第28話 モンサット包囲部隊

 半ば廃墟と化したモンサットの街からは、健気と言うよりほかない程のささやかな抵抗の矢が放たれている。

 それを忌々しく眺める巨漢がいた。豪華な鎧を身に纏い、漆黒のマントをたなびかせる彼の額には、禍々しくも優美な角が生えていた。


「一体何時までこうしておればいいのだ!」

「あの謎の攻撃の正体が判明するまで迂闊に手を出すなとのお達しでございます」


 モンサット包囲部隊長と言えば聞こえはいいが、要は居残りの外れくじ。そんなものを掴まされてしまったガードナーは酷くイラついていた。

 額の角が物語っている様に、彼の種族はドレイクである。ドレイクは蛮族の中では貴族的な立ち位置にあることが多いが、彼の出自も多分に漏れず貴族の出である。そんな彼が何故このような外れくじを引かされているかと言うと、単純な事だ、彼は嫌われ者だったのだ。


「クソ忌々しい、何だって俺があのような軟弱モノに従わなければならない!」


 ドレイクは高い知能をほこり、強き者ほど優雅であることを好む種族だ、ある意味では人間以上に人間らしいそんな種族である。

 ところが彼は違っていた、誰よりも武にほこり、誰よりも乱を好んだ。所謂戦闘狂と言うタイプのドレイクだった。


「大体なんだ、あの程度の攻撃に怖気づいて何になる!」

「ですが、先の攻撃により、一個中隊が消滅しました」

「はっ、あんなもの食らう方が間抜けなのだ!」

「あれは人族の最終兵器の可能性がございます。あれを我が物と出来れば我が軍は盤石なものとなるでしょう」

「はっ、猿共の上前をはねようとか」


 謎の攻撃――ケンジが放った魔法、の正体を突き止める為、モンサット攻略は慎重に慎重を重ねて行われていた。

 最上はその謎を紐解き自軍の戦力とする。それが不可能の場合は完全に破壊する。モンサット包囲部隊に課せられた任務はそれだった。


「あの軟弱者の考えそうなことよ」

「皇帝陛下は、慎重をきすお方でございます」


 慇懃無礼にそう評すガードナーに対し、連絡係を任されたサキュバスはひっそりとそうつぶやいた。

 彼女達夢魔族にとって、ランサットは皇帝であり勇者である。精気を吸うだけしか能の無い弱者だと、罵倒され虐げられてきた夢魔族より現れた皇帝なのだ。


「はっ、それが軟弱だと言うのだ」


 ガードナーはバカにしたようにそう吐き捨てる。己の力をもってすれば、この様な半壊状態の都市瞬きの間に平らげて見せると考えていた。


「ガードナー様、気をお静め下さい。貴女もガードナー様を無暗に刺激しないように」

「モンマールか首尾はどうだ」


 モンマールと呼ばれたガードナーの副官であるドレイクの男性は、恭しく腰を折り下げ報告をする。


「はっ、上空より監視致しましたが、例の攻撃の発射地点に、これと言った儀式の痕跡は認められませんでした」

「ふむ」

「可能性としては、大型兵器を使ったものでは無く、多数の人員による儀式魔法の可能性がございます」

「猿共でも、寄り集まればあの程度をなすことが出来ると?」

「可能性です。ですが、もしその様な方法が存在し、我が軍がそのノウハウをものにできれば……」

「あの軟弱者になり替わる事も出来ると」


 ガードナーはそう言ってニヤリと口角を上げる。彼にとって信奉すべきは力のみだった。帝国の内戦では気が付いたうちに戦争は終わっていた。自分が辺境で戦っている内に、あの忌々しい軟弱者の手によっていつの間にか帝国は統一されていた。彼はその事が我慢できなかった。

 今回の人族の国への進攻において存在感を発揮し、いつかは皇帝の座を奪取して見せる、そんな野望が彼の胸中には渦巻いていた。


「慎重に事を運ぶか、なんとまぁ女々しい事だ」

「大願成就の為でございます」


 どかりと椅子に腰かけそう愚痴を漏らすガードナーに、モンマールはそうあやしつけるように言い聞かせた。


 ★


「増援は無いわ」

「そんな! ボードウィン様は我々を見捨てると言うのですか!」


 イザベラの報告に会議室は騒然となった。ここはボードウィンの治める街である、その街の領主が自らの領土を見捨てる事などありはしないと誰もが思っていたのだ。


「エマレ・シュターク要塞が突破されたと言う話なの。それで敵の主力は北方であると言う判断なのよ」


 イザベラはそう言って頭を横に振る。


「ですが!」


 武官たちは口々に抗議の声を上げようとして、それが意味の無い事だと悔しそうに口を噤んだ。


 敵の進攻ルートは大きく分けて北方のエマレ・シュターク要塞と東方のデノスハイムの森の二つ、その本命は東方なのではあるが、エマレ・シュターク要塞壊滅の報告は大きなインパクトを持って王都へ伝えられていたのだ。

 さらには、進軍に不向きなデノスハイムの森を進撃路とするはずがないと言う既成概念もそれを邪魔していた。


「兎に角、私達は既存の勢力でなんとかしなくちゃいけないわ」


 イザベラの発言に、並み居る武官たちは押し黙る。現在確認が取れている兵はおよそ三百、それでこの街を包囲する三千の蛮族を何とかしなければいけないのだ。


「戦力は十倍差です」

「そうね」


 これが、城壁が無事な状態ならば話は別だろう。だがこの街を囲む城壁は既に役に立たないほどに破壊しつくされていた。


「吉報と言えば、敵ワイバーンの姿が居なくなったって事よね」


 現在、モンサット上空に敵ワイバーンの姿は無い。この街での仕事を終えたワイバーンは次の仕事へ出かけている。


「とは言え、我が軍のグリフォンは全滅。おまけに敵はワイバーン無しでも飛行できる種族には事欠きません」

「そうなのよねー、卑怯だわ蛮族って」


 人族でも一部の魔法使いは飛行魔法を使うことが出来るが、敵はそんなものに頼らなくで自力で飛行出来てしまう。

 魔法使いは平行して魔法を使うことが出来ない以上。飛行魔法を使用している間は無防備になってしまうのだ。


「姫様。勇者殿はまだ目覚めぬのですか?」

「……」


 その質問に、イザベラは口を閉ざす。その様な報告は上がっていないし、健二が目覚めたとしても戦えるかどうか彼女には判断が付かなかったからだ。


「もう直ぐ日は落ちます。夜は敵の時間です」


 蛮族は夜目が効く種族がほとんどだ、炎上する家屋が天然の篝火となるも、それでも不利な事は否めなかった。


「敵は何故か、攻撃の手を緩めていてくれるわ。夜闇にまぎれて住民だけでも逃がすことは出来ないかしら?」

「敵はこのモンサットをぐるりと包囲しております、それは難しいかと」

「包囲の薄い場所も無いの?」

「南方はやや薄いと思われますが、一般市民を守りながらでは……」

「やっぱり、ここで何とかするしかないか」


 現在は倒壊した建物を盾にしたゲリラ戦で何とか均衡を保っている状況だった。それも敵が壊滅よりも探索を主にしているからである。


「なぜ敵は本腰を入れて攻めてこないのかしら……」

「もしや、勇者殿の存在を警戒しているのではないのですか?」

「ありそうね、ってかそれ以外は無いか」


 一撃で数百の蛮族を消し炭に代えたあの攻撃。そんな超弩級の攻撃を警戒しない訳がない。イザベラたちはそう結論付けた。


「ですが、勇者殿は未だに目覚めぬまま」

「そうそう時間をかけても居られないって訳ね」


 今は警戒の方が上回っている、だが何時まで経っても追撃が来ないのならば、いつ敵が本腰を入れて来るかも分からなかった。


「大丈夫、俺ならいけるぜ、イザベラ」


 鬱々とした会議室に、看護師に肩を貸された健二が入って来たのはそんな時だった。

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