第25話 皇帝

「モンサット攻略は順調でございます」


 重々しいローブに着飾った美しい女ドレイクは、禍々しい玉座に座るどこ頼りない若い男にそう報告する。


「そうみたいだね。ご苦労様ミシャール」


 報告を受けたその人物は、少し弱々しい笑顔を浮かべ、そう労いの言葉を向けた。

 彼の名はランサット、蛮族の国、ザトレーア帝国の新皇帝である。


「陛下、何かお気になる事が?」


 ランサットのどこか浮かない表情に、副官であるミシャールは疑問の声を投げかける。


「……詮無きことだとは分かっているんだけどね。300年にわたって続く内乱によって我が国は大いに荒れ果てた。本来ならば内政を充実させ国力の充実を図るべきだ」


 300年前の大戦。ザトレーア帝国前皇帝の突然の崩御によって有耶無耶になったその戦いは両国に大きな爪痕を残した。

 聖ルクルエール王国は恐怖に身を竦め、ひたすらに防御を固め。ザトレーア帝国は次の皇帝の座を巡り大規模な内乱状態に移行した。


 ザトレーア帝国は帝国と名乗っているものの、国土面積という点では聖ルクルエール王国とはそう大差は無い。

 大きな差と言えば、聖王国は人族という単独民族――エルフやドワーフ、獣人と言った亜人と呼ばれる者たちも居るものの、で構成されているのに対して。帝国はドレイク、バンパイア、ジャイアント、オーガ等々、姿形も思考も生態も、何もかもが全く違う多民族国家という事だ。

 それぞれの部族は好き勝手に国を名乗り、弱肉強食の名のもとに争いを続けている、いやいた。

 それをまとめ上げたのがランサットである。彼はインキュバスと呼ばれる種族だ。インキュバスは特段戦闘能力に優れた種族では無い。得意なものと言えば幻術を見せる事や精力を吸い取る事ぐらい。魔法の腕に優れていると言えば優れているが、ドレイクや魔人族には比べるまでも無い。

 そんな彼が何故玉座に座っているか、それは彼らインキュバスが通信能力に優れていたからだ。

 彼らにはとある特筆すべき能力があった。それはテレパシー能力だ。彼らの精神は一つの大きな夢ユガの中で繋がっており。遠くの場所にいながら、それぞれの感覚を共有することが出来たのだった。

 彼はその能力をフルに使い、内乱をまとめ上げた。弱者を保護し勢力を伸ばし、強者同士を潰し合わせ漁夫の利を得、まともに戦う事すらなく帝国統一をなした。


 それが可能だったのはひとえにランサットの類まれ無き情報処理能力である。彼は数十数百と送られてくる情報を処理し、的確な指示を出すことが可能だった。彼は正しく天才だったのだ。


「陛下のお気持ちはごもっともです、ですが我らは致命的なほどに生産というものに向いてはいない」

「そうなんだよね」


 足りなければ奪う、欲しければ奪う、贅を凝らすために奪う、気にくわないから奪う。兎に角生産というものに向かないのが蛮族という種族だった。


「多くの奴隷が内乱の犠牲になってしまった」


 そんな彼らの手足として利用されていたのは、人族を始めとした弱者たちだ。それらは田畑を耕す道具としてだけでは無く、時には非常用の食料として使われてきた。

 それは内乱によって激減し、帝国内の労働資源だけではとてもではないが、帝国民を養っていくことなど出来なかった。


「加えて発生した流行り病だ」


 季節外れのシュタンレー病は帝国でも猛威を振るった。いや時期的に言えば先に帝国で大発生したのだ。聖王国はその余波を受けたに過ぎなかった。


「我らが生きるためには致し方ない事です。呑気に眠る家畜に牙を突き立て、いったい何が悪いと言うのでしょう」

「まぁ、僕たちの常識じゃそうだよねぇ」


 ランサットは戦の天才だった。だが彼は戦を好む性格では無かった。彼は弱きもの――とりわけ美女、に手を差し伸べて行っただけだ。だが、彼の元に集う蛮族は雪だるま式に膨れ上がり、とうとう玉座まで押し上げられてしまったという訳だ。


「まぁ始まってしまったものは仕方がない。僕だって負けるのは嫌だからね。精々頑張るとしようか」


 緒戦はまさにランサットの思い通りだった。堅牢極まる南部のラスコー防衛線を避け、北部のまだ若いエマレ・シュターク要塞へと攻撃を集中する。と見せかけて、大軍を進軍させるに不向きな東部のデノスハイムの森へ主戦力を集中させる。

 

 狙いは聖王国北部の都市ガストーク、そこは聖王国の工業の要であり、そこを落とせば敵の攻撃力は激減する羽目になる。


 デノスハイムを抜けた主戦力は敵の対応が整う前に、兎に角早く兎に角鋭く一目散に北西へと進路を取る。そして聖王国の武器庫である北部をぐるっと包囲してしまうという壮大な計画だった。


「モンサットを落としてしまえば、後顧の憂いなく進軍できる。けど彼方さんは対策と言える対策を打てていないようだ。みんなには怪我しない程度に頑張ってくれと伝えとくれよ」

「了解いたしました陛下」


 夢魔族は通信兵としてそれぞれの部隊に配置されている。ランサットが本気を出せば大隊レベルまでの情報処理を独りで行う事も出来るが。今や皇帝となった彼の身は戦争だけにはかまけては居られない。

 王城にはランサット選り抜きの夢魔たちが通信兵として常駐しており、各方面とのやり取りを24時間単位で行っているのだ。

 それでもランサットは暇を見つけては共有ネットワークユガを覗き見して戦場の生の声を拾っているのだが。

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