第29話 反撃の狼煙
「ケンジ! あんた大丈夫なの!?」
「ああ、もうすっかりだ」
どう考えても嘘だ、これっぽっちも力が入らず、看護師さんに支えられていなければ、そのまま床にダイブしているだろう。
だが俺の精一杯の強がりなんて、傍目に見ればまるわかりの様だ。イザベラは悲痛な顔をして俺を見つめる。
「ケンジ、アンタ……」
「なにらしくねぇ顔してんだよイザベラ。お前から明るさを取ったら何が残るってんだ」
陽キャは陽キャらしく、いつでも間抜けな笑顔を晒してればいい。悲痛に歪む顔なんて、己の無力を恥じ入る顔なんて、太陽の住人には似合わない。
「俺は何時でも行けるぜ? 何処を叩けばいい?」
荒い呼吸を押し殺し、会議室の椅子を開けてもらう。サンキュー看護婦さんだ、手の感覚があまりなく、おっぱいの柔らかさを十分に味わう事が出来なかったのが心残りだが、それは後日の楽しみにとっておくとしよう。
俺は机上に広げられた街の地図に目を落とす。
「ここか? ここが敵の本陣なのか?」
街の周囲をぐるりと囲む敵兵を現した駒、その中にひときわ大きい駒があった。
「勇者様、出て行けるのですか」
鎧を着こんだおっちゃんたちの視線が俺に集中する。普段ならそんな事をされたら緊張して真っ白になってしまう所だが、現在体力ゲージは真っ赤っ赤。そんなリアクションをする余裕すらありゃしない。
「勿論、俺は、勇者だぜ?」
俺の答えにどよめきが上がる。それは無能者の大言壮語を嘲笑うものでは無く、蜘蛛の糸を見つけたカンダタたちの歓喜の声だ。
「ケンジ、あんた」
「俺たちはこんな所でまごついている暇はない筈だ。出待ちしている奴らを、とっとと片づけて、リトエンドへと帰らないと」
あの街には大切なものを山ほどおいて来てしまったんだ。直ぐにでも取り返しに行かなくちゃいけない。
「大丈夫。俺は不死身の勇者様だ」
血を流し過ぎたのかちょーーーっとばかり、眩暈と、動悸と、震えと、吐き気と、全身を蝕む痛みと、その他諸々が止まらないが、なーに、勇者モードに入ってしまえばすべては解決。並み居る雑魚をバッタバッタとなぎ倒し、故郷へ向けて凱旋だ。
「それしかないんだ、イザベラ」
机上に置かれた勢力図を見れば素人の俺だって直ぐに分かる。絶体絶命の劣勢を跳ね返すには、逆転ホームランが必要なのだ。
「姫様」
鎧姿のおっちゃんたちの視線が、今度はイザベラに注がれる。彼女は俯き歯を噛みしめた後、俺の目を覗き込んだ。
「やれるのね、ケンジ」
「あったぼうよ。チートモードの俺を見せてやる」
★
大谷吉継ってこんな気分だったんだろうか、あるいは立花道雪か。碌に歩けもしない俺は人に背負われ戦場へと舞い戻っていた。
「いい、ケンジを可能な限り消耗させないで」
「了解しております」
俺たちは可能な限り戦闘を避けつつ、敵本陣を目指して進んだ。
「ってか、なんでお前が付いて来てるんだよイザベラ。お前は大将なんだから城の奥に引っ込んでろよ」
「この作戦が失敗したら、城の中も外も同じよ」
「いや、意味わかんねーっすけど」
「御二人ともお静かに」
「「はい」」
乾坤一擲の作戦に、戦力の出し惜しみは愚の骨頂との言い訳で、イザベラは俺達と行動を共にしている。
奥でふんぞり返っている大将と、自ら先陣を切る大将、どちらがいいかはケース・バイ・ケースだろうけど、俺にはイザベラがやけになっているようにしか見えなかった。
「始まったわ」
俺たちの行動から目をそらす、囮部隊の攻勢が始まった。剣劇の音が遠くから鳴り響いて来る。
「ここまでくれば大丈夫だ、皆逃げてくれ」
瓦礫と化した城壁の上、月明かりの下に包囲部隊の本陣が見えた。
「ところでケンジさん。どうやって勇者モードとやらになるおつもりなのですか?」
変身のトリガーは俺が死ぬこと。流石に俺の頭を切り落としてくれとは頼めないが、今の俺は死に掛けの身、豆腐の角があまたに当っただけで死ねる自信はある。
「そんなのは簡単だ」
俺はそう言うと、痛む体を引きずるように、城壁の上から身投げした。
頭から、真っ逆さまに地に落ちる。瓦礫の城壁の高さは、10mはあるだろう、死ぬには十分な高さだ。
「ってか死に損なったら酷い目に合わない?」
その場合、失血死するまで延々と苦しみ続けなくてはならないだろう。まさに地獄。
俺は熱にうかれた様にボンヤリとそんな事を思いながら落下する。死に掛けの時は世界がスローモーションになるのは最初の時に体験済み。俺は尖った岩に上手く当たる様に調節しながら――。
ゴキリ
★
「復活じゃ! 死にさらせぇえ!」
文字通り死ぬほど打ち付けた首に違和感を感じつつ、俺は瓦礫の山から立ち上がるなり、ありったけの魔力を両手に集中させる。
奇襲奇策はお互い様、名乗りを上げるより早く、俺のライトニングアローは光を放った。
「ん?」
光の極太レーザーは敵本陣に直撃……と言う訳にはいかなかった、透明なバリヤーの様なものにその大部分は弾かれた。
「なるほどね、敵の魔法使いは盾として残していた訳か」
強化された勇者視力で敵本陣を注視すると、もうもうと上がる煙の隙間から、杖を構えた敵魔法使い部隊の様子がうかがえた。敵の攻撃が弱々しかったのは探索メインで仕掛けた事の他に、こうやって守備に力を注いでいたと言う事もあったのだろう。
「まぁ全くの無傷って訳じゃなさそうだがな」
ライトニングアローの中心部にぶち当たった敵の部隊ははじけ飛び、一本の道が出来ていた。
「奇襲は失敗か。なら、行くしかねぇよな!」
俺は足元が地震を起こすほどに踏み込んで、一直線に敵本陣へとダッシュした。
俺の突撃に気付いた敵本陣から迎撃の矢や魔法が雨の様に飛んでくる。
「効かん! 効かーん!」
勇者モードは無敵の力、その程度の攻撃なんて正しく霧雨の如きだ。
「早く、早く!」
だが、勇者モードには制限時間がある。それはおよそ3分、古式ゆかしき変身時間だ。
「速く! 速く!」
駆ける駆ける、飛ぶように駆ける。
矢や魔法弾を遥か背後に置き去りにし、炎の壁や、稲妻の雨、土槍の絨毯を蹴散らしながら駆け抜ける。
「おおらあッ!」
激突。
敵の全面で陣をひく重装歩兵を弾き飛ばす。
狙いは奥の遥か奥。敵の親玉唯一つ。雑魚どもなんかにかかずらっている暇はない。
デカイ敵、派手な敵、威張っている敵、指令を飛ばしている敵を見つけ出す。そいつらの頭を足場にしつつ、ピンボールの様に跳ねまわりながら奥を目指す。
そうこうしている内に、視界の端にド派手なテントの幕が見える。
「そこか貴様!」
時間はもうない。ここまで来るのに二分以上使ってしまった、一撃だ、一撃でケリを付けなければ!
帰りの事なんて知った事か! 親玉さえやっつけてしまえば後は野となれ山となれだ!
バサリとテントの幕が開く。そこから現れたのは漆黒の鎧を身に纏い、背に一対の黒翼と額に鋭利な角を生やした大男。
「くくく、貴様のような猿――」
「グダグダ言ってないで死ねこの野郎ッ!」
勇者パワーは百万馬力、俺は今までで一番の踏み込みで、全力のパンチを奴の顔面へとお見舞いする。だが!
「ハッ!」
拳と拳がぶつかり合う。その衝撃で周囲の雑魚たちが吹き飛んでいく。
「テメェ!」
「はっ、猿の癖に多少はやるではないか」
信じられねぇこの、角男! 勇者パワーと互角にやり合うだと!?
「いいから死んどけこの角男!」
「嘗めるなクソ猿が!」
渾身のパンチ、渾身のキック、渾身の頭突き、その全てにカウンターを当てられる。所詮この俺は喧嘩一つやったことのない無害なニートだ。格闘技の作法なんてものは知っちゃいない。
「くそっ! 何だってんだテメェは!」
「貴様こそ何者だ、俺の攻撃を食らって何故倒れん」
勇者パワーは無敵の力。タフネスさも折り紙付きだ。しかしこの化け物一体何食ったらそんなに強くなるんだこの野郎。ボス補正が効き過ぎているんじゃないのか?
スピードやパワーは互角だろう――まぁ、そのこと自体に大いに意義を唱えたいが。だが俺には何より圧倒的に戦闘経験が足りていない。
角男にいいようにやられるままに時間が過ぎていく。そして……。
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