第3章 開戦の火ぶた
第16話 ザトレーア帝国
カタカタ揺れる帰りの馬車。俺は膝を抱えて丸くなっていた。
「……ダンゴムシになりたい」
一生こうやって丸まって暮らしたい。じめじめした所で枯葉を食って暮らしたい。
「あっはっはっはっはー。なーに言ってるっしょ。ナ・イ・ト・さ・ま」
「うるせーですよ、姫様」
傷心の俺の頭を、イザベラがツンツンと突っつく。
「
「……ミミズになりたい」
一生地面の中に引きこもっていたい。
俺の一生に一度の大決心は、陛下の笑いを取る結果に終わってしまった。それで俺はテンパって頭の中は真っ白け。その後は何一つ考える事など出来なくなり。褒美の件に対しては後日の宿題という事になってしまった。
「はー可笑しかった。お父様があんなに笑ったのは初めて見たわよ」
「あーあー、そりゃどーも」
「けど、ケンジってばそんな事を考えてたのねー。いいわ騎士だっけ、任命してあげるわよ」
「軽! めっちゃ軽!」
5秒とかかっちゃいねぇ!
「姫様、それは……」
リリアノさんはそう言って言葉を濁す。まぁそうだ、剣も魔法も使えない、体力だって小学生クラスのこの俺が、騎士になろうだなんて片腹痛い。
「いや、イザベラ、騎士というのは言葉のあやでな」
「ん? じゃあどういう意味で言ったのよ?」
「あーうー、それはなー」
うん、ぶっちゃけ浮かれてた。独りでテンション上げまくって、テンパってた。
「それは?」
「お前の傍にずっと居たいというか、守ってやりたいっていうか」
脊髄反射で出たその呟きに、イザベラの顔がぼっと赤くなる。
「ケンジさん、それは……」
「それ? 今俺なんて言った?」
リリアノさんが、大丈夫かこいつ? みたいな顔して俺を見る。俺は今何を言っ……た?
「チョーっと待て、今のも言葉のあやだ、言葉のあやテイク2だ!」
「そっ、そうよねー。なーにかっこつけてんのケンジの癖に!」
「このこのー」と言ってイザベラは俺の脇腹を肘で突く。焦った、動機が止まらない、今のはまるでプロポーズの言葉じゃないか!?
「こほん、それではケンジさんは、今まで通り姫様の元で働きたいと仰るのですね」
「えっ、ええええええ、そっそうですリリアノさん」
そう、今まで通り、のんべんだらりと半ニートな感じで働きたい。いや、欲を言えば働きたくなんて無い。取りあえずシュタンレー病の対策本部からは外してくれ。
「あー、それから陛下の宿題についてはおいおいと」
今度はちゃんと相談して決めます。ほうれんそうは大事だね!
「だったらなるべく早くしなよー。お父様が忘れちゃわないうちにってケンジの事なんて忘れられる訳ないかー」
イザベルは熱を持った頬を、パタパタと仰ぎながらそう言った。
「分かってるよ。けどちょっと待ってくれよ」
大事な大事な空手形なんだ、今度は慎重に使わねば。
★
カタカタと馬車は石畳の道を進む。聖ルクルエール王国はのどかで平和な国だ。とてもじゃないが国境を挟んで蛮族の帝国と停戦中の国とは思えない。
「この道の整備は、お母様が提案したんだってー」
「そうなのか?」
「うん、主要道路の再整備計画。まぁ諸刃の剣なんだけどねー」
「諸刃の剣?」
どういうことだ? 道路が整備されてて悪い事なんてあるのか?
「お忘れですか、ケンジさん。我が国はザトレーア帝国とは戦争中なのでございますよ」
「ああ」
道が整備されているという事は、万が一の場合、敵も利用する事もあるって事だ。
「けど、300年も停戦中なんでしょ?」
それは最早終戦したと言ってもいいんじゃないだろうか。
「そうね、お父様にしても、終戦は悲願だわ。何とか就任中にそこまでこぎつけたいと頑張ってるみたい」
「国王陛下だけではござません。終戦は全国民の悲願でございます」
まぁ戦争より平和が良いのは何処の世界でも変わらない。平和な世界ならば思う存分引きこもれるというものだ。
「帝国の様子はどうなんだ?」
戦争というものは1人じゃ出来ない。剣を交える相手があってこそだ。
「それが微妙なのよねー。リトエンドはデノスハイムの森に守られているとは言え、ザトレーア帝国とは隣接している。
だから帝国の現状がどんなものなのか、折角王城に帰って来たんだからいい話が聞けるかと頑張って色々と聞き耳を立ててみたんだけど、あまり情報は廻って来なかったのよね」
イザベラはそう言って悔しそうに爪を噛む。
それはもしかして、イザベラを毛嫌いしている連中が、わざと彼女に情報を廻さなかったという事だろうか?
「分かっていることは?」
「小康状態のにらみ合い。お互い国境に軍隊を張り付けての我慢大会。まったく300年も何やってんだか」
前例踏襲万歳という事か。飽きない物だ。
「帝国は蛮族の国、人間の国であるこの国とはあらゆる面で大きく違います。けして気を抜いて良い相手ではございません」
蛮族、即ちモンスターと人間とでは姿形を含めてありとあらゆる事が違う。寿命だってそうだ、彼らにとっては300年なんてどうってことのない年月なのかもしれない。
「敵の王様はどんな奴なんだ?」
以前聞いた話では300年前の大進攻の最後に前の王様がぽっくり行ってしまった手話だったけど。
「王様じゃなくて皇帝ね。ザトレーア帝国はその名の通り、無数の小国、まぁ部族なんだけどをまとめ上げる帝国なの」
「モンスターの種族ごとにまとまっているのを、さらにまとめ上げているのが敵の親玉って事?」
「そう、そんでその皇帝なんだけど。最近ようやく新たな皇帝が誕生したっていうの」
「300年も空位だったの!?」
そりゃまたスケールが違う。
「暫定評議会って形で歪ながら纏まってたみたいだけどね。けどこれでようやくお父様と対等に話が出来る相手が現れたって訳」
王国と帝国、どちらもトップダウンの絶対主義だ。相手が対等の立場という方が話がまとまりやすいという訳か。
「噂でしかないんだけど、今度の皇帝は話が分かるって噂なの。お父様も張り切ってるわ」
「んー、素朴な疑問なんだけど。どうやってその皇帝って奴は決まるんだ?」
選挙で決める訳は無いし。
「そりゃー蛮族だから、一番強いものが皇帝だ! とか、そんなノリなんじゃない?」
「まー蛮族だからなー」
俺が想像するのは数多の強力な魔物を従えた大魔王。この世界における蛮族の貴族はドレイクという竜人が主らしい。後はバンパイアとか巨人とかのそこら辺。
竜は竜で蛮族や人間たちとは一定の距離を取ってその争いを傍観しているという。
「まぁ何にしろ、平和が一番だよなー」
「そうね、その為にも頑張ってね騎士様。具体的にはシュタンレー病対策を始め、ありとあらゆる伝染病対策について頑張ってもらうから」
「……勘弁してくれ」
胃が痛い。
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