第26話 時計仕掛けの勇者

 人族は弱い。個としての戦闘力は蛮族とは比べ物にならないほど弱い。それを覆すのは数と連携だ。

 だが、此度の戦は勝手が違った。押し寄せる蛮族の群れは数を把握することが困難なほどの大軍で、連携においても小隊ごとに配備された夢魔たちによるネットワークがきめ細かく働き、まるで一つの巨大な生き物のように柔軟に動いていた。


 モンサットの街は正に風前の灯火。だが、今にも消えそうなその灯火の中に、煌々と輝く希望の光が存在した。


「そこ左! 何とか持ちこたえるっしょ! リリアノは右! ぶちかまして!」


 イザベラは半ば廃墟と化した街を守る為、先頭に立って指揮を振るう。

 状況はどうしようもない大劣勢。だがここで逃げる訳にはいかない。リトエンドの街から無様に逃げ出して来た自分が、再度敵に背を向ける訳にはいかなかかった。


「今度は……今度は! 今度はああああ!」


 イザベラの気迫に呼応する様に、モンサットの兵たちも必死の力を振り絞る。剣が折れれば盾で殴り、盾を弾かれれば拳で殴る。イザベラを狙う攻撃があればその身を挺して庇い。命尽きかけた者は自滅覚悟の特攻に出る。

 それは正に決死の一団だった。皆歯を食いしばりながら戦っていた。


 そこに黒い翼が舞い降りる。


「姫様!」

「くッ!」


 一団を包囲する様に上空より現れたのは、禍々しき角と翼を備えたグレーターデーモンの一団だった。彼らはデーモンの中でもより上位のデーモンである。その一体を相手にするには上級パーティでどうにか釣り合うかという所。満身創痍な一団ではとてもではないがその相手は務まらなかった。


 リリアノは悲痛な思いでイザベラを自分の背後へと隠す。だが、そんな事は意味は無い、敵は一団をぐるりと包囲する様に布陣しているのだ。


「ここまでかッ!」


 イザベラは口惜しさに涙をにじませながら、それでもなお敵を睨みつける。

 だが、それに応える声があった。


「ここからだぁああああああああ!」


 それは上空より聞こえて来た。


「纏めてくたばれ! ライトニングアローーーーッ!」


 極太のレーザーが豪雨のように降り注ぐ。それらは、今にもイザベラたちを肉塊と代えようとしていたグレーターデーモンたちを串刺しに、否、蒸発させた。


「イザベラ! 無事か!」

「無事かってケンジ!? アンタまた!」

「細かい話は後だ! 俺は今何をすればいい! 時間が無い!」


 健二のその言葉に、イザベラは一瞬泣くように、はたまた怒るように顔をしかめた後。前方を指さしこう言った。


「今のもう一発! いや、一発なんてけち臭い事言わないわ! ありったけの奴ぶち込むっしょ!」

「了解!」


 イザベラが指さす遥か先、そこには街をぐるりと囲む城壁に開いた大穴がある。そこからぞろぞろと数えるのも面倒くさい位の蛮族たちが侵入してきているのだ。


「行くぜ蛮族共! 勇者パワーを食らいやがれ! ライトニング! アローーーーーー―ッ!」


 全身を駆け巡る勇者パワー、その全てを込めて両手からぶち込んだ。気分は某尻尾の生えた戦闘宇宙民族だ!


 ゴッと、途中に在る建物たちを蒸発させながら、導線上にいる蛮族たちを消し飛ばしながら、極太レーザーは一直線に飛んでいく。

 それは血上に現れた天の柱。あらゆる不浄を焼き尽くす神の一撃。


「ああああああああああ!」


 城壁にぶち当たったそれは、ボロボロの城壁を紙切れの様に突き破り、外にいた蛮族の大軍に激突した。


「ざまぁ……みやがれ……」


 全身から熱という熱が抜けていく。血の気が引いて顔面が蒼白になってくるのが分かる。畜生時間切れだ、柄にもなくちょっとばかり頑張り過ぎた。


「今よ! 引くわよ! 撤収っしょ!」


 イザベラは倒れかけた俺に肩を貸してくれる。


「イザ……ベラ……」

「助かったわケンジ! アンタは良くやってくれた! こんな所で死ぬんじゃないわよ!」

「何……言ってんだ……俺は、無敵の……」


 心臓が破裂するぐらいに脈打つ。頭が割れる位に頭痛がする。俺はこみ上げる吐き気を抑えることが出来ずにその場に吐き出した。


「ケンジッ!」


 口から出たのは大量の血。

 俺はイザベラのくしゃくしゃになった顔を見つつ、気を失った。


 ★


「皇帝陛下! 緊急のお知らせです!」

「あー、うん、知ってるよ。残念だ」


 ランサットはそう言って顔を曇らせる。

 ユガが五月蠅いのでちょっとばかり覗き見してみたが、そこは大混乱の真っ最中だったのだ。情報は錯そうしており、何が原因なのか正確な事は分かっていない。だが、結果だけは明白だ。


「少なくともおよそ200、中隊規模の兵が一撃で吹き飛んだ」

「はい……」


 副官であるミシャールは、口惜しそうに歯噛みする。


「その様な芸当が可能なのは、我らドレイク族の中でも一握りの選ばれた強者のみ。脆弱な人間どもに可能な事とはとてもではないが思えません」

「人間を侮ってはいけないよミシャール。確かに彼らは単独では脆弱な生き物だ、だが互いの長所を生かしてチームを組めば古代竜だって打倒できる」

「では、大規模な儀式魔法が使用されたと?」

「常識的に考えればそうだろうね」


 ランサットはそう言ってギシリと玉座を軋ませる。


「例の攻撃魔法、仮にモンサットの光とでも言おうか。それが使用されたのは一度きりなんだよね」

「報告ではそうであります。追撃を警戒し、現在はモンサットの街よりはある程度の距離を置き監視中でございます」

「そうだね、良い判断だ」


 ランサットはそう言い目をつぶる。


「彼の都市の被害状況は?」

「城壁は既に意味をなさず、街中至る所に火の手が上がっています。都市としてのあの街は既に死に体でございます」

「そうだね、僕の目にもそう見える」


 かつて色彩の都と呼ばれたモンサットは、今や炎と煙が立ち込める半ば廃墟と化していた。帝国軍はごくわずかな時間で王国有数の都市を壊滅に追いやったのだ。


「目的は達した、これ以上深追いして余計な被害を出すのも悪手だろう」

「では、モンサットの光は放置しておくのですか?」

「そう言われると痛い所だね。当初の計画に固執するのも悪手だが、徒に目的を変更するのもこれまた悪手。だが、僕たちにとって何より大切なものは時間だ」

「では」

「ああ、最低限の兵を残し、残りは当所の予定通り先に進んでもらおう」

「了解いたしました」


 ミシャールはそう言って首を垂れると、玉座の間を後にした。


「そう、僕たちには時間が無い……」


 ランサットはそう独り言ちる。

 蛮族の武器は何と言っても個々の戦闘力だ、反面人族の武器はその数と柔軟性である。今は奇襲効果によって優位に立っているものの。落ち着いて対応されれば戦況はどう転ぶか分からなかった。


「我らは個としては強く硬い。だが軍としては弱く脆くもある」


 ランサット自身、蛮族の中では決して強いとは言えないインキュバスである。弱者を侮る気持ちなどは存在しなかった。

 今は早く、何より早く。人族の対応が後手後手に回っている間に致命的な一撃を叩き込み、徹底的なほどに戦局を硬め、後戻りできないほどに戦意を喪失させなければならなかった。

 帝国軍はとてもではないが一枚岩とは言えない軍隊だ。その事は300年前の大戦がよく物語っている。勝利の美酒に酔っている間は問題ないが、その計算が少しでも狂うと何時仲間割れを起こしてもおかしくない軍団だった。


「大丈夫、やれるさ」


 計算違いが起こり、序盤にもかかわらず予定外の損害を出してしまった。だが、けして挽回不能な損害と言う訳でもない。大局的に見れば軽微と言えるほどだ。

 ランサットは自分にそう言い聞かせるように呟いた。

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