第3話 勇者伝説

「あっ、姫様だー!」

「姫様ー! こっち向いてー!」

「姫様ー!」

「姫様ー!」


 街に戻るなり、イザベラの周りは黒山の人だかりだ。まさにリア充の極み。カースト最上位である姫の位に相応しい歓待、いや熱狂ぶりだった。


「イエーイ! みんな元気ー!」


 彼女はそう言ってウインクやら投げキッスやらの大盤振る舞い。俺があんなことをしようものなら目がつるってしまうだろう。まぁする機会もする気も無いが。


「凄い……人気だな」

「当然であります。姫様はその……飾らない人柄が……人柄で……」

「あーあー、分かりましたリリアノさん、それ以上は言わなくてオッケーです」


 俺の疑問に、俺の前で馬の手綱をとるリリアノさんが苦虫を噛み潰したように、だがどこか自慢げにそう答える。

 彼女の教育係であるリリアノさんからしてみれば忸怩たる思いもあるだろう。あのノリはどう考えても姫のそれではないが、一般庶民からしてみれば、とびっきりの美女がこれ以上なくフランクに接してくれるのだ、人気が出ない訳がない。


「あっはっはー。みんな愛してるっしょー! そんじゃー、ちょーっち用事があるからじゃーねー」


 彼女が進むとなれば、道が出来る。彼女の声で人波は真っ二つに分かれ、お屋敷までの通路が開いた。


 イザベラは両脇に並ぶ人々に手を振りながらゆっくりと馬を進めた。


 ★


 ここはアルトランデス大陸。その中央に位置する聖ルクルエール王国は、諸外国に大きな影響を持つ、大陸随一の大国家だ。そのルクルエール王国の片隅、国境の街リトエンドが現在地である。

 気候は温暖で風光明媚、とは言え取り柄と言えばソレぐらい。特にこれと言った産業も名産物の無いのが特徴の街である。


 国境の向うは山一つ挟んで、蛮族が治めるザトレーア帝国が存在する。ルクルエール王国と比べればはるかに小国ではあるが、その軍事力は侮れない。とは言え、かつてむすばれた不可侵条約はいまだ健在。静かなにらみ合いは続いている。


「ってな感じだけど、ケンジったら全く知らない訳?」

「ああ、恥ずかしながら」


 屋敷の応接間。フカフカのソファーに腰掛けながら、俺はイザベラの説明を聞いていた。とは言え、話の半分はガチのトレンド情報だった。こっちの世界での流行りのスイーツやファッションの事を延々と話された後に、しびれを切らしたリリアノさんが咳払いしたのをきっかけにようやくと真面目な解説が行われたと言う訳だ。


「あっはっはー。マジ受けるんですけど。こんなの常識中の常識っしょ。ケンジったらマジどんだけ隠匿生活を送ってたのよ」

「いや……ちょっと都合があって。こっちには来たばっかりなんだ」

「その軽装で? マジおかしい」


 俺が来ているのはペラペラのジャージ一枚。それどころか靴も履いていない。旅の途中と言うにはあまりにも不自然な格好だった。


「もしかしてケンジってば、伝説の勇者なんじゃないの?」


 イザベラはそう言って目を光らせる。


「伝説の……勇者?」


 リアルでは聞くことの無い単語だが、ところ変われば話は別。異世界へと召喚されし伝説の勇者。それならばチート能力を持つ俺に相応しい称号である……まぁその肝心な能力が判明していないのだが。


 何も知らない俺に、イザベラは身を乗り出して語ってくれる。勇者伝説、それこそが何にもないこの街に唯一ある特徴とのことだった。


 ★


 聖ルクルエール王国建国初期。それは蛮族との戦いの日々だった。一度は大きく追い込まれた王国は起死回生の策として、勇者召喚の儀を行った。それは異世界から無双の勇者を召喚する大儀式であった。

 国の期待を一身に込めたその計画は無事成功。異世界より召喚された最強の戦士は、その無双の腕をいかんなく発揮し、戦況をひっくり返すことに成功した。


「俺が……その……?」


 俺はそう呟き、自分の手に視線を落とす。だが俺の実力はゴブリンに死に掛ける程度。とてもじゃないが伝説の勇者からは程遠い。


「なーんてね、あっはっはー。まーじ受ける」

「!?」


 イザベラの大笑いに俺ははっと我に帰る。


「なっ? 何がおかしいんだ?」

「って何々? ケンジったら今の話信じたの? ちょー受けるんですけど」


 なんだ? 今のはフェイク? けど俺を騙して彼女に何の得がある?


「先ほど姫様が話されたのは、表向きの話でございます」


 俺が頭に疑問符を浮かべていると、リリアノさんがため息を吐きながらそう言った。


「これからはわたくしが語るのが本当の話、とは言えこの国の住人ならば誰でも知っている裏側の話です」


 彼女はそう言ってイザベラの話の裏側を話し出した。


 召喚の儀、それは莫大な予算をつぎ込まれたものだった。その音頭を取ったのは国最高の将軍であり、魔法使いであり、王弟でもある人物だった。


 彼が求めたのは無双の勇者。

 様々なチート能力と無敵の肉体を持った完璧な勇者を召喚する筈だった。


 だが、計画は失敗に終わる。

 召喚の儀はなされたものの、そこにはあり一匹やって来なかったのだ。


 ただでさえ危機的状況であるにもかかわらず、そこからさらに国が傾くほどの予算を投じて行われた計画だ。それが失敗したなんてことは許されなかった。だがそれを行ったのは国で2番目の地位にある存在である。

 計画は失敗した。だがその状況で大将軍である王弟に責任を取らせる余裕はなかった。


「……そんな様で、よく勝てたものだな」


 傾いた国に止めを刺すような話だ。自殺点にしては被害が大きすぎる。


「まぁねー、単純に運が良かったって話」


 ただでさえ不利な状況に多大なリソースを掛けた計画が失敗したのだ。このまま攻め滅ぼされてもおかしくは無かった。だが幸運が王国に挿し込んだ。


「死んじゃったの、敵の親玉が」

「死んだ?」

「そう、病気でぽっくりと」


 王国陥落まであと少しと言う時だった。その吉報はもたらされた。全ての民を力で従えるワンマン体制の蛮族である、ゴールを目の前にした敵国は褒美を前に仲間割れを起こした。それを抑える敵の親玉は存在しない。そこに付け込んだのは王弟だ、彼は汚名返上とばかりに命を賭して戦った。

 勇者を召喚し損ねた彼は、自らが勇者となったのだ。


「結局、王弟閣下は無理がたたってその戦いの後亡くなられたの。それでその記念ってのも変な話だけど、王弟閣下の事を慮って勇者召喚は成功したって事にしたって話なの」

「はー」


 大本営発表ってやつか、それがもとで戦争に負けてしまっては元も子もないが、全てが済んだ後でつく嘘ならば優しい嘘という事になるのだろうか。

 まぁこうして話の真実もついでに広がっているのなら教訓としてもばっちりだ。即ち『土壇場の賭けは失敗する』と言う事である。


「しかし、異世界からの召喚術ってホントにあるんだな」


 こうして異世界から召喚された俺がそう言うのもなんであるが。


「まぁ正確には召喚と言うよりは創造みたいなことだったらしいけどねー」

「ん? 何が違うんだ?」


 どちらもこちらの世界に無かったものを生み出す事には変わりない。技術的な事は置いといて何が違うのだろう。


「私も専門家じゃないからよく分かんないんだけどー」


 イザベラはそう前置きしてから話を続けた。


「要は都合のいい存在をどうやって呼んでくるかって話っしょ。

 戦局を打破する戦闘力。こちらの言う事を聞いてくれる聞き覚えの良さ。絶対に裏切らないと言う信頼感。その全てを満たした存在を召喚するなんて無理難題な話っしょ。

 だったら、そう言う都合のよい存在を零から作り出した方が確実って考えたみたいねー」


 なるほど、それなら正に召喚ではなく創造だ。異世界からのランダム召喚ではなく、計画書二次元からの召喚を試みたと言う事か。

 だが生命誕生が神の御業と言うのはこちらの世界でも共通だったらしい、それでその計画は失敗してしまったと。


「なにしろ300百年前の黒歴史。話以外は碌な資料も残ってないから詳しい事は分からないけど、既存の召喚術を元になんやらかんやらやったみたいよー」


 300年前。口にするのは簡単だが、実際なら遥か昔の大昔だ。かつての世界の日本でさえ、300年前の詳細な資料なんて運が良くなければ残っちゃいない。


 しかし、召喚術を元にその計画がなされたとなると……。


「もしかして勇者の祠ってのは!」

「あったりー! あんたが居たのはかつて召喚の儀が行われたっていう場所っしょ。王家にしても盛大な黒歴史なもんで、一応祠は作ったものの、おざなりに管理してるって訳だ」


 その王家の人間であるイザベラは、そう言って肩をすくめる。

 しかし、話が読めた。それはやっぱりこの俺はこの世界に召喚された事だ。


 だが、そうなると……。


「もしかして俺って何かの間違いで呼び出された?」


 その儀式場に残っていた魔力なりなんなりが、誤反応して召喚された? もしかして、チート能力装備じゃない?


 背中をじっとりとした汗が流れる。チート能力が無ければこの俺なんてただの引きニートだ。召喚術式のおかげで会話は出来るようだが、生憎とコミュ力も最低限のぶっちぎり。クズで小物のヘタレのチキン。伊達に世間様から背を向けて、部屋に引きこもっていた訳ではない。


「ところで、ケンジ」


 俺が思考の泥沼に首まで嵌りかけていると、イザベラが話しかけて来る。


「なっなんだ?」


 俺は多少声を裏返しながらもそう返す。


「アンタって行くとこあんの?」


 それは素朴だが重要な、そしてシンプルな疑問。そして、俺にはその問いに答えるものは存在しなかった。

 俺は精一杯の愛想笑いを浮かべ、錆びついた首を左右に振る。


「あっははー。そーだと思った」

「なっなにがだよ」

「行くとこないならここで世話になる、ゆ・う・しゃ・さ・ま?」


 イザベラはそう言って意地悪な笑みを浮かべたのだった。

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