第31話 束の間の勝利
「へっ、ざまあ……見ろ」
角をへし折られたガードナーは、激痛により地面を転がり回る。俺は、ここがチャンスとばかりに元角男に止めを刺さんと、大地を踏みしめその場に崩れ落ちた。
「くっ……そっ……」
時間切れだ。もうちょっと、あとちょっとなのに。
「ふっ!」
「ぐはっ!」
大地に這いつくばる俺の背後から剣が突き立てられる。それは片肺を貫き、俺を大地に縫いとめた。
「ガードナー様、引きます!」
「ふざけるなマンモール!」
「奴は不死身の化け物です、今は情報が足りません」
「がああああああああああ!」
元角男は雄叫びを上げる。それは大地を震わすような呪いの叫びだった。
「うぐっ……ぐはっ!」
俺は必死に身をよじった。剣がぶちぶちと肉を裂き、骨を削る。正気ならとてもじゃないが耐えられる傷みじゃないだろう。
口からは泡交じりの血が止めどなく流れ落ちる。今の体力で剣を引き抜くのは不可能だ、だったら。
どくりどくりと足りない血液を全身に送り出す心臓に剣が触れる。ザクリと剣がその鼓動を引き裂いた。
俺は、死んだ。
「ガードナーーーーー!」
復活した俺は剣を引き抜き、立ち上がる。正直自分が生きているの死んでいるのか最早訳が分からなかった。
「くっ! 貴様ら! ガードナー様をお守りしろ!」
雑魚たちが次々と群がってくる。奴は雑魚たちの波に流されるように遠くへと離れていく。
「待ちやがれ!」
一歩踏み出そうとした。
「ぐっ!?」
だが、その足に感触は無かった。俺は何もない所ですッ転ぶ。
「どけッ! どけテメェらあああああ!」
めまいがする、血が足らない。ここは何処だ? 大地は何処だ?
俺は駄々をこねる子供みたいに、むやみやたらと手足を振った。四方八方にライトニングアローをぶっ放した。
「逃げんじゃねぇ! このくそ野郎ーーーー!」
俺の叫びは、敵軍の波に呑まれて行った。
★
「姫様! 敵が撤退していきます!」
「ええ……」
私は奥歯が割れんばかりに歯を食いしばりながら、望遠鏡でその一部始終を眺めていた。
ケンジはやった、やり遂げた。たった一人で数千の軍勢を相手に取り。それどころか、勇者の力をもってしてもなお届かない敵に食い下がりそれを撤退に追い込んだのだ。
「その代償は……」
ケンジは死んだ、何度でも。
首を落とされ、全身を切り刻まれ、胸を貫かれ。
その痛みはどれ程の物だっただろう。その苦しみはどれ程の物だっただろう。ただの人である私には想像すらできはしない。
「ケンジ……」
果たして、今のケンジは……。
引き潮の様に敵がいなくなり、モンサットへ静寂が舞い戻った。
「ケンジッ!」
私は城塞から駆け降りると一直線にケンジの元へと駆け出した。
遅い、遅い、なんて私は遅いんだ。ケンジは敵軍までわずか数歩で駆け抜けた。天を舞うような健二の速度に比べれば、私は地を這う虫けらの様だ。
「姫様! 馬でございます!」
背後から蹄の音が聞こえて来る。私は馬に飛び乗り一目散に駆け抜ける。
「ケンジッ!」
喉がかれるほど大声を出しながら駆ける、駆ける。
私の、私達の命の恩人の元へと。
★
「ケン……ジ?」
土埃が舞うその場所に、ケンジはぽつんと取り残されていた。
目は見開いているものの、その焦点はあって無く、唯ぼんやりと夜空を見上げている。
ケンジの周りには彼の血で出来た血だまりがある。彼はそれに浮かぶように大の字になっていた。
「ケンジ、ねぇケンジ」
私はケンジの息を確かめる為、彼の胸に耳を当てる。
「大丈夫、生きている」
そこからはよく耳を凝らさなければ聞こえないほどの弱々しい鼓動がした。
「ケンジ! ねえ返事をしてケンジ!」
だが、彼は黙ったまま、月夜に照らされる彼の顔は死人の様に青白いままだった。
★
「姫様……」
あの夜、即ちケンジさんが意識不明になってから今日で三日になる。ほぼ不眠不休で看病をし続けた姫様もまた限界を迎えていた。
「リリアノ様もお休みにならないと」
「そうですね。落ち着いたらそうしたいと思います」
モンサットの街から帝国軍は引いたものの、それは全体で見ればごく一部、局所的な話に過ぎない。
ムラー川を北上した敵本体は北上を続け、エマレ・シュターク要塞を襲った陽動部隊と合流。王国の武器庫である北方地帯を蹂躙しているという。
「この戦い、一体どうなるというのでしょうか」
「……」
王国の防御は後手後手に回り、一方的な敵の蹂躙を許している。せめて王城が
いや、止めよう、そんな事を考えてもせんの無い事だ。それほどまでに敵軍が見事だったという事だ。
現在のモンサットの街にはごく少数の敵が遠巻きにこちらの動きを監視している。彼らが恐れているのは廃墟と化したこの街では無い、あれから一度も目を覚まさないケンジさんだ。
★
「了解、では相変わらず動きは無いんだね」
「左様でございます皇帝陛下」
多少の躓きはあったものの、計画は順調に推移している。その躓きの最たるもの。モンサットの光も幸いな事に沈黙を維持していくれている。
「少し、考えすぎではございませんか?」
「うんそうだろうね」
モンサットの光の破壊力は凄まじいものだ。だがこの沈黙を見るに、おそらく彼は再現不可能な、イレギュラーな存在だ。
完全無欠の存在なんてこの世には存在しない。彼はその絶大なる攻撃力や不死性と引き換えに何か大事なものを支払っている筈だ。
もし彼の様な存在を量産できるプロトコルが存在するのなら、今回の進攻はとっくの昔に失敗に終わっている。そうなっていないことが逆説的に彼の不完全さを物語っていた。
「ところで、ガードナー将軍の具合はどうなんだい?」
彼はある意味では我が軍一扱いずらい存在であるが、ある意味では最も扱いやすい存在だ。そして何より、他の追随を許さない突出した戦闘力を誇る存在である。
「それが……」
ミシャールはそう言いかけて口を濁す。
「手の付けられないほどに荒れている?」
「はい、その通りでございます」
ドレイクにとって額の角は何よりの誇りだ。それを叩き折られてしまえば幾ら彼といえども、堪えるものがあるだろう。
「さて、これが吉と出るか凶と出るか」
こうなってしまう事も可能性の一つだった。未知の兵器を前に1人殿を任せるとはそういう事だ。
「計画通り……では無いのですか?」
「まさか、僕は全てを知る者では無い。こうなったのは偶々だし、彼という戦力を失ってしまうのは痛手だよ」
ガードナーという男は諸刃の剣だ、その切っ先が何時こちらへ向くのか分かったものでは無かった。
最上はモンサットの光を我が物とする事、それと同じくらい最上は厄介者同士を潰し合す事。もし万が一ガードナーがモンサットの光を我がものとし、僕たちに牙をむくならば、彼の元へと忍び込ませたスパイによって台無しにさせる算段は立っていた。
「ともかく計画は順調だ、敵の攻撃は僕たちが想像したより遥かに拙い。まだ話の裏はとれちゃいないが、どうやら敵の国王は現在意識不明の重体という事らしい」
「これも日頃の行いという奴でしょうか?」
「ははは、君でも冗談は言うんだね」
欺瞞と虚言に満ち溢れた僕の行いに答えてくれる神などある物か。
ランサットは戦略図を見つめながら、そんな事を考えていた。
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