第6話 お客様

「リリアノさん、姫様宛に郵便が来てますよ、なんか目茶苦茶勿体ぶった奴」


 それは蜜蝋によって封がなされた巻物だった。証印の見分けなんてつかない俺には、兎に角むやみやたらに偉そうな手紙としか思えないが、一体どんな手紙なんだろう。

 ところが、リリアノさんはそれを見るなりキラリと眼鏡を光らせると、ふんだくる様に手紙を奪い、早足でイザベラの私室へと向かっていった。


 ★


「姫様。シュタニア様からの書状でございます」

「げっ、お姉さまからの書状? なんて書いてんの?」

わたくしが勝手に開ける訳にはいきません。お早くご確認願います」


 リリアノさんから書状を受け取ったイザベラは、眉を顰めつつも丁寧にその手紙の封を破る。

 シュタニア様と言ったか、イザベラの態度から察するに、あまり歓迎出来ないタイプの人のようだ。それにしてもイザベラのあんな顔は始めて見た、やっぱりアイツにも苦手なものはあったんだ。

 俺がそんな事を考えつつ彼女の様子を眺めていると、その手紙に目を通したイザベラは、さも面倒くさそうに机の上に放り出した。


「姫様、シュタニア様は何と?」

「ちょっと中央に用事があるから、その途中に顔見せるって」


 イザベラは眉を顰めつつそう答える。


「あのー、シュタニア様って誰ですか?」

「こーら、ケンジ。お姉さまの前でそんな口きいちゃ絶対だめよ。あの人マジヤバイんだから」


 マジヤバイ人らしい。

 俺が小動物のようにそわそわしていると、リリアノさんがため息まじりに説明をしてくれる。


「スズキケンジさん。シュタニア様はイザベラ様の姉君、第7王女で有らせられます」


 ふむふむ。まぁ話の流れからそうだろう事は想像が付く。


「で、姫様とは仲が悪いんですか?」

「その様な事はありません。シュタニア様は聖女と呼ばれる程のお方でございます。ただ……」

「ただ?」

「甘いと言うか甘すぎるのよねー、あと敵には容赦ない」


 それの何が問題だと言うのだろう。甘やかしてくれる大人のお姉さまなら大歓迎だ。


「はいはいそこ。勝手な妄想で鼻の下伸ばさない」

「のっ伸ばしてないわ!」


 いやまぁ、イザベラの肉親で聖女とよばれる人だから美人である事は間違いないだろうと妄想はしていたが……。

 俺が焦って言い訳をしていると。2人は顔を突き合わせて何やらヒソヒソと話をし始めた。


「これってやっぱしケンジの……」

「ええおそらくは……」

「おいおいなんだよ、人の噂は本人が居ない所でしてくれよ」


 照れるじゃないか。


「あー、んっとね。さっき言った通り、シュタニア姉さまは身内にはトコトン甘いの」

「ふんふん」

「だから、大事な身内を傷つけるものには容赦しない、この意味わかる?」

「ふんふん?」


 さっき言った敵には容赦しないって事か? この世界における人間の敵は即ち蛮族、つまりはモンスターだ。あーそう言えばかつての世界には、神の名の元に大砲をバンバンぶっ放す聖女様が居たって話だが。


 ところが、2人の視線はじっと俺に注がれている。


「……俺?」

「そうあんた」

「なんで?」


 俺はイザベラの敵ではない。何処にでもいるただの小動物だ。


「多分姉さまはどっかでアンタの噂を聞いたんでしょうねー。私が新たに人を雇ったって。でっ、そいつがどんな奴か、私に害をなさないか、見極めに来るって訳よ」

「……それ、ヤバくね?」

「そう、ヤバイ」


 得意な事は足を引っ張る事と手を抜くこと、苦手な事は役に立つ事。そんな何処の馬の骨とも分からない怪しい男が、大事な身内の近くに付きまとっていると知った聖女様がどんな行動に出るか……。


「首?」

「あー、首ならまだいいかもね。悪けりゃ前線送りだわ。ラスコー防衛線の最前列で、朝から晩まで穴掘り生活ね」


 そ・れ・は・ま・ず・い!


 俺はチート能力を駆使してちやほやされるために異世界に来たのだ――まぁ自分の意思で来た訳ではないが。何が悲しくて、塹壕生活を送らなきゃならない。


「死ぬ、死んでしまう!」


 お屋敷のお手伝い程度の生活でも、筋肉痛とお友達なのだ。塹壕生活なんて送った日には三日と持たないだろう、ニート嘗めんな!


「姫様。シュタニア様は、いつ頃お着きと仰っているのですか?」

「日時は書いてないわ、帰りの途中で寄るってしか。けどこの手紙が着いたってなると――」

「いっイザベラ様!」


 激しいノックと共に、メイドの1人が部屋に飛び込んでくる。


「着いたみたいね」


 イザベラはそう言って顔を手で覆ったのだった。


 ★


「イザベラ! ああ可愛い私の妹イザベラ!」


 シュタニアさんはイザベラを目にするや否や、イザベラの返事も待たずに厚く抱擁する。


「イザベラ、大丈夫でしたか? 私は貴方の事が心配で心配でたまりません。なにか困ったことは無いですか? 酷い目に合っていませんか? 食事はきちんと取れていますか? 睡眠はちゃんと取れていますか?」

「あーもう、大丈夫、大丈夫だから、離して姉さま!」


 心配性のおかんを彷彿とさせる怒涛の質問攻撃に、イザベラはたまらず白旗を上げる。流石は母は強しと言った所だろう……姉だけども。

 それにしても予想通り。いや、予想をはるかに上回る美人だ。おまけにスタイルも抜群、凶悪なまでのあの胸は何カップあるんだろう?


「そうですか、それは何よりです。貴方は昔からがまん強い子でしたから、何かと無理をしていないか心配なのです」


 ……こいつの何処を見れば我慢強いなんて言葉が出てくるのだろう。やりたい放題にやってる風にしか見えないのだが。


「それにしてもお父様もお父様です。可愛い子には旅をさせよとは申しますが。こんな子供に領土を押し付けるなんて」


 この国では15歳になると、一人前の成人として認められるそうだ。そして王室のしきたりでは、成人を迎えたものは領土を与えられ、そこでどうやって行くかで、それぞれの器を計られる。

 通常ならばそれは男児のみに与えられる試練なのだが、現国王は男女の区別なくその試練を分け与えた。


「大丈夫、大丈夫よ姉さま。姉さまだってやった事じゃない。私にだってやってやれない事じゃないわ」


 ちなみにイザベラは俺と同じく16歳。領土を与えられてわずか一年で、あるいは一年たってもあれだけの人気を誇っているのは驚異的なものだと思う。少なくとも、俺には逆立ちしても真似できない。


「そうは言っても、心配なものは心配なのです。私は領土を下賜されてから直ぐに、いいご縁がありましたわ。

 内助の功として領土経営には携わらせて頂いてますが、それでも経営の大変さは身に染みて分かっています。貴方にはダニエルを貸し与えましたが、彼は上手くやっていますか?」

「ええ勿論よ。って言うかぶっちゃけ細かい事は彼が全部やってくれている様なものよ。大助かり」

「それは良かった」


 領土を運営するには優秀なスタッフが当然いる。イザベラは執事長のダニエルさんを始め、そのスタッフの多くをシュタニアさんから紹介してもらったと言う事だ。

 まぁそれも当然。いくら王女とは言え、高々15・6の小娘が優秀な官僚を山ほど連れて地方に旅立てる訳は無いのだ。


「領土を動かすには、多くの助けが必要です。人は宝、貴方が幾ら優秀でも、彼らが居なければ成り立たなくなってしまいますよ」

「ええ、分かってるわ、お姉さま」


 イザベラはそう言って誇らしげにほほ笑んだ。


「そう、人は宝石の様なものです。

 ……ところでイザベラ。貴方はまだまだ若輩の身。宝石の真贋の見極めには年季が足りないと言わざるを得ないでしょう」


 シュタニアさんはそう言って俺に冷たい視線を向けたのであった。

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