第14話 噂

「褒美、褒美か……」


 俺は現実世界では何もなしえてこなかった。だから当然褒美どころか誰かに認めてもらう事さえ無かった。


「あんまり調子乗ると首が飛ぶよなー」


 馬車の中ではあれこれ妄想を働かせていたが、こうして実際に褒美と言われても何一つ思い浮かばない。謁見の間に全ては吹っ飛んで行ってしまった。


「娘さんを俺に下さい! なーんてなって俺は何を口走ってんだ!?」


 酸欠状態の脳が誤作動を起こしてしまい、思っても無い事を口に出してしまった。


「はぁ……疲れた」


 俺はソファーに横たわる。このまま惰眠をむさぼっておきたい。死ぬほど疲れたんで死ぬほど眠りたい。


「……眠れないな」


 ところが、一度冷めてしまった目は羽のように軽いまま。さっぱりと眠くなってはくれなかった。


「散歩にでも行くか」


 折角王宮へ来たのだ。話のタネにぶらつくのもいい事だろう。


 ★


「迷った」


 やはりニートは出歩くもんじゃないな。っていうか、見知らぬ土地で俺を1人にしたイザベラが悪い。


 俺が謁見最中に泡拭いてぶっ倒れたという噂は、光の速さで広まったのだろう。道行く皆が俺の顔を見てはコソコソと含み笑いをしていたのだ。その見覚えのある微笑みから逃れている内に、俺は人気のない所に迷い込んでしまっていた。


「っていうかマジでここ何処よ」


 王城には見上げる程に高い塀がある。知らぬ間に王城から出てしまったって事は無いだろうが……。


「うう、こうなりゃ恥を忍んで聞いてみるしかないか……」


 問題は、元居た部屋がどの客間なのか分からない事だが。

 俺が一大決心をして、見知らぬ人に話しかけるという一大ミッションを決心した時だった。

 柱の陰から人の話し声が聞こえて来た。


「よし、行くぞ」


 俺は小声でそう呟く。コミュ障にとって自分から人に話しかけるのは莫大なエネルギーを必要とするのだ。


「イザベラが来てるって?」


 決心が固まるまでもう少しと言った所で、聞き覚えのある名前が耳に届いて来た。

 イザベラを知ってる? いや知ってても当然か、アイツはこの国のお姫様。ここはいわばアイツの家だ。


「下賎の子め、一体どの面下げて帰って来たのだ」


 話しかけるまであと5秒と言った所に、悪意が言葉となって滲み出して来た。


「……」


 今すぐにここを離れるべきだ、この匂いは現実世界で散々嗅ぎ慣れた匂い。腐臭を放つ嘲りの匂いだ。

 だが、体の奥に染み付いたその呪いに俺の体は緊張に強張り、その場から一歩も動くことは出来なかった。


「シュタンレー病を撲滅しただと? 大言壮語も甚だしい」

「全くだ、奴の母親は下賎な踊り子の身。その血を引く奴ならではの戯言だ」

「奴のあの下品な格好を見たか、王城にいた頃と変わりが無い」

「頭の軽い奴の事だ、きっとどこぞと知らぬ馬の骨の口車に乗せられたんだろうよ」

「それが笑えることに、その道化、父上の前で泡を吹いて倒れたそうだぞ」

「なんとまあお似合いの主従だ、頭が空っぽの下女の元には、器が空っぽの下男が付くというものか」

「それにしても父上も可哀想な事をしたものよ」

「ああ、顔だけが取り柄のあの低能。王族と認めなければ良かったものの」


 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ、聞きたくない、聞きたくないやめてくれ。アイツは違うんだ、アイツは違うんだ。

 知らない、俺はアイツに付いて何も知らない。アイツの過去の事なんて何一つ知りはしない。


 けど、けどよ、そんな風に言われる筋合いは無いはずだ。


 アイツは太陽の様な女の子なんだ。アイツは俺とは違うんだ、俺と違って努力を重ねている女の子なんだ。

 俺の様に全てから目を背けて独り部屋に引きこもっていた無能とは違う。アイツは皆の前で輝き光る少女なんだ。


「あ……」

「お止め下さいケンジさん」


 宇宙よりも遠い一歩を踏み出そうとした俺の足は、聞き覚えのある声によって止められた。


「リリアノ……さん」

「お止め下さいケンジさん。あの方々は序列上位の王族の方々です。耐えて……下さい」


 リリアノさんは振るえる拳を隠してそう言う。


「でも、だって……」


 嘲りの言葉は終わらない、悪意の泉から次から次へと滲みだしてくる。


「行きましょうケンジさん。ここにはいてはいけません」

「は……い……」


 もし俺がチート能力を持つ無敵の勇者だったなら……。下らない噂話は止めろと、怒鳴り込んで行けたんだろうか……。

 俺は唇を噛みつつ、静かにその場を後にした。


 ★


「ケンジさん」

「大丈夫です、もう落ち着きました」


 リリアノさんに連れられて、元の客室に戻った俺は、表情筋を全動員させ、なんてことないように笑顔を作った。

 リリアノさんは少し悲しそうな顔をして「そうですか」と返事を返す。

 

「リリアノさんは……」


 その先は口に出すことは出来なかった。リリアノさんは、イザベラが他の王族に嘲られていることを知っていたんだろうか……。

 

わたくしは、姫様がここにいた頃より、姫様のお付きを任せられております」


 リリアノさんはポツリポツリとそう語りだした。


「姫様の御母上、マリーナ様は、旅芸人の踊り子でございました。その一団が国王陛下の前で芸を披露する機会があり、それはそれは大層見事な芸を披露したそうです。

その芸に大層満足された陛下は、褒美を一つ授けました」

「……それは?」

「「望み通りの褒美をくれてやる」そう言った陛下に、マリーナ様は「貴方の愛が欲しい」そう言ったのです」


 ……それはまた、思い切った事を。そう言う方もそうだし、それを受け入れる方もそうだ。


「マリーナ様は美しいだけでは無く、非常に聡明な人物でした。彼女は旅芸人として世界を回るうちに感じていた疑問や不満を胸に抱えており、それを解決するためには王族となる事が手っ取り早いと感じておられた様なのです」


 すげぇなイザベラの母ちゃん。王政のこの国では庶民の声を代弁する代議士なんてものは居ない。だったら庶民の自分が王族になってこの国を良くしてやろうってか。発想がかっとんでる。


「マリーナ様のご提案した施策の数々は、王国に大きな実りをもたらしました。彼女は芸人としての才能だけでは無く、政治家としての才能にも恵まれた人でした」


 美人の上、ダンサーとしても、政治家としても優れているか。日本でも芸能界出身の政治家は居るが、その多くはただの人気稼ぎのパンダ扱い。実務能力に優れた人は滅多にいない。天は二物も三物も与えたって訳か、正にリアルチート。


「ですが、光あれば影もある。その事は……」

「多くの嫉妬を生んだんですね」


 リリアノさんはコクリと頷く。

 俺位の小者となれば、そんなチート存在、指をくわえて眩しそうに目を細めるだけだが、血筋に頼って来た既成権力にとっては目の上のたん瘤どころの話じゃないだろう。全力で排除しかかる筈だ。


「他の王族の方達の……虐めと、姫様の出産という大事に、マリーナ様のお体は耐え切れませんでした。マリーナ様は姫様をお生まれに在った後しばらくしてこの世を去りました」


 現代でも出産は命がけだ、ましてや医療技術の発達していないこの世界では言うまでもない。精神的、肉体的なストレスに、彼女は限界を超えてしまったと。


「姫様とマリーナ様が一緒に過ごされたのはわずか数年の事です。ですが姫様はその悲しさをおくびにも出さず、明るく振る舞っておられます」

「もしかして、イザベラがあんな口調なのは?」

「はい、マリーナ様の真似でございます。まぁマネと言っては多少度が過ぎている感もございますが」


 リリアノさんはそう言ってクスリと笑う。

 物まね芸人が、特徴をアピールしようとして本人以上に本人になってしまう様なものか。

 微笑ましいと言えば、微笑ましいが、姫という立場でそれを貫けるアイツは大したものだ。まぁ確かに、やり過ぎ感は否めないが。


「マリーナ様は、正しく太陽の様な女性でした。姫様はそれを理想として、努力を重ねておられるのです」


 そうか、奴が俺みたいな胡散臭い男に優しい原因は分かった。それは彼女の母親の出自が原因なのだ。旅芸人と言えば聞こえはいいが、その身分は最下層の人間だろう。そんな人間を母親に持つイザベラだ、最下層のさらに下、この世界における身分が零である俺に対して母の面影を重ねたんだろう。

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