第4章 電撃戦

第22話 モンサットの街1

 モンサットの街は、リトエンドから西に数十キロ行った先に在る街だ。辺境の街リトエンドとは違い、王都に近い分その発展ぶりは顕著で、単純に広く大きい。

 王政の国という事もあり、政治経済の全ての中心は王都ミランに集まっているのだが、こと文化に限ればそうではない。高名な芸術家を数多く輩出しており、色彩と音色の街モンサットとの異名があるらしい。


「姫様、どこにおりましょうか?」

「緊急事態っしょ! 勿論直接乗り込むっしょ!」


 中天に上る太陽を背に、街をぐるりと取り囲む城壁を無視して領内に侵入する。突然のグリフォンの来訪に、ボウガンやなんやらが飛んでくるが、イザベラの一喝で黙らせる。


「私はイザベラっしょ! お兄様に話があるのちょっと通すっしょ!」


 上の連中には馬鹿姫だ王家の恥だと煙たがれているが、その知名度とカリスマ性は群を抜いている。俺たちは迎撃に来たこの街のグリフォン部隊に先導されて、モンサット城へと降り立った。


「お兄様は!?」

「それが、ボードウィン様は、たった今王都に向けて出立されたばかりでございます」


 ちっ、間が悪い。いや良かったのか? あのくそッたれの嫌味顔を見なくても済むという事だ。


「そう……まぁいいわ。私達も足が必要なの、ちょっとグリフォン寄越すっしょ!」

「そっ、そんな、わたくしの一存では決めかねます」

「今リトエンドは帝国軍の強襲にあい壊滅の危機なの! うだうだ言ってないで協力するっしょ!」


 イザベラはそう言って居残りの高官に食って掛かる。グリフォンは現代社会では戦闘機に匹敵する超貴重品。好き勝手にそうそう動かす訳にはいかないとは分かっているが、事なかれ主義の官僚の相手はイライラする。


「なぁあんた、一頭でいいんだ、ちょっとの間貸してくれないか?」


 ここは勇者パワーの発揮し所。普段なら絶対に好き好んで表に出る様な真似をしない俺も、ここぞとばかりに一歩前に出る。


「なんだ貴様は!」


 不審者からグリフォンおたからを守ろうと、衛兵たちが槍を向けて来る。いやいや、確かに俺は怪しい奴かもしれないが、一応イザベラの同行者だぜ? そう気軽に槍を向けんなよ。

 市井の者ならいざ知らず、上の連中は王族の威光に染まっちまっているという事か情けない。


 まぁ、超高速で放たれるボウガンの矢ですら俺の体には効かなかったんだ、槍を向けられたぐらいじゃ、俺の行動は止められない。

 俺は、突き出された槍をむんずとつかみ――


「あいったぁあ!?」


 スパンと手が切れた。流石は芸術の街、切れ味も芸術的だ。


「馬鹿かこの男?」


 掌から血をしたたらせる俺に向かい、その衛兵は不思議な顔をして俺を眺める。そんな顔すんなって、不思議なのは俺の方だ。


「ケンジ……あんた……」

「いや待って、ちょっと待ってイザベラ!」


 おかしい、こんな筈じゃなかったのに。なんだ? 勇者モードは時限式なのか?


「分かったわ。兎に角今すぐお兄様に連絡を取って。その間待たしてもらうから」


 手を抑え、地面に蹲る俺を不憫に思ったのか、イザベラはそう言って引き下がった。うう、こんな筈じゃなかったのに。


 ★


「ケンジさん、あのような真似をして、一体どうしたのですか?」


 こいつの頭大丈夫か? リリアノさんはそんな視線を俺に向けながら手当をしてくれる。


「いっいや、ちょっと……あれ?」


 何だろう、涙が……。

 一体俺の体はどうしたっていうんだ、折角無能から抜け出して勇者モード全開の栄光ロードを突き進めると思ったのに。


「……ケンジ、アンタ覚えてないの?」

「何をだ?」


 最強無敵の勇者モードの事なら覚えている。覚えているからこそ、あんな行為に出たのだが。

 イザベラはたっぷり一呼吸悩んでから、重い口を開いた。


「……ケンジ、あんたなんで生きてるっしょ」

「ほぇ?」


 何でも何も、生きてるもんは生きている。勇者モードの副作用的サムシングで自動回復がかかったからだ。変身中が無敵なのはこの世界でも共通のマナーという事なんじゃないのか?


「……ケンジ、アンタは頭撃ち抜かれて死んだ筈っしょ」

「……はぇ?」


 ボウガンの矢が目に突き刺さった所までは覚えている。そこから超絶的な反射神経で矢を止めて、ウルトラかっこよく引き抜いたんじゃなかったっけ?


「私は確かに見ていたわ。アンタが頭に矢を食らい、後頭部まで貫かれたのを」


 イザベラは真剣な面持ちでそう喋る。一体何を言っているんだこいつは、そんなことされたら……とても痛いじゃないか。


「姫様……一体何を」


 リリアノさんも不思議そうにそう呟く。手綱を取るのに精一杯なリリアノさんは、背後の様子なんて気にしている余裕が無かった。彼女にしてみれば、一体なんのおとぎ話と言った所か。


「回復魔法なら聞いたことはある。使い手はとても少なくて、王城でも数える位しかいなかったけどね」


 そうなのだ、剣と魔法の世界であるこの世界だが、攻撃魔法の充実っぷりに反して回復魔法はそうでもない。まぁどんな傷でも一瞬で治せるなんて、それこそチートが過ぎるってもんだが。


「けどねケンジ。蘇生魔法なんて夢物語。私は目が覚めている間には聞いた覚えはないっしょ」


 寝言は寝て言えという事か? 俺にそんな事言われても……。


「けど、俺はこうして生きている。お前の見間違いなんじゃないのか?」

「私の目の良さは知ってるっしょ。決して間違いなんかじゃないわ」


 イザベラは複雑な表情を浮かべ俺を見つめて来る。その様子に怖くなった俺は、テーブルの上に置かれた調度品におっかなびっくり手を伸ばす。


「ケンジさん、何を?」

「ちょっ、ちょっと黙っていてくださいリリアノさん」


 ボウガンの矢を音速を超え投擲できるほどの腕力だ、こんな装飾過多な花瓶なんて――


「ふっつあああああああ!」


 だが、どれだけ力を込めようと、罅の一つすら入らない。


「くっ、ステータスオープン!」


 しん、と部屋を静寂が支配する。


「どっ、どうしたんだ俺の体は!?」


 最強無敵の俺伝説が始まるんじゃなかったのか?


「勇者計画における要求の一つに、不死身の存在という一文があるというわ。今までそんなことある訳ないと思ってたけど、アンタもしかして……」

「死んで、生き返った?」


 あるいは死ななかった? ボウガンで頭をぶち抜かれても死ななかった? いや一辺死んで生き返った? 


「……俺は……人間なのか?」


 死を超越した存在、それは人間といえるのか?

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