おっさん冒険者ジェローム ~中年からの冒険者生活~
ポムサイ
第1話 旅立たされる
「リュートこの剣を査定してみろ。」
俺の名前はジェクト。街の装備屋『青獅子屋』の主人だ。
俺は息子のリュートの前に革の袋から取り出した一本の剣を置いた。リュートは無言で剣を鞘から抜き手に取ると柄元から剣先までゆっくりと視線を動かすと首を傾げる。
「どうした?」
その様子に声を掛けるがリュートは反応せずに再び視線を剣に走らせた。
「親父、柄の拵え外していい?」
柄の拵え…即ち、剣の持つ所の金属や革、木綿の紐などの飾りである。
「ああ、もちろん構わんよ。」
俺が答えるのを待つ事なくリュートはそれを外し始めていた。その手際良い仕事は最早俺と同等だ。拵えが外され裸になった刀身が露になる。
「やっぱり…。」
リュートは呟くとそっと剣を置いた。
「『やっぱり』とは?」
「初め僕は名工『ギブル』の弟子の『ルッツ』の作の剣だと思ったんだ。」
「何故だ?」
「形状がギブル作に似てるけど本人の物程の出来じゃない。そして、使われている鉄が西方の物だし、付与魔法が主流の斬れ味を上げるモノではなく刀身の強度を上げるモノだからね。」
「なるほど。それで?」
「最初に気になったのは剣の重心。直剣のはずなのに少し片側に重心が寄ってるんだよ。戦場で使い込まれると歪んでこうなる事もあるけど、鞘には普通に収まる事から歪んでないし強度を上げる付与魔法がかかってる事も踏まえるとそれも考え難い…つまり作った時点で重心のズレがあったって事だよね。ギブルもルッツもそんな剣は作らない。それで拵えを外したんだ。そうしたらこれ…こんなモノが打ってある。」
リュートは拵えを解いた故に現れた部分を指差す。そこには『ギブル』の名が刻み込まれていた。
「最初に言ったようにこれは『ギブル』の作じゃない…。だとするとこのギブルの刻印は何を意味するか…親父はもう判ってるんでしょ?」
「もちろん判ってるが言ってみろ。」
「…つまり、ギブルの贋物だよ。おそらくルッツでない弟子の誰かが作ったんだろうね。このギブルの刻印がなければまあまあの剣なのにギブルの贋物となるとその価値は著しく下がる。まあ、買い取り12000ルーで小売り25000ルーくらいが妥当じゃないのかな?」
俺は深く頷きゆっくりと口を開いた。
「見事だ。これを数分で鑑定出来るのならばもう一人前だ。これでお前に安心してこの店を任せられる。」
「!!」
リュートは俺の言葉に驚いたのか瞬きすら忘れて固まってしまった。
「冒険者が多いこのご時世だ。物さえあれば商売は成り立つ。仕入れ、商品の手入れ、接客、それは数年前にお前は出来ていた。唯一心配だったのは持ち込まれた商品の目利きだったんだ。この剣をギブル作とそこらの装備屋は鑑定するだろう…それじゃ目の利く客は寄り付かない。そんな客も相手に出来る程お前は成長したんだ。やってくれるか?リュートよ…。」
「で…でも親父…」
リュートはまだ信じられない表情で俺を見据えた。
「なんだ?」
「僕まだ13歳だよ!?」
リュートは声を張り上げる。
「うん!知ってる!!お前なら出来る!!」
俺はリュートの3倍(当社比)声を張り上げて答えた。
「いやいやいや、装備屋って力仕事もあるじゃない!?僕じゃ剣とか盾はともかく鎧とか無理だから!!」
「それは従業員のタロスとタマスの愉快な仲間たちがいるから大丈夫だよ~。」
「マジで?」
「うん。マジで。」
部屋にしばしの沈黙が流れる。
「…で、子供の僕に店を任せるって事はそれなりの理由があるんだろうね?」
「おっ!やる気になったか?」
「理由次第だよ。あるんでしょ?」
俺は1つ咳払いをしてゆっくりとそして深く椅子に腰掛けた。俺の作り出したただならぬ雰囲気にリュートも姿勢を正し生唾を飲み込む。
「良く聞けリュート…。俺は親父…つまりお前の爺さんから店を譲り受けて20年装備屋を営んできた。多くの冒険者がここを訪れたが、中には自らの力を過信し装備を蔑ろにする者、財力にモノを言わせ分不相応な装備を揃える者もいた。そういう者達は大概野に屍を晒す事になる。そこまでは分かるな?」
「うん…。」
「そこで俺が考えたのがその人に合った装備コーディネートサービスだ。だがお前も知っての通り初心者冒険者には好評だが、ある程度慣れた冒険者はオリジナリティーやらアイデンティティーやらを出したがりやがって自分に合わない装備を買いがちだ。そうだろ?」
「うん…。」
「そこで…、これを見てみろ!」
俺は左端の試着室カーテンをスシャー!!と勢い良く開けた。
「こ…これは!!凄くカッコいいじゃん!」
そこには青く輝く鎧と刀身も拵えも黒の片刃の長剣が置いてあった…っていうか、俺が置いたんだけどね。
「どうだ?軽量化するために強度最強のオリハルコンとヒヒイロカネの合金を使い薄く仕上げた鎧に藍と漆を混ぜた物を焼き付けたカラーリングでオリジナリティーを出したんだ。そして峰(剣の刃のない方)を盾代わりに使える東方の片刃の剣により盾は不要となり装備の総重量を軽くしてあるんだ。鎧への付与魔法は魔法防御を付けて剣には贅沢に軽量魔法と切れ味を上げる魔法のダブル付与だ!!」
俺は目を輝かせているリュートに自慢気に話す。
「いつの間にこんな物を…。あっ!なるほど!このカラーリングを使えば色によるオリジナリティーを出せる訳だね!これなら自分に合った装備でオリジナリティーが出せる…。そういう事でしょ?」
「その通りだリュート。…で、実験的にこれを特注してカスタムしたんだ。俺用に!」
「は?」
「いや、だからね。セミオーダーメイドになる訳じゃん?となると、誰かに作らなきゃいけない訳じゃん?そしたら自分でやるのが一番じゃない。って事で作ったんだけど、そうするとどうなると思う?」
「え?」
「どうなると…お・も・う?」
「使ってみたくなる…とか?」
「せいか~い!!ヘグッ!!」
リュートの拳が俺の左頬にめり込む。腰の入った見事な右ストレートだった。強くなったな息子よ…。
「そうすると何かい?親父は自分用に作った装備を使いたいから僕に店を押し付けて冒険者になりたい…て事?」
リュートは拳を握ったまま俺に問いかける。
「うん…。」
俺は左頬を押さえながらリュートの二発目のパンチを警戒しながら答えた。だがリュートは二発目を放つ事なく拳を解き、深く大きく溜め息をついた。
「親父…今年いくつになったんだっけ?」
「35…」
「サバ読まない!」
「38…です。」
「その年から冒険者になろうって本気なの?先月だってぎっくり腰でうんうん唸ってなかったっけ?モンスターとの戦闘中とかダンジョンの深い所でぎっくり腰になったらどうするの?死ぬよ?間違いないなく死ぬよ?」
「だから装備を腰の負担が少ないように軽量化したんじゃんか…。」
「言い訳しない!!」
「あ、はい。すいません…。でもね、これは俺の子供の頃からの夢だったんだよ。来る日も来る日もなりたかった冒険者達に武器や防具を売っていた俺の気持ちがお前に分かるか?お前にも夢くらいあるだろ?」
俺はなんとかリュートを言いくるめようと早口でまくし立てた。そして『夢』という言葉を出した途端リュートの表情が変わったのを俺は見逃さなかった。
「夢?」
「そうだ。お前の夢だ。」
「僕の夢は…立派な装備屋になること…」
そう、俺はリュートの夢が装備屋になる事だと知っていた。もう一押しだ。
「おお!そうか!…て、待てよ?俺の夢が冒険者でお前の夢が装備屋…って事は俺が冒険者になってお前に店を譲ればもれなくお前の夢も叶うじゃないか!!なんたる偶然!一石二鳥で濡れ手で粟!!」
リュートが顎をポリポリと掻いている。これは考え事をしている時の癖だ。悩んでる…悩んでるぞ!!
しかしリュートの口から出たのは実に恐ろしい言葉だった。
「母さんは知ってるの?」
「!!かかか…母さんの事は今は良いじゃないか!!」
「いや、ダメでしょう?むしろ僕より先に言わなきゃいけないんじゃないの?まあ、母さんは絶対に許さないと思うけどね。どうするつもりだったの?」
「明後日母さん実家に行く予定じゃん?その時に書き置き置いて行こうかと思ってた…。」
「ふ~ん…。ちょっとお母さん!!フグッ…。」
妻が寝ているであろう二階に向かって呼び掛けるリュートの口を俺は慌てて塞ぐ。…物音はしない。大丈夫…起きてない。
「ホントに…ホントにやめて…お願いだから…。」
俺の声は裏返りそして震えていた。妻は恐い。俺にとっては伝説の邪竜よりも恐い。
「分かったよ…。少し早すぎる気もするけど、僕にとって悪い話じゃないのは確かだね。」
俺の手を口元から振り払うとリュートは落ち着いた声で言った。
「でしょ!でしょ!!」
「ただ、親父がよく言ってたよね。『装備屋の商売は甘いもんじゃない。並々ならぬ覚悟が必要だ』って。」
「うん。言ってた。」
「僕はその覚悟を決めた。じゃあ、親父も覚悟を決めてよ。」
「…と、言いますと?」
「親父は行方不明になって死んだ事にする。そうだね…日の昇る前に森に山菜採りに行って行方不明になった事にしよう。夜が明ける前にこの街から出て行ってね。」
「え?今から?」
「そうだよ。あっ、この紙に『自分に何かあった時は店を息子のリュートに譲る』って遺言書書いて。」
「本気で言ってる?」
「うん。本気で言ってる。」
「いや、でも準備とかも色々あるしさ…後…ヘグッ!!」
リュートの拳が俺の右頬にめり込む。踏み込みも完璧な左ストレートだった。左も使いこなすとは強くなったな息子よ。
「親父の覚悟はその程度のものだったの!?」
「わ、分かった!分かったよ~。」
俺は渋々遺言書を書き鎧を着た。その様子を見ていたリュートが腕を組んで「う~ん」と唸っている。そして何かを閃いたのか店の奥に引っ込むと何かを手に戻ってきた。
「フェイスガードも着けて行ってよ。親父も地味に顔広いからいつどこで知り合いに会うか分からないんだからさ。」
『地味に』が少し引っ掛かったが、リュートの差し出したそれを受け取り顔に装置した。目の部分だけ空いているだけなのでこれでもう誰かは分からない。
「これで良い?」
「うん。上々だね。それじゃ行ってらっしゃい!」
「…うん。」
俺はリュートに追い出されるように外に出た。大通りだが、灯りのついている家はない。
「あっそうだ。お金と食料持つの忘れてた。」
俺は振り返り扉を開けようとドアノブを握る。しかしそれはびくともしない。
「え?あれ?…リュート君?リュート君!?」
俺は小声でリュートに呼び掛けるが返事はなく、あまつさえ目の前で店の灯りは消えてしまった。
「リュート君…。」
最後の呟きが夜の闇に溶けきった時、俺は諦めて夜の道を歩き出した。
つづく
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