陰キャな小者と陽キャなギャル姫

まさひろ

第1章 異世界転移

第1話 出会い

「リア充市ね、リア充市ね、リア充爆発しろ、リア充大地に立て、リア充暁に燃えろ、リア充……」


 カーテンを閉め切った薄暗い部屋、無機質に発光するディスプレイに向かい、マウスを片手にブツブツと独り言を繰り返す少年がいた。


「リア充……よっしゃ! キッチンーーーーディナーーーー!」


 良い成績を収められたのだろう。ディスプレイには花火が上がり、WINNERの文字がキラキラと輝いていた。


「はー、勝った勝った。馬鹿め、この俺に勝てるわけがねぇだろこのリア充どもが」


 目の下に盛大に隈を作った少年は、背もたれに体重を預け伸びをする。

 今日がいつなのか、分からない。勿論暦の上で何月何日かは把握している。逃すことのできないイベントやメンテナンスの時期もある、スケジュール管理はゲーマーとして当然だ。だがそれはあくまでも数字上の事、その数字が現実生活で何を意味しているのか、二次元の住人となって久しい彼には意味が無い事だった。


「……腹……減ったな」


 ギシリと椅子が軋む音がする。彼はそう言って椅子から立ち上がろうとして――


「がっ!?」


 胸を押さえ、床に倒れ落ちる。


「あ、ぐあ……」


 心臓はあり得ないほど早鐘を打ち、頭蓋から脳が飛び出しそうなほど頭痛がする。あふれ出る脂汗は、垢に汚れたジャージを湿らせて行く。


「が……」


 そうして、彼の呼吸は停止した。

 その時だ、ゴミだらけの床に倒れ伏した彼の遺体はまばゆい光を放ち虚空へと消えていった。

 彼が居なくなった床には奇妙な文様が浮かんでいたが、それは暫くすると陽炎の様に掻き消え、後にはカーテンが閉め切られた薄汚い部屋だけが残された。


 ★


「はっ!?」


 俺が目覚めると、そこは知らない場所だった。ボロボロに壊れた石畳。上を見れば何処までも澄み渡る蒼天の青。草花は風に揺れほのかな香りを鼻孔に運んでくる。


「ここは……どこだ?」


 夢でも見ているのか? あるいは天国にでも来ちまったのか。徹夜続きの朦朧とした頭で、そんなことを考える。


「流石に、やりすぎちまったか……」


 もはや自分が何徹したのかも覚えていない。ただひたすらに親の敵のようにディスプレイにしがみ付いて画面の向うの敵を倒し続けていた。

 あの痛みは噂に聞く心筋梗塞とかの痛みだろうか?


「まぁいいや」


 引きこもりを始めて幾星霜、生きていようが死んでいようが同じような生活だった。


「残してきたはゲームのスコアーだけか……」


 俺はそう言って大の字になって寝っ転がる。


「って何処だここ!?」


 ガバリと、跳ね起きる。ようやくと酸素が脳に回ってきて、自分の置かれた不可思議な状況を飲み込んだ。


「異世界? 異世界転移って奴か!?」


 慣れ親しんだオタクカルチャーから俺はそう結論を下す。現実世界で失敗した人間――すなわち弱者、への約束された最後の黄金郷、失うものの無い無敵の人が、名実ともに無敵になれる素晴らしき理想郷。それこそが異世界だ。

 周囲の風景を、自分の体を確認する。墓標の様な岩がごつごつと建てられた見知らぬ草原、着ていたものは何時ものジャージ、五体満足、自分の手足はちゃんとある。


「モンスターに転生とかじゃなさそうだな。やはり転生じゃなくて転移か」


 周囲に鏡となる様なものは存在していないので、ペタペタと顔を触って確かめる。風呂に入らずのゲーム三昧だったので、多少は脂ぎっているものの、ごくありふれた人間の顔がそこに在った。


「くくっ、くっくっくっく」


 腹の奥から湧き上がってくる高揚感、そうか、自分は選ばれたのだ。

 あのくそ下らない現実世界から解き放たれ、この素晴らしい異世界に英雄として転移して来たのだ。


「やった! やったぞ!」


 あんな掃き溜めの様な世界に未練なんてありはしない。ああ認めよう、あの世界での俺は失敗した。ちょっとした行き違いが重なり合い、袋小路に陥ってしまった。

 いや、あんな世界の事はどうでもいい。俺は選ばれたのだ。そう、ここから俺の逆転生活が始まるのだ。


 拳を握りしめ、虚空に向けてパンチを一発。


「あれ?」


 もう一発。


「あれ?」


 ヘロヘロと蚊の止まる様なパンチは見るも無残。ステータスカンストの恩恵などは感じ取れない、ゲーム三昧で碌な栄養も取っていないただのニートのパンチだった。


「おっかしいな……」


 もしかして、フィジカルがチートじゃなくて、スキルがチート何だろうか?


「ステータスオープン!」


 集中し、目の前にステータスウインドウを展開する。


「……ステータス! オープンッ!」


 だが、俺の声は風に虚しく流れるばかり。何一つとして反応はない。


「ステーーーータスッ!!! ん?」


 あれやこれやと、どうにかしてチートスキルが何なのか把握しようと、声がかれるくらい努力しているうちに、何かの音が聞こえて来た。

 それは、ギギだか、グギャだか言う不快な音だった。俺がその方向に目を向けると。緑がかった不潔な小人が、うっそうと茂った森の影からこちらに鋭い視線を向けているところだった。

 それは子供位の背の高さで、みすぼらしい腰布を身に纏い、頭骨は歪に歪み、不自然なほど目をぎょろぎょろとさせ、粗末な武器を手にした小人の群れ。


「くっ! ゴブリンって奴か! いつの間に!」


 ゴブリン、それはゲームじゃお馴染みの雑魚エネミーって奴だ。

 しかしまぁ、いつの間にもくそも無いだろう。俺が必死こいて現状把握に努めている間に、片手じゃ数えきれないほどのゴブリンが、ズラリと俺を半包囲していた。


「ちっ……まぁ最初はゴブリンざこからってのはお約束か!」


 俺はそう言って拳を構える。さっきのヘロヘロパンチじゃ非常に心もとないが、もしかしたら俺がそう思っているだけで、この世界の住人からすれば、目もくらむような高速パンチかもしれない。


「ギギ!」


 ゴブリンどもは、不快な雄叫びをあげ、手にしたみすぼらしい剣を振り上げ襲って――


「って速ぇ!?」


 目もくらむような勢いで振り下ろされたのはゴブリンの剣の方だった。俺はなんとか間一髪にかわしのける。いや、本当はカウンターパンチを決めようかと思っていたのだが、あまりの迫力に身が縮み、運よくファーストコンタクトをかわすことが出来ただけだ。


「やばっ!」


 遅まきながら、ようやくと自分が死地に立っていることを自覚する。チート能力を発揮できない今、ここにいるのはただの運動不足の引きニートだ。


「やばい、やばって、痛ッ!」


 足をもつらせつつも全力で逃げようとするが、本能のまま出鱈目に振るわれるゴブリンの剣が俺の腕を掠める。およそ清潔とは程遠い、不潔極まる切っ先が皮膚を割く。痛みと同時に背筋を這い上がるのは様々な恐怖心。心臓は早鐘を打ち、いくら息を吸っても空気が肺に入って来ない。


「しっ……」


 永遠に続くとも感じられる逃走劇の果てに、死が脳裏をかすめたその時だった。


「伏せるっしょ!」


 力強く響き渡る声に身を固める。それと同時に風鳴音がしたかと思うと、俺の背後に迫っていたゴブリンの脳天に矢が突き刺さった。


「リリアノ!」

「はい! 姫様!」


 続けて轟と言う音が鼓膜を震わせ、火球が飛ぶ。先ほどの矢よりは遅いそれは、しかし攻撃力と言う点では矢に勝るようだ。俺からやや離れた所に着弾したそれは肌を焼くような火柱を立ち上がらせた。


 蹄の音が鳴り響く。


「ハッ!」


 日が陰る。いや、縮こまった俺を白馬が飛び越えていく。


「はっはー! ゴブリン如きが調子乗ってるんじゃ無いっしょ!」


 声の主はそう高らかに謳い上げると、手に持っていた弓を捨て、馬から飛び降り剣を片手に意気揚々とゴブリンの群れに突撃していった。


 ポニーテールに結った金髪が楽しそうに揺れ動く。


 これが、俺、鈴木健二すずき けんじと、ギャル姫こと、聖ルクルエール王国第13王女イザベラ・ユクレーツアとの出会いだった。

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