第7話 面接

「そこの貴方、名前は何とおっしゃって?」


 イザベラたちと話してる時とはうって変わって。底冷えのする声と視線が俺に向けられる。


「すっ、鈴木!健二れす!」


 俺は直立不動で返事をする。あまりの緊張に噛んでしまったがご愛嬌……という訳にはいかなかった。


「挨拶すら満足に出来ぬとは、よほどの田舎者みたいですわね」


 氷点下の視線に脂汗がダラダラと落ちる。俺は基本的にコミュ障の引きニートなのだ、イザベラの様に引っ張ってくれるならいざ知らず、こういう風に高圧的に来られると、ダンゴムシみたいに萎縮してしまう。

 あまりの恐怖に助け舟を期待して、ふらふらとイザベラの方に視線が泳ぐ。


「私は貴方とお話をしているのです。ちょっと返事に窮したからと言って婦女子の力を期待するなど情けない」


 ニートの俺でも知っているこれはもしかして圧迫面接という奴なのではないだろうか。


「貴方、ご出身は?」

「にっ……日本れす」

「二ホン? 聞いたことのない場所ですわね」


 それはそうだろう、この世界にはない地名だ。


「こっ、ここから、遠く離れた場所……です」


 そう、彼女が想像するよりもずっと遠い、けして歩いてはたどり着けない場所だ。


「怪しいですわね……まぁいいですわ。それで、貴方がイザベラの元へ潜り込んだ目的は何なのかしら」

「いっ……生きる為……です」


 か弱い俺は、独りぼっちだと死んじゃうんです。


「生きる為? ますます怪しいですわね」


 シュタニアさんの表情はますます厳しくなっていく。おいどっかの色男『そんな顔してたら折角の美女が台無しだよ』とか言ってお持ち帰りしろ! 今なら許す!


「あっ怪しくなんてないれす! 俺は無力なんでしゅ!」


 きょどりまくりの噛みまくり。コミュ障の本領発揮だ! ……早く帰りたい。いや今の家はここなんだが。


「ほう、無能であると」


 無力だとか弱い感じがするけど、無能だと救えない感じがするのは何だろうね。


「イザベラ、やはりこの男をここに置くのは許可できません。無能な味方は有能な敵よりも脅威であると言う言葉もあります。この様な怪しげな男、今すぐこの屋敷から叩き出すべきです」


 くそ、この美人。すこし美人だからと思って調子に乗りやがって。そのおっぱいには包容力は込められてないのか? 見かけ倒しの風船か? 風船だったら触らせろ。少し空気を抜いて内実に見合った容量にしてやる。そのデカさだ三日三晩もみしだかなきゃいけないだろうけどな!


「不穏な視線を感じますわね。なにか文句がおありでも?」

「なっなんでもないです!」

「そうですか、出て行くことに文句は無いと」

「あっ! ありましゅ!」


 だから出てッたら死ぬって言ってんだろ! 言ってないけど分かれよ!

 マジで号泣5秒前と言う所で、ようやくと助け舟が訪れた。


「まぁまぁ姉さま、長旅お疲れでしたでしょう、軽いお食事でもいかがですか?」

「食事? こんな時にですか?」


 全くだ、俺が泣きそうな目にあっているのに。呑気に食事だなんてイザベラの奴は何考えてるんだ!

 ところが、運ばれてきた軽食とやらを見て納得がいった。


「……マヨネーズ」


 そう、それはマヨネーズソースを使ったサラダだった。


「なんですの? このソースは?」

「いーからいーから、私を信じて一口食べてみて」


 厨房担当のエランさんは優秀な人だ。俺が教えた不出来なマヨネーズだが、今では改良に改良を重ね。とびっきりの一品に仕上がっている。


「もちろん貴女の事は疑っておりませんが……」


 疑ってない物の、なぜ今ここでこんなものを食べなければならないかが疑問なんだろう。しかし、そこはイザベラ。彼女の得意技である押しの一手でなんとかシュタニアさんに試食してもらう事に成功した。


「あら、不思議な味ですわね。コクがあってとってもなめらか。酸味の中に甘みもあり、野菜の味を引き立てますわ」

「へっへー。そうっしょそうっしょ。私も最近お気に入りなんだー。でね、それを開発したのはー」


 イザベラはそう言って俺を指さす。

 俺は精一杯の愛想笑いを浮かべつつ。シュタニアさんに会釈をした。


「……どのような無能でも、一つぐらいは取り柄があると言う事ですか」

「えっえへへへへ」


 俺は一体どういう表情をしているのだろうか。シュタニアさんは気味悪いものを見たように顔をしかめる。


「貴方は料理人見習いと言う事なのですか」

「あっいえ、あーいや、はい」

「はっきりしなさい!」

「ひっ! いっいえ! 厨房はエランさんの担当です!」


 マヨネーズなら何とか作れるようになったものの、それ以外はからっきし。野菜の皮むきでさえ満足に出来ないのが現状だ。


「はやり無能ですか」

「けっけど姉さま! このソースを売りに出したら大ヒット間違いなしっしょ! リトエンドの名物誕生っしょ!」

「……それは、そうではありますが」


 料理で町おこしとはよくある企画だが、その再現性が難しければ難しいほど効果は高い。マヨネーズなんて、食っただけではとてもじゃないが製造法が分からない物ならばっちりだろう……まぁネタバレしてしまえば簡単にパクられてしまうものだが。


「それに、ケンジを拾ったのは勇者の祠なんだよ。なにか運命的なものを感じるっしょ」

「勇者の祠などと。王室の恥ずべき歴史ではないですか」


 あの時敵の親玉が死ななければ、勇者計画の失敗は王国にとってまさに致命的な失敗となっていた。完璧主義なシュタニアさんの感性からしたら。勇者計画なんて闇に葬ってしまいたい過去の遺物と言う事か。


「そっかなー、私はそう思わないけどなー」


 勇者の祠はリトエンドの数少ない観光名所の一つである。まぁゴブリン出るけどな! 俺、襲われて死に掛けたけどな!


「もしかしたら、ケンジは勇者なのかもしれないっしょ」


 明るく笑うイザベラのその言葉に、俺は曖昧な表情で頷いた。


「この無能が勇者ですか、無様な計画に相応しい結果ではありますがね」


 シュタニアさんはそう言って鼻で笑う。まぁ確かに伝説の勇者として呼びだれたのがマヨネーズしか作れない無能ならば、俺だったら金返せと言う場面だ。


 そもそも、隣国である蛮族の国ザトレーア帝国とは、軍事的な緊張を保った小康状態。今すぐに勇者が必要な場面では無い。


 シュタニアさんはフォークを机に置くと深々とため息をつく。


「100歩譲ってこのソースの出来は認めましょう。ですが私は決してその男を認める訳にはいきません。嫁入り前のその身の周りに、悪臭を発する害虫が纏わりついていると噂になれば、一体どんなことになるか」

「あー、それ、もう遅いっしょ。ケンジが愉快な奴だってこの街で知らない奴は居ないっしょ」


 イザベラはそう言ってけらけらと笑う。そんな事は初耳だ。確かに一日10回ぐらい些細な失敗を重ねているものの。元ニートなりに頑張っているんだ。笑われたくて笑われてるんじゃないやい!


 シュタニアさんは再度地獄の底の様なため息をつく。


「イザベラ、貴女はこの男の何処がそんなに気に入ったのですか?」

「見てて飽きない所っしょ!」


 イザベラは満面の笑顔でそう即答する。慣れない事に頑張っている不器用な俺に惚れたと言う事か。俺はなんて罪深い男前なんだ。


「ちょろちょろ、こそこそ、誰にもばれてないと思って自分のミスを隠してる所なんて笑えるし」


 そこで無能を強調しないでもらえますかねぇッ!

 くそ、俺はやっぱり無邪気な小動物枠だったのか。まぁ別に? イザベラもとんでもない美人だけど? 別に付き合いたいとかおもってないし? 悔しくなんて無いし?

 所詮奴は陽キャのもの、俺たち陰キャとは相いれない存在なのだ。


「ともかく、ここは私の家っしょ! 姉さまにはいくら感謝してもし足りないけど、そこまで言われる筋合いは無いっしょ!」

「イザベラ、貴女……」

「姉さまを嫌いになる事なんてあり得ない。けどそれとこれとは話が別っしょ。私はこっちに来たばかりの私とは違う。役立たずの一人ぐらい余裕っしょ!」


 イザベラはそう言って腕まくりをする。イザベラ……強くなって。まぁ過去のイザベラの事なんて知らんけど。

 あと、役立たずを連呼するのは止めろ。


「……分かりました。貴女がそこまで言うのなら暫く様子を見るとしましょう。ですがイザベラこれだけは覚えておいてください。私は何があっても貴女の味方ですよ」


 シュタニアさんはそう言って慈愛深く微笑んだ。


「そして貴方!」

「はっはい! なんでございましょう!」

「今日の所はイザベラに免じて引いて差し上げます。ですが私の可愛いイザベラにもしもの事があった場合、それ相応の責任を取って頂きますからね」

「りょっ了解でございます!」


 獣の如き重圧に、俺は直立不動でそう返事をする。こうして俺は何とか無事生き残る事に成功したのだった。

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