第24話 モンサットの街3
「うがああああああ!」
へし折れた足を麻酔無しで無理矢理元に戻して、それがずれないように椹木を縛り付ける。だれだ、骨の一本や二本なんて寝言を言った奴。死ぬほど痛ぇじゃないか。格闘漫画の登場人物たちは化け物か?
「これでひとまずは大丈夫です、後は安静に……と言いたい所なのですがね」
俺の手当てをしてくれたお医者さんはそう言って苦笑いする。
ズシンズシンと揺れる城。安静なんて言葉とは無縁の有様だ。
「くそっ、こんな時に兄上は一体どこに行ってるのよ」
イザベラはそう言って爪を噛む。幾ら彼女が王族とは言え、他人の、それも王位継承権が上の相手の軍の指揮を勝手に執る訳にはいかない。今の彼女は勝手に押しかけて来た迷惑な客人でしかないのだ。
「イザベラ、これは電撃戦だ。敵の目的は占拠じゃなくて破壊だ」
「さっき言ってた電撃戦? それって結局何なの?」
俺はミリオタという訳ではない。そう詳しい解説は出来ないし、そもそもこの予想は外れているかもしれない。だが、一つの所感として彼女に説明する。
「恐怖と混乱を巻き起こす、一心不乱な突破攻撃ね、確かに言いえて妙だわ」
イザベラは、俺の拙い説明を何とか理解してくれたようだ。彼女はそう言って反芻してくれた。
「で、その攻略方法は?」
「……知らない」
電撃戦と言う名前すらうろ覚えなのだ、その攻略方法なんて覚えている訳がない。
「その作戦だと敵の戦線は伸びきってしまいます。背後か側面を付けばよいのではないですか?」
「戦略としては正しいわ。けどいま求められているのは戦術、もっと言えば今この時を生き残るための術よ」
たしか、それを突き止める間もなく、フランスは一方的に攻め込まれ、ドイツに降伏したはずだ。
「通信速度の遅さがヤバイ」
このまま帝国軍の進軍速度を見誤っていれば、迎撃の準備を整える間もなく、近日中に王都までたどり着かれてしまうかもしれない。
「ここモンサットの背後にはムラー川があります。進軍はそこで止まるのでは?」
「その場合私達にとっちゃ最悪ね。奴らは足固めをするために、この城を念入りに破壊しつくすわ」
誰だって、獣がうろつく場所でキャンプを張ろうとは思わない。害獣駆除を念入りに行ってからゆっくりと休みに入る筈だ。
俺たちが悲観にくれていると、避難場所へ城の人が勢いよく駈け込んで来た。
「伝令です! ボードウィン様と連絡が繋がりました!」
「それで! 兄上は何と!」
「『今は火急の用事があり直ぐには戻れない、何とか持ちこたえろ』と……」
「何考えてるんのよあの馬鹿!」
イザベラはそう罵倒して立ち上がる。
「分かったわ! 兄上不在の間、私が代わりに指揮を執るわ!」
「おっおい、イザベラ」
「大丈夫よケンジ。ここはリトエンドの街とは違う、悔しいけれど街の規模は数倍では収まらないわ」
リトエンドは街と言っているものの、開拓村に毛が生えた様な存在だ。こことは常駐する兵の数は段違いだ。
「兵の質では劣っているとは決して思わない。けど戦争は往々にして数が勝負よ」
リトエンドの常駐兵はおよそ百、それに対してこの街のそれは千を超えるという。有事の際はムラー川を使い国内外に兵を輸送する役割を担っている場所でもあるのだ。
「待て、待ってくれイザベラ!」
俺は松葉杖を突きながら必死の思いでイザベラを追った。
★
「こりゃ酷い」
引き留める医者を振り払い、イザベラに遅れることしばし、ようやくと街中へたどり着いた俺が見たのは、燦々たる有様のモンサットの街だった。
城壁の至る所で白煙が立ち上り、崩れかけたその城壁の上では兵たちが必死の反撃を行っていた。
それは街中も同じこと、至る所に火の手が上がり、街は混乱の渦に巻き込まれている。
ケンタウロスが弓を引き絞り、ハーピーが呪歌を唱える。ゴブリンライダーが間隙を縫うように駆けまわり、隊長クラスと見られるデュラハンが、衛兵を剣で串刺しにして高らかに持ち上げる。
それは正に地獄の有様だった。
こんな状況でイザベラに出来る事などあるのか?
それが俺の正直な感想だった。イザベラは、多少は剣の腕が立つからと言って、それは所詮女の細腕の話。無双の豪傑という訳ではない。戦力というのならリリアノさんの方が適任だ。彼女が放つ魔法の矢は街陰から現れる蛮族たちを次々と打ち抜いている。
「くそっ」
そして俺は役立たず。ただでさえ戦闘力が無いのに、今では足を骨折している文字通りの足手纏いだ。
「リリアノ! 遠慮しなくていいわ! もっと派手なヤツぶち込んじゃって!」
「了解です! 姫様!」
リリアノさんは呪文詠唱に集中する。その間の守りはイザベラに掛かっている。
「そこの兵士! 彼女のカバーをお願い!」
「りょっ了解しました!」
イザベラは、はぐれた兵士に命令を与え、自分は敵陣へと切りかかっていく。
「おっ俺もっつッ!」
急ぎ追いすがろうとして、着いてしまった折れた足からとんでもない激痛が走る。
「おい! 何をやってるんだ貴様! けが人は避難しろ!」
「俺はイザベラの従者だ!」
「だから何だって言うんだ! そんな体じゃ足手纏いだ!」
「でも!」
「でももくそも無い! その有様を見れば分かる! お前は十分に戦った! 今は俺たちに任せ大人しくすっこんでろ!」
この混乱のさなかにあって兵士の士気は十分に高い。いやイザベラによって高められている。それは遠くに見えるイザベラの周囲を見ればわかる。彼女の元には次々と兵たちが合流していき。そこを中心に反撃の基点となっていた。
「イザベラを……イザベラを頼む」
「ああ任せろ! 命知らずの従者が見てるって姫さんに伝えといてやる!
おい新入り! こいつを避難場所まで案内しろ!」
俺は、後ろ髪を引かれつつも、鎧を着こなれてなさそうな若い兵士に肩を貸され、すごすごと元居た場所へと踵を返す。
その時だった。
「うっうわああ!」
「くっデーモンか!」
一時期気の迷いで本を読み漁っていたので助かった。蛮族の知識はある程度頭の中に入っている。
見るも不吉な漆黒の羽を羽ばたかせ。イザベラたちの背後を掴んと降り立ったのは数体のデーモンだ。
「ひっひいいいい!」
「痛っああ!」
デーモンはかなりのハイクラスな蛮族だ。突然の事にパニックになった新兵は、腰を抜かして倒れ込む!
当然俺もその巻き添えに。もしかしたら繋いだ骨がまたずれたのかもしれない。
「はっ早く……逃げろ!」
俺はあふれ出る脂汗を目にしみ込ませながら、ぼやけた視界で新兵にそう警告する。
「ひっひひ!?」
だが、俺の声は彼の耳には届いていないようだ。彼は腰を抜かしたままガタガタと震えるばかり。
俺の巻き添えで彼を殺させる訳にはいかない。俺は松葉杖を出鱈目に振ってデーモンの注意を――
「ごふっ」
引きつける事には成功した、その代償は俺の死だ。
デーモンの鋭い槍は、俺の胸の中央に深々と突き刺さった。
ゴボリと冗談みたいな量の血が口から吐き出される。心臓は貫かれ、肺はズタボロにされ、脊髄は剪断され……。
「あああああああああああ!」
俺は血しぶきをまき散らしながら全力の雄叫びを上げる。
ギシリと、胸を貫いた槍を握りしめる。
デーモンと目が合う。奴は最初にやけた面をしていたが、それは直ぐに疑問へと変わる。
「ごあああああああ!」
俺は槍を引き抜いた。その反動耐えきれず、デーモンは吹き飛んでいく。
「ここからは
全身を覆う炎のような痛みに苛まれてながら、俺は槍を片手に立ち上がった。
「ステータスオープン!」
二度目ともなれば多少は心構えも出来ている。前回はあまりの事に視界がブラックアウトしかけたが、生憎こっちは押しも押されもされない筋金入りのニートをやっていたんだ。小言を聞き流す事なんて息を吸うように自然な事!
頭の中に流れ込む、莫大な量の情報の洪水から目当ての物を見つけ出す。
「いくぜトンチキども! 人類の英知の結晶見せてやる!」
知りたかったのは魔法の情報。人力検索に運よく引っかかった一つの魔法を俺は唱える。
「闇を切り裂く清浄なる光よ! 我が祈りに答え眼前の邪悪を打ち滅ぼせ! ライトニングアローッ!」
構えた俺の掌から、数十のレーザー光線が発射される。そのまばゆい光はデーモンの群れを一瞬で蒸発させた。
「ばっばかな、初級魔法で、こんな」
「ん? 初級魔法だったのか? これ」
辛うじて俺の検索に引っかかった呪文だ。情報の洪水から拾い出したそれは、山と積まれた百科事典をランダムに捲り、使える情報を見つけ出す行為に等しい。
「まぁいい! 俺はイザベラの所に行く!」
勇者モードは時限式だ、いつこの効果が切れてしまうか分からない。その前にある程度方を付けてやらなければ。
「行くぞイザベラ!」
最初は勇者モードの圧倒的な力に浮かれたものの、冷静になった今では薄ら恐ろしいものを感じている。
何のとりえも無い無能であるこの俺が、何のリスクも無しにこんな力を使えるわけがないのだ。
「だけど今はそんな事言ってる場合じゃねぇ!」
足の骨折は勇者モードに入ったおまけで完治した。俺は石畳を踏み砕かんばかりの勢いでイザベラの元へ駆けて行った。
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