第30話 不死身の勇者

 カウンターがもろに入って、俺はホームランボールの様に大きくかっ飛ばされる。


「すまねぇ……イザベラ」


 大の字になって大地に横たわった俺に、再度立ち上がる力は残されていなかった。

 全身がはじけ飛びそうなほどに筋肉が悲鳴を上げる。脳みそが飛び出してくるんじゃないかって位頭痛がする。激しい眩暈は何処が天地か分からない程。


「傷みがあるのは……生きてる証拠だよな」


 吐血を流し出しながら、震える口でそう呟く。


「ふっ、多少はやるではないか、猿めが」


 ずしりずしりと勿体ぶった歩き方で、角男が近づいて来た。魔力さえあれば、その余裕ぶった顔にライトニングアローをぶち込めたのに。体さえ動けば、その仰々しい角を叩き折れたのに。

 だが、今の俺には指一本さえ動かせない。


「こっ……殺せよ」

「はっ、中々にいさぎの良い事だ」


 角男はそう言って腰に帯びた剣を抜く。


「ガードナー様、お待ちください」

「なんだ、マンモール?」

「その男の首を切るのはお待ちください、その男には聞かねばならぬことがあります」

「ふっ、そうだったな。俺と言う事が戦に熱くなって忘れていた」


 おいおいやめてくれよ。折角死ねるチャンスが来たんだ、華麗に復活と行こうと思っていたのに、副官らしき優男の説得に角男は素直に従い剣を収める。


「おい猿。貴様の正体は何だ」

「俺は……ただの無能だよ」


 無敵の力を持ちながら、こんな脳みそまで筋肉で出来てそうな角男1人仕留められなかった無能だ。


「しらばっくれるな。貴様は人族の秘密兵器だな、どうやってその力を手に入れた?」


 秘密兵器とはこれまた過剰評価してくれたものだ。掃いて捨てたいコミュ障ニート、それが俺の正体だ。


「しるか……」

「くくく、口も硬いか、この後に及んでなお仲間を思うか」

「……」

「いいぞ気に入った、貴様俺の元に来い」

「……?」


 ……何言ってんだこの角男?


「俺は何よりも力を重んじる。俺にここまで食い下がったのは貴様が初めてだ、貴様には望みの地位を与えよう」


 もし俺の味方になれば世界の半分を与えようってか? 魔王には相応しい台詞だ、だけどテメェなんざ魔王どころかただの置いてけぼりじゃねぇか。


「ふざけんな」

「くくく、はーっはっは!」


 俺の返事が面白かったのか、角男は高笑いをする。ヤバイ、ますます気に入られてしまったようだ。


「マンモール、その男を捕えよ。決して死なすのではないぞ」

「勿論でございますガードナー様」


 おいおいおいおい冗談はよしてくれ、ここでお前に殺してくれないと華麗に復活できないじゃないか。俺は今指一本動かせない、自殺すらまともに出来ないんだ。


「殺せよ、ハゲ」

「くく、強がるのはよせ。人族は必要以上に死を恐怖するのであろう?」


 駄目だ、この角男高みの見物モードに入っている。俺が何を言おうとチワワがきゃんきゃん吠えているぐらいにしか聞こえてねぇ。


「てめえのその角は飾りかよ。武士の情けって言葉はこの世界にはねぇのか?」


 俺が放ったその言葉に、角男はピクリと反応する。


「みすぼらしい角だもんな、しょうがねぇ。所詮テメェはその角に見合った器だってこった」


 角男の空気が一変する。ビンゴだ! 伊達にコミュ障なんざやっちゃいねぇ、人の逆鱗突くのなんておちゃのこさいさい慣れたもの。俺が発言することで空気が凍り付いたこと数知れずだ。


「今にも折れそうな脆い角だ、テメェの信念もそのぐら――」

「もういい」


 角男はそう言って剣を抜き放つ。


「貴様の覚悟はよく分かった。だがそれ以上俺を愚弄することは許さん」

「ガードナー様お待ちを!」

「待たん! 首が胴から離れてもその男の肉体を調べるのに支障はあるまい!」


 斬首、斬首かー。まぁ脳みそぶちまけても復活できたんだ、今回も大丈夫だろう。

 ……大丈夫じゃなかったらごめんなイザベラ。


「ですが、ガードナー様!」

「くどいぞマンモール!」

「どうでもいいからさっさとしろよこの薄らハ――」


 ストンと大剣が振り下ろされ、俺はそれ以上言葉を発することが出来なかった。


 ★


「ああもう全く、貴方と言うお方は」

「ふん、済んだことだ。調べるなら好きにしろ」


 健二の首を叩き切った事でそれっきり興味を無くした様にガードナーはモンサットの街を眺める。


「これで、後顧の憂いは無くなった。何時までもこんな所にかかずらっている暇はない、一息に滅ぼしてくれる」


 謎の攻撃の正体が判明した以上。ままごとの様に包囲を続ける必要はない。そう判断したガードナーは時間がもったいないとばかりに、自らの手でモンサットを滅ぼすべく足を運ぶ。その時だった。


「死ねこのくされハゲ!」


 罵声と共に放たれた強烈な一撃がガードナーの背後を襲う。


「なんとッ!?」


 意識が前方に集中していたガードナーは、その攻撃を完全に回避することは出来なかった。彼は受け身を取りつつも、十数メートルにわたって転がり続けた。


「ちっ、つい声が出ちまった。これじゃコミュ障の名折れだぜ」


 ガードナーが背後を振り向いた先に立っていたのは、全身に傷を負いながらも気迫にあふれた健二の姿だった。


 ★


「きっ、貴様はッ!?」

「俺か? 俺は鈴木健二、コミュ障でニートな不死身の勇者だ!」


 奴が尻もちついている隙がチャンスだ。俺はここぞとばかりに突撃する。

 クリーンヒット。俺の拳が奴の頬に吸い込まれる。


「ぐぅッ!」

「ぐぅ! じゃねぇとっとと死ね!」


 体勢を崩した奴に馬乗りになり、ひたすらに拳をぶち込む。人を殺す恐怖感なんてありはしない、こいつを殺やなきゃ全てが終わる。そんな恐怖感に追われるように只々必死に拳を振るった。


「小賢しいわ! 小童が!」

「うおっ!?」


 なんつー馬鹿力だ。奴の振るった剛腕で、おれは馬乗りの状態から弾き飛ばされる。


「不死身かよテメェ」

「それはこっちの台詞だ猿。貴様何故生きている」

「知るかそんな事! 精霊様のお導きとか何とかだろ!」


 奴は口から溢れる血を拭いながらそう聞いて来た。ってかあれだけやってそんだけかよ。フィジカルチートが過ぎんだろ?


「もういい、手加減するのは飽きた」


 奴はそう言って剣を構える。

 くそっ、やっぱりそっちが本命か。なんか物凄い剣とかじゃねぇだろうな?


「喧しい! とっと死ね!」

「ふん!」


 俺の放ったパンチに奴の剣が吸い込まれて行く。逆だ、奴の剣に俺のパンチが吸い込まれて行く。


「うがああああああ!」


 ぱくりと腕が真っ二つに切り裂かれる。痛いなんてもんじゃない。どんな言葉を用いようとこの痛みを現す事なんて出来やしない。


「死ね!」


 奴の剣が煌めいた――


 ★


「ふん、この程度か」


 念入りにみじん切りにされた肉塊の前で、ガードナーは剣を収める。確かに攻撃力と速さには目を見張るものがあった。だが戦い方は素人のそのもの。敵の動きは手玉に取る様によく分かった。


「蘇生魔法と言うものでしょうか?」

「それを調べるのはお前の役目だ」

「とは言え、こうなってしまえば」


 マンモールはそう言って肉塊に目を細める。その時だ。


「ほう」


 肉塊がまばゆい光を放ったかと思えば、そこには五体満足な健二の姿が現れた。


「いってえじゃねぇかこの野郎!」


 健二は血走った眼でそう叫びながらガードナーに襲い掛かる。


「ふん!」


 健二の攻撃は単純だ。全力で飛びかかり、全力で殴り掛かる。そこに虚実など在りはしない。

 ガードナーの剣は健二の導線上におかれ、健二はその剣に吸い込まれるように向かっていく。


「嘗めんじゃねえ!」


 ガンとガードナーの手にしびれが走る。カウンターだ、健二は突き出された剣の腹を横から殴り飛ばし、その軌道を反らしたのだ。


「おらぁあ!」


 懐に潜り込まれた超接近戦では、ガードナーの持つ大剣は重しとなる。


「おらららららららああああ!」


 千載一遇のチャンスとばかりに、健二は決死の覚悟でガードナーに食らいついて離れない。そして――


「ここだあ!」


 健二の渾身の肘がガードナーの角に叩き込まれた。


「ぐああああ!」


 ベキリと言う音がして、ガードナーの角が根元からへし折れる。その反動で健二の腕も奇妙な方向へへし曲がってしまったが、今の健二にそれを痛がる正気は残っていなかった。

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