第2話 姫とメイド

「へっへー、私に掛かればゴブリンぐらい楽勝っしょ!」


 明るく軽やかな声とは裏腹に、装飾過多な虹色に光る細剣と、最低限の防御能力しかなさそうな、キラキラ光るファンシーなデコレーションをあちこちにべたべたと張り付けた革鎧から、緑色の返り血をたらふく滴らせながら、姫様と呼ばれたその少女は、ポニーテールを揺らしつつ俺の方へと歩んできた。


「それで? どうしたのよアンタこんな所で。それにしてもおっかしな格好してるしー」


 少女は形の良い唇を曲げコロコロと笑う。

 目もくらむような美女とは正にこの事だろう。派手な化粧でより強烈にアピールされた大きく輝く宝石の様な瞳、艶々プリプリにリップを塗った花弁の様な唇、しゅっと筋の通った鼻。そしてなにより、体から溢れんばかりに放たれる、思わず目を細めてしまうようなリア充オーラ。

 陽の化身のようなその存在は、薄暗い部屋の中で引きこもっていた俺とは対極に位置する。


「おっ俺……はっ……」


 こんな美女――と言うかギャル。と会話する機会など、前の世界では存在しなかった。そもそも、最後に他人と会話を交わしたのは何時の事か。口から出るのはもごもごとした、意味をなさない音だけだった。


「あっはっは、変なの変なの。そんな緊張しなくていいっしょ。私は確かに姫だけど。序列最下位の末席も末席。あんたら庶民とそう変わらないっしょ」


 俺の反応の何がそんなにおかしいのか、少女は腹を抱えてそう笑う。


「姫様。ですから以前から言っている通り、その態度はよろしくありません。末席と言えども王族は王族、きちんとした節度ある――」

「あーもう、リリアノは五月蠅いっしょ。私は私、それでいいっしょ」


 俺と同い年ぐらいの少女に比べて、リリアノと呼ばれた――20代半ば程の、メイドさんの小言などどこ吹く風。少女はあっけらかんとした態度でそう笑い返した。


「貴方もです、この様な危険な場所にその様な無警戒な格好で。姫様が通りかかったから助かったものの。一歩間違えれば命を落としていたのですよ」


 メイドさんは眼鏡を光らせながら眉を吊り上げ俺に言う。

 そんな事を言われても、気が付いたらここにいたのだ、それは俺の意思じゃない。


「ここは……」


 絡まる口を何とか動かし意味のある言葉を発する。


「なになに? 何言ってんのあんた、ここは勇者の祠じゃない」

「勇者の……祠?」

「あっはっはー、おっかしいの。ここらに住んでてここを知らない訳ないじゃない。見た所冒険者って訳でもなさそうだし」


 勇者の祠。そう言われてキョロキョロと周囲を見渡してみれば、確かにそこには最低限の整備がなされた、朽ちかけた石造りの祠らしきものが存在した。


「そんでそんで、あんたいったい何者なのよ? って人に尋ねる前に先ずは私からよね。まぁ知ってるとは思うけど、私の名前はイザベラ・ユクレーツア。聖ルクルエール王国第13王女やってるしー。よっろしくー」


 何処までも軽いノリで、イザベラと名乗った少女は俺に手を差し伸べて来た。姫……本当に姫様なのか? あまりにもノリがギャル過ぎる。


「おっ、おっれは、すっ鈴木……健二」

「スッスズキ・ケンジ? 変な名前ー」

「スッスズキじゃない。すーずーきー。鈴木健二だ」

「スズキケンジねぇ、どっちにしても変な名前ねあんた」


 まったくこれだからリア充は始末におけない。人様の名前を笑うなど失礼極まる事だ。俺がそう思っていると、メイドさんが口を挟む。


「姫様。人様の名前を笑うなど、失礼でありますよ。例えそれが平民の物であっても」


 彼女はとげとげしくそう言った。平民の物と言う所にアクセントが置かれているのは、彼女の立場ゆえだろう。出会ってから僅かな時間しかたっていないが、ヘリウムよりも軽いイザベラのノリを見るにメイドさんの苦労が想像できる。


「あっはっはー。いーじゃん、いーじゃんおかしなものはおかしくて。あーそだスズキ」

「健二でいいよ。健二で」

「ん? そーなん? まぁよく分かんないけどケンジがそう言うならそうするっしょ」


 イザベラはそう言って彼女の背後を指さした。


「こっちは、私のメイドで教育係のリリアノ。見ての通り小うるさいけど、悪気がある訳じゃないから気っにしないでねー」


 いや、どっちかと言うと気にするべきは100%イザベラの方だろう。そのキャピキャピしたノリは姫と言う存在から遠すぎる。


「ああ、わかったよ。イザベラにリリアノね」

「おっけ、おっけー。ってその反応からして、マジで私の事知らないわけー。マジ信じらんなーい」


 彼女はそう言って大げさに肩をすくめる。まぁ確かにこんなキャラが濃い姫様がいたらどんな間抜けでも耳にするだろう。だが俺はこの世界には来たばかり、彼女の事どころか、この世界の事を何一つとして知りはしない。


「ああ、ちょっとした理由があってな。俺は最近の事情は何一つとして知りはしないんだ」


 俺はそう言って頭を振る。異世界からの訪問者である事を隠す必要があるのかないのか分からないが、そうしておくのがセオリーだ。

 それにしても言葉が通じる都合のいい世界で助かった。作品によっては零から言葉を学んでいくハードモードで始まる物もある。チート能力は今の所判明しないが、その程度の都合はつけてくれている様だ。


「あっはっはー、なーにそれおっかしーの、世をはかなんだ賢者でもあるまいし。トレンドを何一つ抑えてないなんてマジ受ける」

「しょうがねぇだろ……知らない物は知らないんだよ」


 目もくらむような美人に腹を抱えて笑われる経験をしたことある人なんてめったには居ないだろう。俺は無性に恥ずかしくなって、消え去る様な声でそう言った。


「スズキケンジ様」

「はっ、ハイなんでしょう」


 キラリとメイドの眼鏡が光る。


「先ほどから黙って聞いていると、多少言葉遣いが失礼ではございませんか。姫様はあくまでも姫様でございます。本来ならば庶民であるスズキケンジ様が気軽に――」

「あーもう、いいっしょ、いいっしょ今更っしょ」


 メイドさんのエンジンが温まって来た所にイザベラが冷や水を浴びせる。リア充の極み、コミュ力カンストの、太陽の少女イザベラはキラリと歯を輝かせながらそう笑う。


「あっ、ああ済まない。イザベラ姫」

「あっはっはー。まーじ受けるんですけど。いいっしょいいっしょイザベラで」

「あーうん。それじゃお言葉に甘えてイザベラで。

 そんでイザベラ、よかったらその最近のトレンドって奴を教えてくれないだろうか」

「へっ、なになに。本気で言ってるわけ? まーじ受ける。いいよー。時間はある事だし教えてあげるっしょ」

「姫様!」

「あっはっはー。いーじゃんいーじゃんリリアノ。そうだ、せかいじょーせーの復習って奴? 午後からはそれで行くからよっろしくー」


 何がおかしいのか。いやおかしいに決まっている。虚数レベルにノリが軽いとは言え、相手は一国の姫だ、そんな殿上人に出会ったばかりの何処の馬の骨とも分からない胡散臭い男が、この世界の事を教えてくれと頼んできたのだ。こんな申し出を受け止めたイザベラの特異性が天元突破である。

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