第2話 レモン半分
「好きな人ができたんだ、年上の。」
嫌な夢を見た。
「兄貴そこどいて、私も顔洗うから。」
冷たい水を顔にかける。
今日は土曜日だから、儀式の下準備をする予定だ。
「鈴菜が早起きとか、槍でも降るんじゃ…」
「なに、悪い?」
「いや、悪くない悪くない!」
確か先輩と一緒に登校し始めた頃も、兄貴に同じようなこと言われた気がする。
「私今日お昼は外で食べてくるね。」
母にそう告げると、私は〈忘却の書〉を手に家を出た。
─
準備するものはレモン1/2個と水500ml、煮干し2匹とほうれん草一本、すり鉢とすり棒と液体を入れるボトル、それから嫌いな人と一番関連のある物。
スーパーと百円ショップをハシゴして手に入れる。
儀式を行う場所の下見も兼ねて、それらを持って海へ向かった。
六月の上旬はまだ海開きもされていないせいか、ほぼ無人に近い状態だった。
私は買い物をしたビニール袋を砂浜に敷いて座り込むと、また余計なことを思い出していた。
「汚れちゃうから、僕のハンカチの上に座って。」
「そんなことしたら先輩のハンカチ使えなくなっちゃうよ。」
「いいよ、また新しいの買うから。」
私、今日もハンカチ持ってきてないや。
2本買っておいたペットボトルのうちの片方を開けて、ほうれん草を洗い流した。
ずっと動き回っていたから、その冷たさが気持ちよかった。
洗い終えたほうれん草をすり鉢に入れて、すり棒でする。徐々に緑の液体が出てくる。
その次に、半分に切れたレモンを力いっぱい絞る。なかなか絞れない割に飛び散るから、目が痛くてたまらなかった。
多分先輩なら、スクイーザーを使ってきちんと絞るんだろうな。
あぁ、あの人ならそうしそうだ。その上、こうやって力ずくで絞る私を「野性的だね」なんて言ってからかうんだろう。
とてもリアルだ、まるで今にもすぐ隣でその声が聞こえてきそうなくらい。
そんな意地悪な七瀬先輩のことを思い出すと無性に腹が立って、私は残りの材料の水と煮干しを素早くすり鉢に投入すると、ものすごいスピードですった。
「不味そう…」
ボトルにそれを移して蓋をした。
汚れたすり鉢たちは、レジ袋に入れて口を結んだ。
立ち上がって海の方を向いてみた。
明日は新月。遂に儀式を執り行う。
七瀬先輩とはもう、さようならだ。
帰りの電車でまた嫌な夢をみた。
そんなのもこれが最後かと思うと、心が軽くなった、とでも言いたいが、鼻の奥がツンとした。
ばかだなぁ、やっと忘れられるのに。
忘れてしまえばもうこんな天邪鬼な気持ちにだって振り回されなくて済むのに。
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