第23話 モンサットの街2
『火の鳥』という名作漫画シリーズがある。あるいは昔話に謳われる『人魚伝説』どちらの物語も不死身の存在となった人間を取り扱った作品だ。
不死身の存在、あるいは不老不死となった人間は、時間の流れからおいて行かれ、次第に世界にそして自分自身に絶望していく様なる。
そう、不老不死というのは「死なない」のではなく「死ねない」という最大の呪いなのだ。
「おっ、俺が……?」
「私は確かに見たっしょ。アンタが一度死んだのを。いや致命傷に匹敵する攻撃を受けたのを」
「おっ、俺……は……」
ガクガクと震えが背筋を這い上がってくる。俺は何なんだ? いったいどうなってしまったんだ?
「大丈夫、大丈夫よケンジ」
イザベラはそう言って優しく俺を胸に抱いてくれた。暖かく柔らかい感触が俺を包み込む。
「おっ、俺は……」
「大丈夫、言ったっしょ。私があんたを守ってやるって」
グルグルと思考が空回りして、上手く考えが纏まらない。勇者モード、不死身の存在、生き返り
「……おっぱい当たってる」
麻痺した大脳を避け、脊髄反射でセクハラ発言をする。いや当たってるというか俺の頭がイザベラの胸に挟まれてるのだ。
「くすっ、特別サービスよ。こんな事滅多にないんだからね」
暖かく、柔らかい、そしていい匂いがする。空回りする思考は、その弾力の狭間に吸い込まれて行く。
ここは地獄か天国かと尋ねられれば、間違いなく天国だろう。俺の様な陰キャには生涯縁が無いだろうと思われていた桃源郷にたどり着いてしまった。
「ここに住みたい」
戦争も、俺の異変も、全てを忘れ、ここに引きこもりたい。
「バッかねアンタ」
イザベラが笑うたびに細かな振動が俺の頭に伝わってくる。いやそれだけでは無い、
聞こえて来るのはイザベラの鼓動、トクントクンとささやかにだが力強く響いて来る。
『大丈夫? おっぱいもむ?』どころの騒ぎでない、俺は今おっぱいと一体化しているのだ。ああ偉大なりおっぱい。俺は今までただの脂肪の塊と下から見下していた。「あのおっぱいは硬いに違いない」とイソップ童話の狐のように、手の届かぬ双丘をさげすんでいた。
だが違う、だが違ったんだよ。
ああ、世界中の
「イザベ……」
俺が一線を超す覚悟を決めた時、ポンポンと頭をなでられる。そして春の日溜りの様な暖かさは遠のいた。
「だいじょうーぶ、私が何とかするっしょ!」
目の前には満面に微笑むイザベラの顔。いや、それはいいからおっぱいを……。
「ケンジさん」
「はっはい! なんでございましょうリリアノさん!」
極寒の殺気を受け、反射的に背筋を伸ばす。
「この世には『礼節』という単語がございます。あまり姫様のご厚意に甘えないようにお願いいたします」
「りょっ了解いたしました!」
★
「勇者計画についても、ちょっち本気で調べないとねー」
「ああそうしてくれ。自分の体がどうなっているのか気が気じゃいられない」
今分かっているのは、勇者モードは時限式で、その変身のトリガーは俺の死という事だ。まぁ「調べたいからケンジちょっち死んでみないー?」なんていう訳にはいかないので、条件を絞り込むために実験を繰り返す訳にはいかない。
皆知ってるか? 死ぬって死ぬほど痛くて苦しいんだぜ?
俺たちはそんな机上の空論をジェンガみたいに積み上げながら時間を浪費する。
「しかし遅いな」
盆暗兄貴への伝令に、一体どれだけ時間をかけているんだろう。
「ボードウィン様はグリフォンで王城へと行かれたようです」
「あの兄貴がそんなに急いで王城へ行くなんて一体どんな用事なのかしら」
情報収集を行ってきたリリアノさんに、イザベラはそう愚痴をこぼす。まったくこの緊急事態に付いてない。
ここで呑気に時間をむさぼっている間にも、リトエンドの街は大変な事になっているというのに。
「残念ながら、そこまでは分かりませんでした」
「そう。まぁそこまで口の軽い子たちを雇ってる訳ないでしょうからね」
現実世界の様に誰でもスマホを持っている訳ではない。魔法を使った通信装置は大型の設置式。それ以外では伝書鳩が現役のこの世界、多くを望んでも仕方がないのではあるが。
ただ待つしかない俺たちの元に、待望の変化の音が響いて来た。だがそれは落ち着いたノックでは無く、城中に響き渡る警報の鐘だった。
「「「まさか!」」」
俺たちは顔を見合わせる。
「大変ですイザベラ様! 至急避難をお願いします!」
カンカンと警報が鳴り響く。
「そんな、早い速すぎる!」
ここはリトエンドから数十キロは離れている。確かに数時間の時を無駄にしたが、幾ら奴らが大軍だと言えあまりにも早すぎる進軍速度だ。いや大軍だからこそ、その動きは鈍くなるというものだろう。
「戦車にでも乗ってんじゃないんだ……か……ら!?」
思い出した、そうだ、思い出した。
「電撃戦だ!」
そうだ、これは電撃戦だ!
突破力のある兵器をかき集め、兎に角早く、兎に角奥へ。敵の反撃を許さず、敵に対応を許さず、電撃の様な速度で進軍する、これは正しく電撃戦だ!
「くそがッ! 何故気が付かなかった!」
どこかで見た展開だと思ってはいた。要塞を築き上げ亀のように縮こまる軍と、その隙を見つけ損害を恐れず一撃必殺突貫する軍、これは正しく第二次大戦のドイツ軍が行った西方電撃戦だ。
「ケンジ! 何その電撃戦……って今はそんな場合じゃないっしょ!」
「ちくしょう!」
敵はワイバーンによる強襲を始めに、ケンタウロスや騎兵など足の速い部隊によって構成されている。
「都市の占領は後回しに、兎に角先へ先へと進むつもりだ」
「あーハイハイ分かった後で聞いてあげる。兎に角今は逃げるわよ!」
ガンガンと城壁が揺れる音がする。パラパラと崩れ落ちる天井の破片を気にしながら、俺たちは城の中を駆け抜ける。
その時だ、ズシンというとびっきり不吉な音が、俺たちの頭の上から鳴り響く。
「イザベラ! あぶねえ!」
俺は咄嗟にイザベラを庇い、彼女をドンと突き飛ばした。
「あっぐああ」
「ケンジッ!?」
「いでっ、いでぇ!」
瓦礫に足を挟まれた! 痛くて泣きそうってか涙が止まらない。
「ケンジさんしっかり!」
「いだっいだだだだ。りっリリアノさん、もっとゆっくり!」
イザベラとリリアノさん、そして危険を教えに来てくれたメイドの人、3人がかりで瓦礫をどけてくれる。
瓦礫の下の足はあらぬ方向へとへし曲がっていた。
「ぐぅうううう」
「ケンジ! しっかりケンジ!」
「おっ俺を置いて先に行け」
俺は歯を食いしばりながらそう言った。
「馬鹿ケンジ! んなこと出来る訳ないっしょ!」
イザベラはそう言って俺に肩を貸してくれるが、そんな事をしていたら逃げるのに間に合わない。
「俺は良い! 俺は不死身の勇者様だ! こんな事位じゃ死なねぇよ!」
「何言ってんのよこの薄ら馬鹿! 次も生き返れるなんて保障一体どこに在るのよ!」
「お前こそ何言ってんだこのわからず屋! おっぱい揉みしだいてやろうか!」
肩に回されている手の角度を変えれば直ぐだ!
「胸位好きに揉めこのスケベ! 今はそれどころじゃない!」
「ぐぅううう」
ホントに揉んでやろうかこのわからず屋。お前が死んだら全ては終わりなんだ。
「ケンジさん、無駄口はその辺で」
今度は逆方向からリリアノさんが肩を貸してくれる。同い年おっぱいと大人おっぱい。2人分、計4つのおっぱいに挟まれるという至福の時間だが、足の激痛がそれを邪魔する。
「早く案内をお願いします!」
「はっはい、了解しました!」
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