第13話 謁見

 足首まで埋まる様な極上の絨毯の上を歩き。彫像のような儀仗兵の皆さんの横を通り過ぎた先に、その人物は座っていた。否、巌の様な存在がそこに在った。


「お久しぶりでございます、国王陛下」


 平伏するイザベラに習い俺も臣下の礼を取る。

 っていうか怖ぇえええ! やっぱ怖ぇえ!

 誰だよ、この人から褒美をぶんどるとか言ってたの! 無理だよ無理! 褒美なんてどうでもいいからとっとと俺を解放してくれ!


「うむ、息災であったかイザベラよ」

「はっ、これも陛下の恩寵のたまものでございます」


 国王様、いや陛下の年齢は六十路を超えると聞いている。その重ねた年月に相応しい威厳たっぷりの人間だ。

 だが、その肉体は若々しく。タップリと着込んだ豪華な服装の上からでも分かるエネルギーを発していた。


 ヤバイ、逃げたい、帰りたい。


「……よ」

「ちょっとちょっとケンジ!」


 イザベラの小さな大声に我に返る。


「なんだよ、イザベ……姫様」


 危ない危ない、ついつい緊張のあまり、イザベラの事を呼び捨てにしてしまう所だった。陛下の前でそんな事をしたらリアルで首が飛ぶ。


「顔! 顔上げろって言ってんの!」

「顔って、あっ!」


 どうやら俺が現実逃避ししている間に、親子の暖かい会話は終わり。俺に顔を上げるように言われたらしい。


「しゅ! しゅみません!」


 俺は背筋を総動員させ、ばね仕掛けの人形のように顔を上げる。

 ギラリと光る、陛下の目と視線があって。俺は不自然な形のまま凍り付く。


あっ、ヤバイこれ、俺死んだわ。


 そのプレッシャーは、農家のオジサンは勿論、ゴブリンの切っ先すらの比でもない。今の一瞬で首が飛んだと思ってしまった。


「ふっ、イザベラとは仲良くやっている様だな」

「ふぁっ! ふぁい!?」


 何だ? 陛下イヤーは地獄耳という事か? イザベラの小声が聞こえてたのか? もしかして俺の呼び捨て未遂も聞こえてた!?


「そこまで、緊張を強いるのは本意ではない。身を楽にしても良い」

「ふぁっ! ふぁい!」


 なに親子で無理難題言ってんだ。自分のオーラを見たことないのか!? 俺の様な小者に向けていい量じゃねぇよ!


「くくく。まぁいい」


 陛下はそう言って顎髭をなでる。一々万事が王者の風格に溢れている人物だ。何食ったらこんなふうになれるんだ?


「さて、ケンジとやら。貴様がシュタンレー病の防疫とやらの音頭を取ったのに相違無いな」

「え、あ、いや、その」


 何だ何だ、褒美をくれるどころか、これは糾弾の場なのか!? しょんべん漏らしそうなんですけど!


「そうですわ国王陛下。ここにいるケンジは、斬新な発想と画期的な方法を用い。かの大厄シュタンレー病の被害を激減することに成功いたしました」


 フリーズしている俺に代わり、イザベラがそう答える。サンキューイザベラ愛してる!


「激減と言うのは言い過ぎではないかイザベラよ」

「そうでもございません。今回の対策法は正に黄金の如き経験です。次回があれば激減の名に相応しい成果を上げてごらんに見せます」


 イザベラは自信満々にそう答える。いや、そんなにハードルを上げられたら吐きそうなんですけど。


「現在、我が領では、今回の経験を詳細に取りまとめております。それが完成次第ご報告をさせて頂きたく思います」

「うむ、楽しみにしている」


 だそうだ。頑張れキユリさん、後は任せた。


「ケンジよ、貴様は何処でその知識を学んだ?」

「あっひゃはい、にゅ、ニュースで見て」

「ふむ、貴様のいた場所ではそれは普通の事だったのか?」

「とっ特別です! そんな毎年って訳じゃなく!」

「ほう、貴様はそんな特別な事を知りうる立場にいたのか?」

「いっいえ! 俺! あっ! 自分は平民です!」

「ますます興味深い、平民である貴様が特別である事を知る。その様な環境に置かれていたという事か」

「はっ! はひ!」

「―――――――?」

「ほへ! はひ!」

「―――――――?」

「ひゃ! はひ!」


 ★


「ケンジ、ケンジってば!」

「はっはい!」


 呼び声に目を覚ます。そこにはイザベラの顔があった。


「ってあれ? 陛下は?」

「ったく、アンタ何処まで覚えてんの?」

「何処までって……何処まで? ってかここ何処?」


 気が付けば俺はソファーに横たわっていた。


「はぁ、いいわ説明してあげる。アンタお父様との謁見中に過呼吸でぶっ倒れたのよ」

「過呼吸で……」


 国家レベルの圧迫面接を受けていた記憶はあるが、その最後は曖昧だ。俺は気を失ってしまったのか。


「あのー、陛下は何と?」


 そんな無礼な真似をしてしまったのだ、打ち首獄門コースではないのだろうか?


「くすくす、だいじょーぶだいじょうーぶ、笑ってたわよお父様」


 俺はその答えに深い深いため息をつく。良かった首の皮一枚つながった。


「今まで見てきた中で一番の小心者だってさアンタ」

「うっ、ぐぐ」


 何も言い返せない。ってかほっといてくれ、それか優しくしてくれ。切に願う。


「あと、お父様から伝言、褒美は好きなものをくれてやるってさ」

「ほへ?」

「だから、褒美は好きなものをくれてやるって」

「なんで?」

「アンタはそれだけの事をしでかしたの」

「失敗したのにか?」

「それはアンタの価値観。私たちはそうは思わないってこと」


 結局シュタンレー病はまん延した。俺がやったのは微々たるものなのだ。


「やるじゃん勇者様」


 イザベラはそう言って俺の鼻を指で突く。


「おっ俺は……」


 俺はただの引きニート。現実世界では何の努力もしてこなかった。もし俺がもっとしっかりと勉強していれば、もっともっと多くのモノを救えたかもしれないのだ。


「アンタの過去は知らない、きょーみない。けどアンタの今はこの私が認めてやるって言ってんのよ」


 イザベラはそう言うついでに俺にでこピンをした後「もう少し休んでなさい」と言い残し客室から出て行ったのであった。

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