第11話 シュタンレー病3

「てめぇイザベルこの野郎」俺はそのセリフを必死の思いで飲み込んだ。聴衆はイザベルの登場に最敬礼で出迎えている。そんな中でイザベルに食って掛かってしまえば何処の馬の骨とも分からない小僧である俺なんてあっという間に袋叩きだ。


「姫様。シュタンレー病に石灰が効くとは、一体どういう事なんです?」


 さっきと同じ内容なのに、問いただす対象が俺からイザベルに変わっただけで、その口調は大違いだ。まぁ当然の事ではあるが納得はできない。


「悪霊払いに銀の剣、それは銀が祈りを通しやすいからじゃん。それと同じこと、石灰は祈りを通しやすいの」

「そっ、そうなのですか?」

「そっ、そのとーり。ケンジの故郷ではその方法が一般的って話じゃん。本当はパーッと銀を振りまけたら良いんだけど、そんなことしてたら大陸中の銀を集めても足りやしないっしょ。

 だったら次善策。安くて大量に用意が出来る石灰はピッタリって感じ」


「なるほど」と納得の声が広がっていく。おいおい、そんな説明でいいのかよ。


「――ってなわけで、皆ちょーっち協力してくれないかな。もしこの方法が上手く行けばそれは大きな商機となる、なんせシュタンレー病の対策法だよ。どこの国でも喉から手が出るほど欲しがるに決まってるじゃん」


 イザベラはそう言ってウインクをする。農家の親父さんたちはそれにメロメロだ。


「おい、イザベラ。そんな事言って大丈夫なのかよ」


 俺はイザベラにそう耳打ちする。

 石灰の消毒能力については、現在キユリさんが実験中だ。しかし顕微鏡の無いこの世界ではその結果が出るまで長い時間がかかってしまうだろう。

 根拠も裏づけも無い現状で、そんな大風呂敷を広げてしまっていいものだろうか? 胃痛がさらに加速してしまう。


「ふふ、おっかしなケンジ。これはアンタがいったことっしょ」

「いや……それはそうなんだが」


 そうなんだが、なんだろうこの信頼感は。こいつもやけっぱちなんだろうか?

 兎に角、イザベラのおかげで説明会は無事に終わり、大部分の農家さんが協力してくれることとなった。


 ★


「やはり、初動の遅れはどうしようもございませんでした」


 リリアノは取りまとめた報告書を読み上げた後、そう所感を漏らした。


「ふふっ、おっかしーの、リリアノッたら」

「何がですか? 姫様」


 シュタンレー病は大規模に広がった。その嵐の中には説明会に来た農家も含まれている。作戦は失敗に終わったはずなのだ、なのになぜ主は笑っているのだろう。リリアノはそう不思議に思う。


「だってリリアノ、その言い方じゃ、ケンジの方法に効果があるって認めている様なものじゃ無い」

「そっ、それは!」


 効果は……有ったのだ。集計はまだ完全とは程遠いが、石灰を捲いていない農家と、石灰を捲いた農家との被害の大きさを比べるとその差は歴然だ。


「今まで誰も戦えなかった、いや戦う事すら思いつかなかった敵に一矢報いた。緒戦はそれで十分っしょ」

「……そうで、ございますね」


 敵は手の届かない災害でも呪いでもない。人の手が届く存在なのだ。補償の件も含めて問題は山済みだが、これは大きな一歩だった。


「ふふっ、やるじゃん、勇者様」


 イザベルはそう微笑んだ。


 ★


「出ました! 結果が出ましたよケンジさん!」

「あー、はい、そうっすか」


 シュタンレー病対策本部に送られてくる抗議の手紙に埋もれた俺は、慢性化した胃痛に悩まされつつ、キユリさんの報告を受け取った。


「ほら見てください、石灰をまぶした生肉と、そうでない生肉、腐り具合は一目瞭然です!」

「あー、はい、そうっすって臭! そんなもんこの部屋に持ち込まないで下さいよ!」


 片手に真っ白な生肉、片手に腐臭を放つ生肉を持ちニコニコと笑うキユリさんに俺はそう叫ぶ。


「あっすみません、私としたことが」

「いや、別にいいんっすけどね」


 この実験方法を思いついたのはキユリさんだ。科学的な実験のノウハウなんてないこの世界でよくぞまぁこんな方法を思いついたとは感心するが、うら若き乙女が満面の笑顔で腐肉を持ち歩くのは如何なものか?


 しかし、俺は間に合わなかった。やはり高々石灰一つで伝染病と戦おうなんて無理な話だったのか。


「魔王退治の旅に、ヒノキの棒を持って行くようなもんだよなー」


 その例えなら、イザベラはけち臭い王様である。まぁない袖が振れなかっただけなのだが。


「いいえ、ケンジさん。これは大きな一歩ですよ!」

「そうは言っても、大失敗じゃないですか」


 それは山と積まれた抗議の手紙が物語っている。


「とんでもない、今まではシュタンレー病と戦うという発想さえ私達にはありませんでした。けどケンジさんが彼の悪夢と戦えることを示したのです。

 そりゃ、今年は失敗したかもしれませんが、来年からは違いますよ!」

「そう……ですかね?」

「そうなんです!」


 そうなんだろうか。俺のやった事に意味はあったのだろうか。


「くそっ」


 俺は彼女に聞こえないようにそう呟く。こんな事ならもっと勉強しておけばよかった。そうすればもっといい案を思い浮かんだかもしれないのだ。

 ……過去の怠惰な自分が恨めしい。


「真面目に……やってみようかな」


 勉強を始めるのに遅すぎるという事は無いってどこかで聞いた覚えがある。現実世界では全てから目を背けて、二次元の世界に浸っていたこの俺だが、もしかしたら変われるのかもしれない。

 いや、変わらなければいけないのかもしれない。

 イザベラの信頼にこたえるために……。


 ★


「ケンジさん、休憩の時間はとっくに過ぎていますよ!」

「すっ済みません、リリアノさん!」


 三つ子の魂百までというか、染み付いた悪癖は抜けないというか。真面目に頑張るという決心は3日と持たなかった。呑気に昼寝をしていた俺は、これでもかと眼鏡を輝かせたリリアノさんの怒声を受ける。


「やっぱり、人間そう簡単には変われないなー」

「何か言いましたかケンジさん!」

「なっ何でもありません! だからそんなに耳を引っ張らないでー!」


 ★


「あーいかわらず馬鹿やってるっしょ」


 イザベラは二階の執務室から、その一部始終を眺めていた。


「ケンジがそう簡単に変われる訳ないっしょ」


 彼女はそう言ってくすくすと笑う。

 最近のケンジの様子はおかしかった。何時もの口癖ステータスオープンを言わなくなり、暇さえあれば本を捲る日々を送っていたのだ。


「なんか、みょーにぎくしゃくして面白くなかったのよねー。いや、それはそれで面白かったのは確かだけど」


 自堕落が服を着て歩いて居る様な人間なのだ。被ったメッキは直ぐにはがれた。


「けど、期待してるのは確かだよ。頑張れ勇者様」


 そのささやきは風に乗って青空へと消えて行ったのだった。

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