所までたどり着いた。


「おや?」


 家の前に人だかりが出来ているのを見て俺は足を止めた。集まっているのは近所の住民や顔見知った人達で客という訳ではないようだ。俺はその人だかりから離れこちらに歩いて来たご婦人に声を掛けた。確か大工の棟梁の奥さんの妹だったと思う。


「ちょっとすいません。あの装備屋で何かあったんですか?」


 突然全身鎧に包まれ顔すら見えない俺に話し掛けられ一瞬驚いたご婦人だったが、俺の丁寧な口調に安心したのか一度辺りを見回すと小声で話出した。


「あまり他人様に話す事じゃないかもしれないんですけどね。あそこの御主人、森に山菜採りに出掛けて何かあったらしくてどうやら亡くなったみたいなんですよ。」


「え?行方不明じゃなくて?」


「え?ええ、帰りが遅いもんで息子さんと近所の男達が捜しに行ったんですって。そうしたらボロボロになった御主人の服が落ちてたって…。最近あの森にもトロールが出るって噂になってましたからおそらくそれにヤられたんでしょう…。」


 リュートよ…そこまでやるか?仕事が早すぎるよ…。


「息子さんなんてまだ13歳なんですよ?ボロボロのお父さんの服を抱いて大声で泣いてて…見ていられなかったわ…。」


 そう言うとご婦人は涙を拭う。息子よ…ナイス名演技だ。


「そう…ですか…。ありがとうございました。」


 俺はご婦人に礼を言うとその人だかりの後ろにこっそりとさりげなく自然な空気を醸し出して立ち、中の様子をうかがった。

 前に立つ人達の揺れる頭の間からチラチラとリュートと妻、そしてその傍らに立つ従業員のタロスとタマスが見える。 

 しばらくするとリュートは涙を拭い(演技)気丈に(演技)集まった人達に話し出した。


「皆様、集まって頂きありがとうございます。これ程までに皆様に愛されていた父を僕は誇りに思います。」


 ホント凄い演技力だなリュート…。


「突然の事で僕も母も、そして従業員のタロスとタマスも父の死がまだ信じられないのですが、生前父はこれを残していました。」


 そう言うとリュートは昨晩俺が書いた…と言うか書かされた遺言書を掲げて見せた。


「ここには『自分に何かあったら全てを息子リュートに譲る』とあります。僕はこの父の遺言書に従い若輩者ではありますが、この『青獅子屋』を継ぎ、父のような立派な装備屋になれるように努力して行きたいと思います。何卒皆様のお力添えを賜わりますようよろしくお願いいたします。」


 リュートは深々と頭を下げる。妻も従業員の2人もそれに倣い頭を下げた。周りからは拍手が起こり「頑張れ!」とか「困った事があったらいつでも言えよ!」などの激励の言葉が飛んだ。頭を上げたリュートと目が合った…間違いなく、絶対に合ったのだが何の動揺も見せずに励ます皆と言葉を交わしていた。


“言い出せないじゃん!俺生きてるって言い出せないじゃん!!”


 俺は心の中で叫んだ。それと同時に空腹に俺の腹も悲鳴を上げる。


“ホントどうしよう…。そうだ!この装備を売って……いやいや、それじゃ本末転倒だ。”


 盛り上がる人達の中、俺が途方に暮れていると通りの向こうから男が叫びながら走ってくる。


「トロールだ!!街にトロールが侵入したぞ!!今、西門で防戦中だ!!」


 その声に皆の空気が変わった。


「女と子供、そして年寄りは家に入って戸を閉めろ!!戦える者は武器を持て!!」


 近所の顔役である肉屋のオヤジが声を張り上げる。


「僕も戦います!皆さんウチの売り物の武器防具何でも使って下さい!!」


 リュートが言うと「おおう!」と歓声が上がり男達は各々武器を手に取り西門に向かって走り出した。そんな中、剣を手に走り出そうとするリュートを肉屋が止める。


「リュート、お前はまだ子供だ。武器を提供してくれただけで充分だ。お袋さんの近くにいてやれ。」


「でも…、このトロールが親父の敵かもしれない!行かせて下さい!」


 演技は続いてたんだね。いますよ!ここにその親父がお腹を空かせていますよ!!


「そうか…。そうだな…。じゃあお前はこれだ。」


 そう言うと肉屋はリュートから剣を取り上げ弓矢を渡した。


「トロールが見えたら近くの家の屋根に上ってこれで攻撃しろ。決して近づくんじゃないぞ。」


「はい!!」


 元気に返事をするとリュートは走って行った。その時にチラリとこちらを見て俺と再び目が合ったがスピードを緩める事もなく行ってしまった。一人立ち尽くしリュートを見送っていた俺に肉屋が話し掛けてきた。


「おい、あんた!」


「え?俺?」


「他に誰がいるんだ?その出で立ち…旅の冒険者だろ?装備、そしてその声から察する年齢から熟練者とみた。礼はする…手伝ってくれ!」


「あ、え?あ…はい…。」


 勘違いを否定する事も出来ず俺は肉屋に付いて行く形で西門に向かった。


 西門までは大した距離ではないが途中で俺の息は上がっていた。装備屋は力仕事多い。だから筋力はある…が、年齢的な衰えもあって体力はない。少し離されつつも何とか肉屋に付いて行くと西門が見えて来た。


「何!?5匹だと!?」


 肉屋が憎々しげに(ダジャレ)声を発した。前方には豚に似たと言っては豚に失礼なほど醜悪な顔をしたモンスター、トロールが棍棒を振り回している。トロールには何本も矢が刺さっており傷も負っているがこちらにも怪我人が何人も出ているようだ。


「こりゃ死人が出るかも知れんな…。」


 今までもモンスターが街に侵入する事はあった。俺も何度か駆り出された事がある。だが、大抵迷い混んだ昆虫系のモンスターやゴブリンが1、2匹…、トロールが侵入したのは俺が子供の頃に一度あったきりだ。その時は1匹で5人の重傷者が出たと記憶している。


「1匹ずつ確実に倒していこう。右端から行くぞ!!…って剣を抜けよ!」


 あっ、忘れてた。走る事に夢中で剣を抜く事を忘れていた俺はあわてて剣を抜くとトロールに向かって行った。

 俺が近付くとトロールを囲んでいた輪が解ける。「え?何で皆どいちゃうの?」と思ったが、俺は見た目だけは強そうだからだと気がついた。なんてこった…。

 トロールと対峙すると2メートルを悠に越える大きさにキ○タマ袋が縮こまる。刺さっている矢も今しがた負ったであろう傷も「元々あったんですよ」と言わんばかりにダメージを受けた様子はない。ゴフゴフと低い声とも鳴き声ともつかない音を上げて俺に向けて棍棒を振り下ろした。それをしっかりと確認出来たのにも関わらず恐怖で足がすくんでいたのか久しぶりに走ったからか空腹だったのか理由は様々だが俺の足は動いてくれなかった。「あっ、これは死んだな」と思った。嘘の命日が本当の命日になるなんて笑い話にもなりゃしない。俺は目を瞑り反射的に剣で棍棒を防ごうと頭上に掲げた。鈍い痛みが後頭部に走る。…え?後頭部?

 「おお~!」と言う声に俺は目を開けた。目の前には小さくなった棍棒を不思議そうに見ているトロールが立っていた。どうやら俺に振り下ろされた棍棒は剣で真っ二つに切れたようだ。先ほどの痛みは切れた棍棒が頭に当たったものだった。


“すげぇ斬れるじゃん!この剣すげぇ斬れるじゃん!!”


 自分でカスタマイズして斬れる事は解っていたがまさかこれ程までとは…。恐ろしい剣を作ってしまった…。 

 「今だ!」と誰かが叫びそれに動かされるように俺は一歩踏み込み剣を横に払う。トロールの上半身が血を撒き散らしながら回転してグシャリと地面に落ちる。腕で立ち上がろうとしたトロールだったが大量の血を吐き動かなくなった。

 地が揺れる程の歓声が上がった。異変に気が付いたのか他のトロール達がこちらをうかがった。そして、そこにある変わり果てた仲間の姿を見ると怒りの咆哮を次々に上げ取り囲む人達を薙ぎ倒しながらこちらに向かって来る。怖い怖い!!


「あんたやるな!!指揮を頼む!!」


「え?指揮?」


 誰かは知らないけど何か偉そうな男が俺に叫ぶ。あっ、消防団の隊長だったかな?


「指揮…」


 俺は迫り来るトロールにビビりながら脳ミソをフル回転させる。人間追い込まれると閃くモノだ。俺は職業柄、武器の特性や有効な戦略を学んでいた。そして冒険者に憧れていた事から子供の頃から読みふけった有名な冒険者達の物語から対モンスターの戦い方、弱点なども知っている。


「弓を持つ者、魔法を使える者は俺の後方正面から放て!槍を持つ者は横から突け!剣や斧を持つ者は弱ったり倒れたトロールにとどめを!力なき者は負傷者を安全な所へ!!」


 自分でも驚く程流暢に言葉が出て来た。この作戦は昔の高名な冒険者『アドル』の冒険譚『南方回顧録』の第14章に書かれている村人と共に一目の巨人サイクロプスを倒したモノだ。そして言った後に気が付いた。これはアドルという百戦錬磨、天下無双の人物が正面切って戦う事で成立する作戦である。冒険者成り立てほかほかの俺がその役目を担うなどちゃんちゃらおかしいのだ。「お願いだから俺の所に来る前に全部倒して!」という俺の願いも虚しくトロールは目前に迫っていた。

 覚悟を決め両手で剣を構えた時、突進してきた先頭のトロールがグアッと叫び顔を抑えた。トロールの指の間から矢が見える。目に矢が刺さったようだ。直後、後方から「やった!!」という聞き慣れたリュートの声が聞こえた。良くやった息子よ!俺は肩に剣を担ぎ力の限り斜めに振り下ろした。肩口から脇腹に掛けてサクリと軽い感覚で斬れたかとおもうと次の瞬間真っ黒な血が暴風雨のように俺に降り注いだ。

 先頭のトロールが歩みを止めたせいで後方のトロールも前に進めずに槍の餌食になっていた。最後尾のトロールがあちこちからピューピューと血を吹き出しながら倒れ、それに群がるように人々は剣を突き刺す。残り2匹のトロールはその状況に恐れをなしたのか門の方向に向き直り逃げる様子を見せた。


「道を空けろ!!追うな!!」


 もう戦いたくない俺は思わず叫んでしまった。その言葉に人々は道を空けトロールは時々つまずきながら門から出て行った。

 逃げるトロールを見送ると大きな歓声が上がる。安全を確認して出てきた若い女性達が俺に布を差し出す。俺はその一つを受け取ると剣の血を拭き取り鞘に仕舞う。その間にも女性達は俺の鎧に付いた血を拭いてくれていた。モテモテだ。


「あんた強いな!!名前を教えてくれよ!」


 肉屋が俺の肩を抱き笑顔で話し掛ける。


「名前?名前はジェ…」


 名乗ろうとすると俺をじっと見る視線を感じた。他でもない…リュートだ。その目は「お前分かってるんだろうな?」と言っているようだ。そんな恐い目で見ないで!分かってるよ!


「お…俺の名はジェロームだ。」


 何とか捻り出した。


「そうか!ジェローム!今夜は宴会だ!顔出してくれるよな!?」


 え?宴会!?食べ放題飲み放題!?やった~!!…と、思ったのだがリュートが相変わらず「お前分かってるんだろうな?」オーラを全力でぶつけて来る。


「…いや、旅を急ぐ故、すぐにでもこの街を発とうと思っている。」


 俺はフェイスガードの下でほとんど泣いていた。


「そうか…。今日の主役が来ないのは寂しいな…。そうだ!」


 そう言うと肉屋は数人に一言二言話すと何処かに走って行ってしまった。俺には次々と俺を讃える人達が押し寄せていた。


「ジェロームさん。」


 しばらくするとリュートが話し掛けて来た。


「な…なんだ少年。あっ!あの弓矢の一撃…見事だったぞ。」


 難しい!演技って難しい!これを易々とやってのけていたリュートに尊敬すらおぼえる。


「いえ。あのトロールは父の敵だったかもしれないんです。ありがとうございました。すぐにこの街を出てしまうなんて残念です。」


 端から見れば父の敵を討ってくれた冒険者に少年が感謝を述べているようにしか見えないが実際には「あのトロールは父の敵だったかもしれない」は「お前死んだ事になってるんだからな」で、「すぐにこの街を出てしまうなんて残念です」は「いいから早くこの街から出て行け」という意味なのが解った。でなければリュートがわざわざ俺に話し掛けるような危険は犯さないだろう。


「あ…ああ。力になれたのなら俺も嬉しい。では俺はこれで…。」


 その居たたまれない雰囲気に俺はその場を離れようとした。


「お~い!!ちょっと待ってくれ!!」


 肉屋が立ち去ろうとする俺を遠くから引き留める。その後ろには妻の姿もある。バレるかもしれない!ヤバい!ヤバいぞ!!


「お礼するって言ったじゃないか!ほらこれウチの人気商品で日持ちもする干し肉!それと少ないが街からのお礼の100000ルー!」


 肉屋は2つの袋を俺に押し付けるように渡す。


「それとジェロームにお礼が言いたいって人を連れて来た。」


 妻が俺の前に立つ。その姿はいつも俺を叱り尻に敷いていた恐いモノではなく夫を亡くし落ち込んだ姿だった。


「ジェロームさん。夫の敵をとって下さってありがとうございました。武器や鎧を手入れする道具一式です。お納め下さい。それと…」


 妻は俺愛用の手拭いを渡してきた。


「亡くなった夫は冒険者に憧れていたんです。こんな汚い手拭いですけど夫のお気に入りだったんで…お邪魔でなければ一緒に冒険に連れて行ってくれませんでしょうか?」


 ヤバい!!泣きそうだ!すまん妻よ!今すぐ妻を抱き締めたい!!けど、リュートが妻の後ろで例のオーラを放ちまくっている!!


「分かった。預かろう。」


 俺はそれだけ言うと手拭いを受け取り背を向けて門へと歩みを進めた。背後からジェロームコールが自然に巻き起こりそれは門を出て街が見えなくなるまで続いていた。



「ねえリュート。」


「なあに母さん。」


「あのジェロームさんって人、ちょっとお父さんに似てなかった?」


「……そうかなあ?全然似てないよ。」


「そう?そうよね。ごめんね変な話して。」


「うん……」



               つづく



 


 


 

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