第15話 願い

 イザベラの出自に付いて語り終わったリリアノさんは、在りし日を懐かしがりながら、柔らかく目を閉じる。


「……それで、アイツらは一体誰なんですか?」


 俺は、腹の底にたまる憎悪の感情を隠しながらそう尋ねる。

 あの時下らない噂話をしていた奴ら。奴らはイザベラの敵だ、敵を知り己を知れば百戦危うからず。今後の為にも奴らの情報は頭に入れておかないといけない。


「……序列2位のスチュアート様と、序列3位のボードウィン様です」

「スチュアートとボードウィン」


 覚えたぞその名前。シュタンレー病の対策を任されてから生涯の友となった胃の傷みに、その名前を刻み込んだ。今後、胃がしくしくと痛むたびに、あのにやけた顔とその浮かれた名前を思い出すだろう。


「王族の皆がイザベラの敵なんですか?」


 シュタニアさんの例もある。完全なる四面楚歌という訳ではなさそうだが。


「完全なる味方はシュタニア様だけでございます。後は傍観か排除。姫様の現状は厳しいものでございます」


 成程、シュタニアさんのあの厳しさは、イザベラの現状の裏返しだったという事か。


「あれ? けどイザベラって王を目指してるんですか? そもそも女王がトップってありなわけですか?」

「王国の長い歴史の中で、女王が国の采配を任された時期は確かにございます。ですが姫様はそうは望んでおりません」

「ですよね」


 アイツは浮かれたギャル姫であり、白馬に乗った王子様を願う乙女だ。そんな野心は無いだろう。


「だったら、アイツを適している他の王族は、単に疑心暗鬼になっているだけか」


 まったく人間ってのはちょっと世界を跨いだ位じゃ変わらないと来ている。


「それだけ、姫様の人気が脅威という事でございますけどね」


 リリアノさんは困ったようにそう笑う。

 イザベラは亡き母を見習ってそうあろうとしているだけだ。それなのに、他の王族はイザベラの事を下賎の娘でありながら、王の座を狙う不届き者として見ているだけか。


「シュタニアさんが居て良かったです」


 味方が零という最悪の状況を避けられるのは非常に大きい。


「ええ本当に。

姫様が領土を与えられ、この王城を去る事になった時。多くの臣下は他の王族の目を気にして離れて行きました。そこをお助けになってくれたのはシュタニア様です。あのお方にはいくら礼をしてしたりません」


 シュタニアさんの冷たい視線を思い出す。思えば、あの圧迫面接から俺の胃痛は始まった。だけど今じゃそれもいい思い出だ。


 2人して、あのおっぱい美人の事を思い出して、しんみりとした気分になっていると。客間のドアが開かれた。


「たっだいまー。おっ、2人ともそろってるねー、良きかなー、良きかなー」

「って、たっだいまー。じゃねぇよイザベラ!? 俺をこんな見知らぬ場所に置きっぱなしにするんじゃねぇ!」

「おっ、すっかり元気になったじゃん」


 イザベラはそう言って俺に近づくなり、よしよしと俺の頭をなでる。


「んでケンジ。褒美は何か決まった?」

「褒美って……あっ忘れてた」


 くそ野郎たちのくそ噂話を立ち聞きした所為で、そんな話はすっかり頭から飛んでしまっていた。


「何でもいいから早くしなよーケンジ。お父様、ノロマは嫌いだからねー」


 うっ、やめてくれ。そんなにプレッシャーを掛けないでくれ。胃痛が激しくなる。


「ケンジさん、言っておきますが」

「ああ、分かってますよリリアノさん。身の程を弁えた褒美をお願いしろって言うんでしょ?」

「理解しているなら結構です」


 俺はイザベラの母ちゃんとは器が違う。こんなじゃじゃ馬を嫁にもらっても、とてもじゃないが御しきれない。まぁ!? こいつと結婚したいとか!? ミリほど思ってないけどね!?


「けど、決まったぜイザベラ」

「そう? それならさっそくお父様の所に行くっしょ!」

「おう、行く……って?」

「ん? どったのー、お父様忙しいんだからとっとと行くよー」

「そんなの後で書状で……」


 またあのプレッシャーの塊と顔を合わせなきゃ行かんのか? ってか陛下の顔を見てぶっ倒れたんだぞ? いったいどんな顔して再会すればいいんだ?


「何言ってんのさー。折角目と鼻の先にいるんだからそっちの方が早いっしょ」

「いや、いやいやいやいやいやいや! りっリリアノさんからも何とか言ってくださいよ!」

「諦めてくださいケンジさん」

「いや! いやいやいやいやいや嫌―――――――!?」


 ★


「ふむ。もう落ち着いたのか? ケンジよ」

「はっ、はっ、その節はとんだご無礼を!」


 平身低頭。床に頭をこすりつける。出来ればこのままの恰好で話を進めたい、その方がきっとスムーズに事が運ぶ。


「うむ、面を上げよ」

「はっ、はっ!」


 ぎくしゃくと軋む背筋を、ゆっくりと動かして視線を合わせる。やっぱり怖い超怖い。


「そう硬くならずとも……まぁ好きにすれば良い」

「はっ! はっ!」


 隣でイザベラの野郎がくすくすと笑っている。いいんだよほっとけ! 俺はこの格好が楽なんだよ!


「それで、褒美は決まったのか?」

「はっ! はっ!」


 いかん、腹から声を出し過ぎて、また酸欠気味になって来た。目がくらくらする。その溢れんばかりのオーラ少し押さえてくれ陛下。


「ふむ、では貴様の望みを言うがいい」

「はっ!」


 そう言えば、話の流れで、誰にも相談することなくここまで来てしまった。イザベラもリリアノさんもあまり俺を信頼すると火傷するぜ? シュタンレー病の時見たく。


 だが、今更ここでちょっと待ったとは言えやしない。陛下の御前でござる。


「……言っていいのだぞ?」

「はっ、申し訳ございません!」


 怖い、怖い怖い怖い怖い怖い――怖い!

 だが、決めたんだ。俺は決めた。俺は勇者なんだ。

 チートスキルは未だに顔を見せちゃくれない。だけど決めたんだ。

 ちっぽけな俺、怠惰な俺、無力な俺、無能な俺。

 そんな俺でも、傍にいていいって。認めてくれるって。

 言ってくれた人が居たんだ!


「俺、いっいえ、自分を……」


 言葉を発した俺に、無数の視線が突き刺さる。

 怖い、怖い怖い。


「自分を、イザベラ姫の騎士にしてください!」


 俺は決めたんだ。俺がこの世界にやって来たのは、ただの偶然かもしれない。勇者の祠――召喚装置、の故障だったのかもしれない。

 だけどそれは運命だ。俺は、イザベラと巡り合うためにこの世界にやって来たんだ。

 だったら勇者として振る舞おう。

 だったら勇者として戦おう。

 イザベラを取り巻く不快なものから彼女を守る盾となろう。

 イザベラの歩む道に在る障害を切り裂く剣となろう。


 剣も魔法も使えない俺だけど。

 持ってるものは中途半端な現代知識だけな俺だけど。

 チート能力は未だに現れてくれない、ただの無力でちっぽけな俺だけど。

 それでもアイツと共に歩きたい。


「……」


 陛下は俺の目をじっと見返してくる。

 俺の願い、俺の決意、俺の意思を。全身全霊を込めて、陛下にぶつける。怖くて怖くてたまらないが、それでも目をそらさない。


「……それは」

「はっ!」

「それは、イザベラへの願いではないのか?」

「はっ! はっ?」


 えっ、何? どういう事? 


「イザベラの元で騎士として働きたいのなら、その人事権はイザベラに在る。儂が任命してもいいのだが、その場合は王宮勤めの騎士が、イザベラの元は派遣されているという形になるぞ?」

「はっ? はっ!?」

「あはっあ、はっあっはっはっは! へっ陛下ごめんさない! ごめんさないちょっとタンマ!」


 陛下の回答に、俺の隣にいたイザベラは腹を抱えて大笑いする。


「なーに言ってんのよケンジ。大事な場面で笑わせないでよ!」

「おっ俺はだな!」

「くくっ、くっくっく」

「へっ陛下まで!」


 俺は願いを言う事は失敗したが、陛下の笑いを取る事は成功したようだった。

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