第4-1話 ニート万歳1
「働きたくないでござる、絶対に働きたくないでござる」
「あっそう、じゃーねー」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいや」
あっさりとしたいい笑顔で手を振るイザベラに、俺はひっしとしがみ付く。チート能力が判明しない今こいつに見放されたら、筋金入りのニートである俺は野垂れ死に一直線だ。
「あのねーケンジ。働かざる者食うべからずってことわざ知ってる?」
知っている、俺の嫌いなことわざの上位ランカーだ。
「まぁまぁ聞いてくれよイザベラ、俺はこっちに来たばかりだぜ。客人待遇として囲ってみる位の度量は無いのかい?」
「んー、食客として面倒見ろってこと? あんたなんか特技あるの?」
「……FPSとか?」
「えふぴーえす?」
「二次元の勇者」
「??????」
剣と魔法のアナログ世界。俺が生かせるような特技はこの世界には存在しないだろう。
現実に生かせる特技だ? そんなものがあったら引きこもりなぞやってないわ!
さてどうやって言いくるめようかと考えていると、イザベラはくすくすと笑いだす。
「あっはっはー。さっき面倒見るって言っちゃったしね。暫くは客人としておいてあげるのはやぶさかではないわ」
「ほっ本当か!」
「まーねー。私これでも一応姫だし? 役立たずの一人ぐらいは面倒見切れるっしょ」
女神だ、女神が此処にいる。
「姫様」
鶴の一声で万事解決、そう思った所に鋭く挿し込まれる声があった。
「
やはりお目付け役は格が違った。だが俺だって命がかかっている、ここで容易く引くわけには行かない。
「そんな事を言っていいんですか? 俺は伝説の勇者かも知れない男ですよ?」
まだ見ぬ眠れしチート能力が俺の体のどこかに潜んでいる……はず……だったら……いいなぁ。
「まぁまぁリリアノ、私の見る目を信じてよ。こいつにそうそう悪い事は出来ないっしょ」
そうだ、俺にできるのは無駄飯食らい程度だ。
「ですが、姫様!」
「あーあー聞こえなーい。もう決めた事っしょ!
ゴブリンすら殺せないケンジ如きに襲われたって返り討ちにしてやるし!」
酷い言いようである。だが、純然たる引きニートのこの俺だ。抜群の身体能力を誇るイザベラに敵う要素なんてありはしない。
まぁ別に? 襲う予定はないですよ?
と言う訳で、俺は暫くの間彼女の豪邸で客人として惰眠をむさぼる権利を獲得した。
★
念願の、ニート生活、返り咲き。
と、言う訳で、イザベラの鶴の一声によって俺は安住の地を手に入れた。やはり労働は敵だ、悪だ、罪だ。
健全な人間には9時5時生活なんてものは耐えられはしないのだ。8時間寝て8時間遊んで、8時間ダラダラする。それが人間の本来あるべき生活なのだ。
まぁ現実世界での俺は、体力尽きるまでゲームをしていたから一日が24時間単位と言うのはあまり意識したことは無いのだが。
しかし、この世界にも困った事はある、いや山盛りだ。
「ゲームがねぇ……」
剣と魔法のアナログ世界にそんな事を望んでも仕方がない事は分かっちゃいるが、それじゃあまりにも一日が長すぎる。かと言って本を読んで暇をつぶそうにも、ラノベや漫画もありはしない。
チェスや将棋みたいなボードゲームがあることはあるが、イザベラは、あれはあれで忙しそうだし、他の人を誘おうにも俺はそんなキャラじゃない。コミュ障は人と会話するのに莫大なエネルギーを消費してしまうのだ。イザベラの様に向うから声をかけてくれるのならまだしも自分から声をかけるなんて言語道断である。
「ケンジったら、まーた部屋に閉じこもってんのー?」
「五月蠅いな、ここが落ち着くんだよ」
「よーく飽きないわねー、私だったら、そんな生活一日と持たないわよ?」
ほっといてくれ、と言うか、そんなピカピカオーラで話しかけないでくれ、湿度が下がる湿度が。
どうしようもなく暇を持て余しつつも、さりとて労働意識とやる気において、致命的な欠陥を抱える俺は、ベッドの中に引きこもりつつ仕方が無く屋敷にある書物に目を通す日々を送っている。
「今日は良い天気なんだし、偶には外に出てみるっしょ!」
イザベラはそう言って部屋主の断りなくカーテンをめくる。
「うっ、眩しい」
「なーに言ってるっしょ。そんな暗闇で読み物してたら目が見えなくなるっしょ」
「……魔道ランプの灯りって落ち着かない?」
この世界には電化製品は無い代わりに魔道製品なるものがある。庶民には手の届かないお高い品と言う事らしいが、俺の様な魔力の無い人間でも使える優れもの。……いや、本当に魔力が無いかどうかはまだ決まった訳じゃないけどな! 秘められたチート能力が寝坊しているだけに決まってるけどね!
「ご託は良いっしょ! 私だって暇じゃないんだからとっとと用意をするっしょ!」
イザベラはそう言って無防備に前かがみになり俺の手を引っ張ってくる。しかも両手でだ!
イザベラの恰好はミニスカートに大きく胸元の空いたシャツ、
俺はごくりと唾を飲み込む。
「何ケンジ? なーにを凝視してるのよ」
「谷間が……いや、何でもない」
「んー? 何が何でもないんだってー?」
イザベラはニヤニヤ笑いつつ俺の手を引き続ける。こいつ! 分かってやってやがる! 確信犯だ!
「ちょっ! ちょっと待て! 今は駄目だ!」
ぺらっぺらのジャージでは隠しきれない何かが自己主張をして止まない!
「んー? なーにが駄目なのかなー?」
「いや待って! ホントに! 後生でござる!」
こいつに羞恥心は無いのか!? それとも俺が男扱いされてないだけなのか!?
「ムチムチが! ムチムチが!」
「あはははははは!」
こいつはギャルじゃない! いやギャルの中でも厄介な小悪魔ギャルだ! 小動物の様に繊細な俺の男心を弄んでいやがる!
このように、俺はニートと言う名のイザベラのストレス解消の遊び道具となっていた。いや飼われていた。
★
「姫様ー! モンサットから最新のコスメが入荷してますよー!」
「えっマジマジ! 見てく見てくー!」
リトエンドの街は王国の東に広がるデノスハイムの森を開拓して開かれた小さな街だ。だが開拓街というだけはあり、街や住民たちにエネルギーは溢れている。
「おい、俺はそんなもんに興味は無いぞ」
「はーはーい、却下却下。女にとってお化粧は命なのよ」
「この前はスイーツが命って言ってなかったか?」
「きーこーえーまーせーんー。ハイハイ黙ってついてく」
リリアノさんが忙しいのをいいことに? イザベラは俺をお供に街の視察と言う名のショッピングに出て来ていた。
どうやら今日の視察先はコスメショップと言う事になりそうだ。
「まぁ、下着屋よりはマシか……」
あの時は肩身が狭くて、マッチ棒になりそうだった。健全なティーンエージャーであるこの俺が、彼女でもない女の下着姿にどうコメントをすればいいって言うんだ?
「まぁ彼女なんて居たことないんですけどねー」
「はいはい、訳わかんない事言ってないで」
俺はイザベラに押されるようにお店に入る。
お店の中は目が痛くなるほどキラッキラした真昼の夜空の様な空間だった。
「うわっ、どうでもいい」
正直者な俺はつい本音が口から出てしまう。
「なーにー、そんな事言うと女装させるわよー」
「勘弁してください」
ヒョロガリニートなこの俺を女装して一体誰が得をすると言うのだ。
店員さんとイザベラの呪文のようなコスメトークを右から左へと流し聞きしつつ、俺はベッドの温もりを懐かしく感じていた。
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