第5話 執事days

「ステータスオープン!」


 目覚めの第一声は今日も空振り。この世界にはお手軽に自分の能力を余すことなく確認できる方法は無いようだ。


 チート能力がもったいぶって出てこないなら、科学の発達した現代知識でチート生活……とはいかなかった。ネットが無いこの世界じゃ、俺が抱える知識なんてごくわずかの微々たるもの。

 幾つかの失敗を重ねて、お約束のマヨネーズを作る事は成功したものの。それ以上の事はなしえる事は出来なかった。ペニシリンってどうやって作るんだっけ? アカカビ? アオカビ? どうやって見分けんの? FPSのテクニックって現実生活でどうやって生かしていけばいいの?


 ★


 残念ながら快適生活はそう長く続かなかった。俺のあまりのグダグダっプリに業を濁したリリアノさんが、働くか出て行くかの選択を迫って来たのだ。

 俺としては何とかベッドにしがみ付きたい所だったが。無一文で異世界に放り出されてはかなわない。なんせ街から出たらそこらにモンスターがうろついている様な無法地帯。速攻で野垂れ死ぬことが想像できた。


「……………………働かせてください」


 イザベラのニヤニヤとした視線を感じつつも、おれはリリアノさんの軍門に下ってしまった。


 執事見習いの朝は早い。最近ようやくと早起きに慣れて来たが、長年しみついた生活スタイルは中々に抜けがたいもの。おれは欠伸をかみ殺しつつ、厨房へと足を運ぶ。


「あー、エランさんおはようございます」

「はいよおはよう、今日も眠そうだねケンジ」


 この屋敷にはリリアノさんを含め幾人かの使用人が働いているが、厨房ではシェフのエランおばさんが、火を起こしている真っ最中だった。


「エランさん、リリアノさんは?」

「彼女ならいつも通り姫様の所だよ、何か用事かい?」

「いや、居ないならそれでいいよ」


 イザベラの私室は男子禁制の聖域だ。ましてや素性の知れないこの俺がおいそれと気軽に立ち入れるような場所では無い。


「エランさん、何かやる事は?」

「そんじゃ、いつも通り野菜の皮むきをやってもらおうかね」


 彼女はそう言って野菜の入った籠を指さす。熟練の腕前を持つ彼女に比べればお粗末と言う言葉では物足りない事だろうが、それでも彼女は俺を見捨てずこうやって仕事を与えてくれる。指のけがは日に日に増えるが、ナメクジの歩みでも少しは進歩していると思いたい。


「アンタの発明したマヨネーズだっけ? ありゃ評判良いよー。けどおかしな子だねぇ、あんなものを作れるくらいならもっと料理が出来そうなものだけどねぇ」

「いやまぁ、数少ない特技でして」


 俺は苦笑いしながらそう誤魔化す。卵と酢と油さえあれば何とかなると思っていたが、上手く乳化せずに、冷や汗を流しながら撹拌し続けた事を思い出す。今ではエランさんの方が俺なんかよりよっぽどうまく作ることが出来る。


「一気にぶち込まないで、油を後で入れるのがコツだったんだな」


 俺はぶつくさと独り言を言いつつも、ジャガイモの皮むきを始める。正確にはジャガイモとは別の物なのだろうが、俺の知る中では極めてそれに近い野菜だ。


「おっはよーみんな、あっケンジも居るねー、良きかなー良きかなー」


 そうこうしている内にイザベラが厨房に顔を見せる。本来ならば姫様が顔を出すような場所ではないが、この屋敷にイザベラを阻む扉なんてありはしない。彼女は厨房にいる一人一人に挨拶をかわしていき、上機嫌のまま外に出て行った。


「まったく、陽キャの極みだよなー」


 イザベラを見た王様が、太陽が服を着て歩いている様だと言ったとか言わないとか。常に日陰を好んできた俺とは真逆の存在だ。彼女がもし第13王女なんて末席の存在でなければ、もっとなんかこう、遥かな高みに行けたかもしれない。


「いや……そうなったらそうなったで、前途多難ってレベルじゃねぇな」


 カリスマはチートレベルに高いがノリもそれと同レベルに高すぎる。彼女のノリについて行けない人たちも、彼女に惹かれる人と同じ割合で出て来るかもしれない。


「TPOに合わせたって痛ったーーーー!!!」

「あはははは、さっきからブツブツと集中してないからそうなるのさ」


 うう、またしても血塗れジャガイモが出来上がってしまった。今日の俺の朝食は他の皆よりも塩味の効いた一品だ。


 ★


 さて、執事見習いとは言え、イザベラのお付の仕事はリリアノさんがいれば事足りてしまう。俺にできるのは掃除洗濯などの力仕事である。それがまた辛いのなんの。科学技術の代わりに魔法技術が発展しているファンタジー世界なら、魔法の力で動く洗濯機ぐらいあってもいいものだろうに、生憎とそんな都合のいいものは存在してはいなかった。まぁそもそも俺は魔法なんて使えないが。

 あと、残念ながら俺が担当するのはシーツやタオルなどの雑に使える大物だ。服や下着などの繊細なものは扱わせてもらえないので、潤いなんてありはしない、ただ純粋な肉体労働がそこに在った。


「ラッキースケベの一つや二つ、期待しても罰は当たらないだろうになー」


 イザベラは大ぴらに見せつけてくれるが違うのだ。恥じらいと言うスパイスが無い大味な料理では俺の繊細な舌は満足できないのだ。


「ラッキースケベとは何のことですかな?」

「なっ何でもありません執事長!」


 俺のボヤキに耳聡く反応したのは執事長のダニエルさん。五十路を超えるベテランで俺の上役に当る人だ。


「結構、何かは知りませんが不穏な響きを感じる単語です。今後みだりにその言葉を発しないように」


 言語チートがスラングまで翻訳する仕様じゃなくて助かった。彼はリリアノさん以上に礼節を重んじる人だ。もしそんな彼にラッキースケベの意味が翻訳されて伝わっていれば下手すると女人接触禁止令が出ていたかもしれない。


 ★


「状態開示!」


 血管がブチ切れる位集中しても、日本語で言っても、何をやってもステータスウインドウは現れてくれない。俺の秘められしスキルは一体どうすれば判明するのだろう?


「きゃはははは、まーだやってんの、ケンジ」

「うるせーですよ、姫様。こっちは必死なんだ」


 周囲に誰も居ない事を確認して、日課の作業を行っていたつもりだったのだが、生憎と二階の窓から一部始終をイザベラに目撃されていた。


「それにしても熱心ねぇ。そんなにチートスキルとやらは大事なの?」

「当たり前だ、俺の人生を左右する重大なポイントだ」


 折角異世界くんだりまでやって来たのだ、チート能力を駆使してのハーレム生活は男の夢である。まぁ、カマドウマみたいな現実世界よりは100万倍ましだが。


「お前にはそんな願望はないのか?」

「んー……悪銭身に付かずって言うじゃん。そんな取ってつけた様なモノ、直ぐにメッキがはがれちゃわない?」

「……ギャルの癖に、妙に枯れた思考だな」


 無敵願望に、男も女も無いだろうが、どうやらイザベラはそうではないらしい。まぁチートスキルなんてものが無くても、彼女は今のままで十分に輝き、そして満たされている。

 そんなものを必要とするのはルサンチマンにまみれた奴、即ち俺の様な小者がメインだろう。


「まー精々頑張んなー。あーそうそう、リリアノが探してたわよー」

「へっ、それを先に言え姫様!」


 気が付けば昼休み時間は終わっている。午後からは庭掃除の時間だったはずだ、俺は急ぎ庭園へと走って行った。


 ★


 一日の仕事が終わり、俺はベッドに横たわる。


「イザベラか……」


 アイツは身寄りの無い俺を救ってくれた恩人だ。だが、なんで何も取り柄の無い俺を気に掛けてくれるのだろう。彼女が太陽とすれば俺は正に石の裏に潜むダンゴムシ。とてもじゃないが惚れた腫れたの想いで引き取ってくれたとは思えない。精々いい所で、雨に濡れた野良犬を拾ってきたと言うものだろう。


「リア充生きろ。リア充蒼天に輝け」


 社会人生活は、辛く厳しいものだ。日の出とともにおき、日が暮れるまで働く毎日。カーテンを閉め切った部屋で上げ膳据え膳、気絶するまでゲームに没頭する日々とは真反対である。

 生活力皆無なこの俺が、家電製品なんてものが無いこの世界で家事雑事をこなすのは、筋肉痛に悶え苦しむ日々。


「ステータスオープン!」


 万感の思いを込めてそう叫ぶも。今夜もステータスウインドウは現れてくれない。

 残念ながら、非常に残念ながら。ひっじょーに残念ながら、俺にチートスキルは備わっていない確率が高いらしい。

 ……かもしれない。

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