第4-2話 ニート万歳2

「ケンジー。見回り行くわよー」

「はいよー、姫様」


 イザベラは定期的に領内の見回りを行っている。それは衛士とかの仕事じゃないかと思わなくもないが、彼女の武術の腕は天下一品とまでは行かなくとも、ゴブリン程度ならば軽くあしらえるほどの腕前だ。それに彼女には凄腕の魔法使いであるリリアノさんも付いている。戦力面での問題と言うものは存在しなかった。

 不安材料と言えば……俺だ。マウスやゲームパッド以上に重いものを持ったことの無いこの俺に剣はとても重かった。おまけに魔法の才能が無い事もリリアノさんのお墨付き。おれは継子のおまけ扱いだ、ペット枠と言ってもいい。まぁ、イザベラに付き合わされるうちに馬には強制的に乗れるように放ったのだが。


 本日の目的は勇者の祠。町はずれに存在するここは彼女のお気に入りの場所らしい。


「んー、良い風。やっぱりここからの景色は最高っしょー」


 彼女はそう言ってポニーテールを風に揺らす。小高い丘の上に存在する祠からは領内が一望できた。


 記念すべき始まりの地。まぁ王国にとっては黒歴史の恥ずべき地だが、俺にとってはこの世界への扉であった場所だ。


「なあ姫様。この祠の解析とかは行ってないのか?」


 元の世界に戻りたいなどはこれっぽっちも思わないが、ここを解析すれば俺の秘められた力が判明する可能性があるのではないか。おれは微かな可能性にすがるようにそう尋ねた。


「んー、何々ー。ケンジったら、ここの祠に興味あんのー?」

「まぁ、思い出深い場所だからな」

「あっははー。さっすがは勇者様。けどここを弄ったって何も出て来やしないわよー」

「むぅ……」


 そうそううまい話は無いと言う事か? だが俺としても今後の人生がかかっているのだ、そう簡単にあきらめる訳にはいかない。


「スズキケンジさん、召喚術に興味がおありなら、お屋敷に資料がございますが?」

「ああいや、召喚術に興味と言うか、勇者伝説に興味があるんです」


 屋敷にあった資料を漁った結果。勇者伝説には興味深いと言うか、非常に引っかかる記述を見つけていた。

 それは無敵の勇者を召喚するにあたっての安全装置である。

 王命には絶対服従の契約を掛けるだけでは、王弟閣下は安心できなかったのだろう。勇者には自爆装置も付けられていた。もし万が一俺にその自爆スキルが付与されていたとしたら、とてもじゃないが枕を高くして眠ることは出来ない。

 まぁ……日々の業務の疲れで、毎日泥のように眠ってしまっているのだが。


「あっははー。やっぱケンジって自分の事を勇者だと思ってる感じー?」

「べっ、別にそんな事はねぇよ」


 剣も魔法も使えない、知力体力だって人並み以下のクソ雑魚勇者なんて居る筈がない。俺は所詮は引きニート。こうやって無事に社会復帰しているだけでも、俺自身をほめてやりたいものだ。だから俺に休みを下さい。


「けど実際、かつてどういった術式が使われたなんて詳細な記録はのこってないしー。まっ諦めるしかないんじゃない?」

「むぅう……」


 記録が残っていないと言う事は、自爆スイッチ自体も失われていると言う事だ。その事実に納得するしかないのだろうか。


「姫様」


 俺とイザベラが話をしていると、リリアノさんの硬い声が響いて来た。


「なになにー。って奴らか」


 イザベラはそう言うとショートボウに手を伸ばす。リリアノさんの視線の先、森の片隅にはゴブリンの姿があったのだ。


「アイツらここにはよく出て来るのか?」


 俺も腰に吊るした剣に手を伸ばす。今の腕では心もとないどころの話ではないが、無手で対峙する事なんて考えただけで身がすくむ。


「んー、最近チラホラとねー。ちょっとよくない感じよねー」

「姫様。やりますか?」


 リリアノさんは、ゴブリンたちを威嚇する様にスタッフを向けそう言った。彼女がほんの少し魔力を込めれば、魔法の矢がかっ飛んで行くだろう。

 ゴブリンたちは危険を察したのか、キキッと言う声を上げて、森の奥に引っ込んでいく。


「あー、いいしいいし、深追い禁止。みんなには、森は今ヤバイから近づかないように言わないとねー」


 ゴブリンの姿が見えなくなると、俺はゆっくりと剣から手を離す。掌には粘つく汗がべったりと湿っていた。


「ふぅ……」

「あっはっはー。ケンジったらマジビビってんの。私たちが居るんだから安全に決まってるっしょ」

「そっ、そうは言ってもだな」


 俺はもごもごと口を濁す。女に庇われて恥ずかしい、そんな思いは魔法使いであるリリアノさんに、剣の腕でコテンパンに負けた時に捨て去っている。

 だが小物には小物のプライドがある。せめて何時かは一泡吹かせて……それが無理ならかすり傷でも負わせてやると未来の俺に期待する。


「しかし姫様。最近の蛮族の動きは少々危険な面がございます」


 冷酷な瞳で最後まで森の方を眺めていたリリアノさんは冷たい声でそう言った。


「んーそうねー。リリアノ、お父様に報告は?」

「もう送っております」

「さっすがリリアノっしょ、だったらお父様が考えてくれるっしょ」


 ここ、リトエンドの街とザトレーア帝国の間には大軍を進攻するには極めて不向きな、深く険しいデノスハイムの森がそびえている。ザトレーア帝国が攻めて来るとしたら国境東部に位置する堅牢堅固なエマン・スターク要塞、ラスコー防衛線を避け、北東に位置するダルム公国方面から攻め込むであろうと予想されていた。

 実際にかつての進攻ルートはそこからだったし、現在も帝国軍はそこを中心に配備されているそうだ。


「んー、しかしこの布陣、何処かで見た様な記憶があるんだよなー」


 何のゲームだっただろうか、俺は濁った頭でそんな事を考えていた。


 ★


「姫様、収穫は御有りでしたか?」

「んー、ゴブリンがチラホラと湧いてたわねー。気を付けるように言っといてー」

「了解でございます。リリアノ嬢が付いているとは言え、姫様もあまり危険な事はしないように」

「あっはっはー。分かってる分かってるっしょ。心配性なんだからアンドリューは」


 勇者の祠から戻った俺たちをリトエンド防衛隊長のアンドリューさんが出迎えてくれた。彼は髭面をくしゃりとゆがめて大笑いする。彼は正反対の筋骨隆々の大男、いかにも頼りがいのある歴戦の武人と言った感じの好々爺だ。

 リトエンド防衛隊と言っても、所詮は小さな開拓街、その総勢は数十にしか満たない。アンドリューさんは王城では結構な地位にいたそうだが、それを蹴っ飛ばして――あるいは何かしでかしてか、こんな小さな部隊の隊長職に収まっている。まぁ何があってこんな所にいるのか聞く気はないが、兎に角頼れる人物と言う事に間違いはない。


「おう、坊主は足手纏いにならなかったか?」


 アンドリューさんはそう言って俺の背中をバシバシと叩く。

 足手纏いにならなかった? なるに決まってるだろ、まぁ今回は未遂に終わったが。


「あっ、いえ……はい」

「がはははは。いかんぞそんな事じゃ。どうじゃ坊主、儂の所に来て鍛え直してみんか?」

「えっ? いや……その……」


 勘弁してください。一日と持ちません。


「あっはっはー。ケンジに何言ってんのよー。コイツったらまともに剣も振るえないのよー」


 ほっといてくれ、人には向き不向きがあるのだ。ちなみに俺が向いているのはベッドでゴロゴロする事である。


「いかんぞー坊主。まぁ、気が変わればいつでも来い!」


 アンドリューさんはそう言って俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。この街の門を預かる彼にとって、ここの住民はみんな孫みたいな存在なんだろうか。


「あっ、はい、気が変われば……」

「そうじゃそうじゃ! 男は何と言ってもこれじゃこれ!」


 彼はそう言って力瘤を見せてくれる。軽く俺の胴位はある力瘤だ、憧れない訳じゃないけど、疲れるのはなぁ……。


「あっはっはー。頼りにしてるからねアンドリュー」

「勿論です、この街の治安は我らにお任せ下さい!」


 俺はイザベラとアンドリューさんが笑顔で会話するのをじっと眺めていた。

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